期間:12月5日(日)〜11日(土)、10〜19時まで(5日は13時〜、11日は〜16時まで)
場所:JR有楽町駅銀座側正面・東京交通会館2階ギャラリー
写真:「アメリカ」モノクロ9点
※私は5日13〜14時、11日15〜16時には会場におります。
それ以外の日時で会場でどうしても会いたいという方は、メールいただければ対応いたします。
みなさまのご来場をお待ちしております。
・2004年11月30日 鎌倉紅葉の旅・半日コース
北鎌倉駅
↓徒歩1分
円覚寺
↓徒歩5分
東慶寺
↓徒歩5分
浄智寺
↓ハイキングコース徒歩20分
葛原岡公園
↓徒歩10分
源氏山公園
↓化粧坂徒歩10分
海蔵寺
↓徒歩20分
鎌倉駅
先週はまだ紅葉にはちと早く、
ネットなどの予想では12月に入ってからが見頃のようだが、
急に冷え込みだしたこともあり、もう11月下旬ということもあり、
鎌倉の中でも比較的紅葉が早そうな北鎌倉エリアなら、
もう紅葉の旅に出てもよかろうと思い、行ってきました。
12月上旬がベストかもしれませんが、11月下旬でも結構色づいてきれいでした。
鎌倉紅葉写真とあわせてご覧ください。
1:北鎌倉駅(9:00)
最近、日が非常に早い。
ただ見るだけならともかく、写真を撮るとなると、14時か15時頃までが勝負だ。
また、大混雑も勘弁したい。
そんなこともあって先週8時30分には鎌倉に着いたのだが、
思ったよりも人がいなかったことと、早すぎると木々に囲まれた寺は、
日陰で真っ暗になってしまうこともあって、今回は30分ずらした。
2:円覚寺(9:00)
ところが!である。
まだあまり日が差さず、暗い円覚寺に9時に到着すると、
なんとすでに、でかい三脚かかえたじいさんばあさんカメラマン連中が、
紅葉の前を陣取り、大挙して待ち構えているのだ。
三脚は持たずとも、私のように観光用とは明らかに違う、
一眼デジカメなどを首から下げてうろうろしている連中もかなりいる。
まいったな。なんだか、急に撮影意欲が萎えてきた。
※三脚持込禁止にすべきだな。
一部の寺ではそうなってはいるのだが。観光客の邪魔だ。
しかし、冷静に状況を見わたしてみるに、まだ撮るには明らかに早すぎる。
木々に囲まれた円覚寺はまだ日陰で、紅葉の葉に光がさしていない。
私はまた失敗したなと思った。
こんなに暗いとすると、撮るなら最低1時間は待たなくてはならない。
三脚老人はすでにシャッターを切っている輩も多いが、
私はじっくりどこで撮るべきか、どこか色づいているかを下見することにする。
ぶらっと寺をめぐり、はじめに目をつけたのは、
水たまりに落ちた紅葉の葉が模様のように非常にきれいになっているところだった。
三脚老人たちが背後で日陰に紅葉木々を狙っている間、
私は水たまりを前に座り込んで、何枚もシャッターを切る。
それから徐々に日が差し込みはじめて、紅葉の木々に日が当たりはじめたところから、
写真を撮っていった。
10時を過ぎると、さらに三脚老人は増え、さらには絵を描く老人も増え、
また、若い女の子グループやカップル、家族連れ、ツアー客など、一般観光客が大挙して押し寄せてきて、
すごい人ごみになる。
そのぐらい、とてもきれいな場所です。
三脚老人が本堂と紅葉を狙っている背後に道があり、
ちょっとした丘になってる居士林というところに行け、
そこは景色もいいし、一般観光客もここまで足を伸ばさないし、とてもいい穴場スポットです。
3:東慶寺(10:30)
円覚寺に日が当たらない早い時間に来てしまったせいで、
思わぬ時間をとってしまった。
JRの踏切を渡って、次なる寺へ。
その途中、北鎌倉駅そばにあり、
踏み切り渡った横の池はとってもきれいでした。
東慶寺は入口付近が非常にきれいな紅葉があった。
どんどん奥に進んでいくと、
木々に囲まれた薄暗い場所にお墓があり、
ここが紅葉スポットではないが、
枯れ葉が落ちている様子や、時折差し込む光など、
とてもいい雰囲気だった。
4:昼(11:10)
大幅に予定が狂ってしまった。本当はもっと寺めぐりをした後、
建長寺付近で昼食のつもりだったが、遅れているので、
明月院、建長寺はカット。これから源氏山公園のある山に向かうので、
この付近でちょっと早いが昼食をとっておくことに。
「かまくら陶芸館」内にある食堂でカレーうどん800円。
普通だな。
ただ11時過ぎに入るとすいているのでいい。
これが店を出る11時半ぐらいになるとどんどん混みだしてくるので注意だ。
ここの店員によると、鎌倉の紅葉は例年ももちろん12月でも見れるのだが、今年は特に遅いんだそうだ。
5:浄智寺(11:40)
結構紅葉している木も多いが、
基本的にそんなに木がないので、
すごい紅葉スポットというほどではない。
ただここはへんてこなお地蔵さんがいるので見ておきたい。
あと、入れないが、
奥のあたりに紅葉のきれいな庭があった。
6:葛原岡公園(12:30)
浄智寺を出ると国道に出ずに、そのまま山の方に歩いていけるちょっとしたハイキングコースがある。
はじめは狭い路地を歩いていき、途中で完全なる山の中のハイキングコースに出る。
そして結構歩いてやっとついた葛原岡公園なのだが、ここの紅葉が大変素晴らしかった!!!
燃えさかるような赤い木々に真っ黄色に染まった木々のコントラスといい、実に美しい。
ここはのんびりできる穴場です。
お弁当持ってきてここで広げて食べてもすごくいいでしょう。
7:源氏山公園(13:00)
源頼朝像があることから有名な観光スポットになっているせいか、
葛原岡公園より人が多いが、紅葉はまだか。
ここは桜の名所でもあるんだけど、だいたい桜の名所は紅葉の名所となるところも多いので、
期待はできると思う。
8:海蔵寺(13:20)
そして、そして、絶対、紅葉時に訪れたい、ちょっと不便な穴場スポットがここ。
寺は小さく、また、北鎌倉駅と鎌倉駅のちょうど真ん中あたりにあり、
だいたい一般客は源氏山公園からこの寺ではなく銭洗弁天にぬけてしまうので、
訪れることも少ないと思うのだが、紅葉はすばらしいですよ。
特に鐘ごしに見る紅葉がいい。
あと、本堂の裏にある庭の紅葉がすっごくきれいなんだけど、残念ながら一般人は入れないので残念。
9:英勝寺(14:00)
紅葉スポットではないが、鎌倉駅帰り途中に立ち寄った。
小さい寺っぽいのに拝観料300円もとっておいおいと思ったが、そこそこ見る場所がある。
寺の奥には立派な竹林がある。
崖ごしの墓とかもあって、まあそこそこ楽しめる場所ではあるが、
これといった名物がないので、訪れる人も少ないのだろう。
10:寿福寺(14:30)
駅帰りのついでに立ち寄る。
木々に囲まれた幽玄な雰囲気がいいのだが、参道ぐらいで、中は見れない。
ただその奥にいくと幽玄な墓地エリアがあって、ここがなかなかいいが、以前、行ったので割愛した。
以上が今回のルートでした。
・2004年11月29日 11月27日発売「ドラゴンクエスト8 空と海と大地と呪われし姫君」を考える
かつて社会現象を巻き起こしたドラクエの、待望の、というか待たせすぎた新作ソフトが、
プレーステーション2用ゲームソフトとして発売された。
今から約18年前、ファミコンソフトとして発売されたドラクエを買って以来、
その魅力にとりつかれ、ドラクエを楽しんできた私だが、
私はプレステ1しか持っていないこともあり、もう来年30歳になることもあって、
ゲーム感覚についていけないということもあり、今回は見逃すかなと思っていた。
鎌倉紅葉巡りを終え、何か映画でも借りようとレンタルビデオ屋に行くと、
なんとドラクエ8が売られている。
それを見て、やっぱり・・・と思い返し、
川崎のヨドバシに行って、プレステ2とドラクエ8を買いに行くことにした。
ヨドバシに15時頃行ったが、ドラクエを買うために、長蛇の列ができている。
発売は7時からだったはずだが、なぜこんなに並んでいるのだろう。
ざっと私の前に50人は並んでいて、10分もすると私の後ろに20人ぐらいの列ができる。
それほどまでのフィーバーぶりだった。
長い列のわりには20分程度の待ち時間で、プレステ2とドラクエ8を購入できた。
値段は、ヨドバシ価格で、プレステ2本体約2万円、ドラクエ約8000円、
そしてゲームを記憶するためのメモリーカード8GBが約2000円、計3万円だった。(10%のポイント3000円分はためた)
久しぶりのRPG(ロールプレイングゲーム)で、私はついていけるのだろうかと心配した。
※RPG(ロールプレイングゲーム)とは、プレーヤーがゲームの世界の中で、ある人物の役割を演じ、
さまざまな経験を通して成長していく過程を楽しみながら、目的を達成していくゲームのこと。
とにかく大きく変わってしまったのは、画面が二次元から三次元になってしまったこと。
世界や町を旅するんだけど、以前は二次元だったから、自分がどこに行ったかとか自分がどこにいるかとかが、
簡単にわかったんだけど、三次元になってしまったせいで、リアル感があるにせよ、
方向感覚がわからなくなって非常に困っている。
操作もその分、若干だが複雑で、プレーヤーを動かしにくい。
視点が変わったり、360度見渡せたりしまうのだから。
二次元なら地図の世界である。地図上なら誰も迷いはしない。
しかし、それが現実世界は三次元になるから、地図を見ても迷ってしまう。
つまり、そういう世界がこの新しいドラクエなのだ。
まだゲームをはじめて10時間、やっと4人の仲間が集まり、世界地図とやらをもらって、
まあいってみればはじめの導入部分を終え、やっと冒険がはじまった段階なので、まだなんともいえないけど、
基本的に、ゲームシステムは三次元になったぐらいで、そのほかはまったく変わらない。
多少の新システムが導入されているが、別にたいした仕掛けではない。
DVDが再生できるプレステ2になったこと、またファイナルファンタジーを作ったスクエアと、
ドラクエのエニックスが合併した会社が作ったゲームとあって、大幅に変わっていたらどうしようと思っていたが、
今は懐かしいファミコン時代、ドラクエ2からドラクエ3になったほどのインパクトのあるシステム変更はまったくなかった。
※ドラクエ2からドラクエ3になったことで、仲間を自分で選べるパーティーシステムになったのと、
職業が選べ、転職ができるというシステムが導入され、シリーズの延長線上のゲームではあったが、
システム的には非常に変わったが、今回はそのような変更はなかったということ。
ここ最近のドラクエの基本的ゲームシステム、ストーリーRPGであることに変わりはない。
ストーリーRPGとは、世界を旅する冒険行といいつつも、
すでにしっかりしたストーリーができあがっていて、
プレイヤーはそれに沿ってゲームを進めていく、行ってみれば自由度の低いRPGである。
私はそれが不満だった。
しかし、きっとそれは時代の流れなんだろうなと。
このドラクエのキャッチコピーは「見わたす限りの世界がある。」である。
しかし、残念ながらこれまで10時間、ゲームをやった段階でいえることは、
見わたす限り世界はなく、マニュアルに沿った、決められたレールの上しか歩けない、
いわばパックツアーのような旅をするゲームである。
ドラクエ1は、地図上、プレーヤーはクリアすべきイベントを順序良くこなしていく必要はなかった。
もちろん、町の人の話を聞いていけば、自ずとその順序で行くのがクリアの近道であることはわかるんだけど、
それを知らずに、勝手に歩いていってしまえば、順序をすっとばして、
本当はもっと後に行くべき町にも運がよければいけたし、洞窟や塔にもいけてしまった。
もちろん順序が違うのは出てくる敵の強さでわかるし、自分のレベルにあった敵ではないものが出てきてしまうので、
行こうと思っても死んでしまう可能性が高いのだが、でも、可能だった。
※現に私は、小学校6年生やった時のドラクエ1は、
順序を間違えてもっと先に行くべき洞窟に迷い込んでしまい、
ものすごい強いドラゴンとかが出てきて死にそうになりながら、
ローラ姫を同級生の誰よりも早く、運よく助け出すことに成功し、
主人公が「かさこ」と名づけられた私のゲーム記録であるパスワードが、
翌日、学校中に出回り、多くの同級生が勇者かさこでゲームをやった。
そういう、本来このレベルでやれるはずがないことをやってしまったというようなことは、
残念ながら今回のドラクエではできない。
「見わたす限りの世界がある。」といいつつ、まずはじめに三次元の世界に放り出されても、
やるべきイベントである南の洞窟以外の世界へはいけないようになっていて、
その後も、決められたイベントに沿って、順序良く冒険するよう仕向けられていて、
そのイベントをすっ飛ばすことはできない。
いわば、柵が張り巡らされた「見わたす限りの世界」で、ガイドさんがいないものの、
次に行く場所はドアtoドアで案内してくれるような仕組みになってしまっている。
だから、ゲームというよりは、決められたストーリーを進めていく自分参加型の映画のようなものだ。
別にだからゲームがつまらないとはいわないし、
本当に見わたす限りの世界になってしまったら、ゲーム感覚が後退している私など、
到底できないだろうから、それはそれでいいのだが、
こういう決められたレールの上を歩かせるゲームであるということが、
まさしく今の時代の世相を表しているなと思っただけの話である。
中学を卒業したら高校に行き、高校を卒業したら大学に行き、大学を卒業したらいい企業に行く。
その都度、その都度、進路は無限大にあり「自分で自由に選べるよ」と建て前上はそうなっているけど、
実際には、周囲の圧力や流れから、やっぱり決められたレールを歩かされることになる。
そう、このドラクエ8と同じ。
「見わたす限り世界がある」といいつつ、大人があらかじめ作ったストーリーに沿ってしか、
行動できないような無言のシステムができあがっているのである。
先週、茨城県で起きた親殺しの2つの事件の共通点、
それは親なり祖父なりから「仕事をしろ」「ふらふらしてるな」と怒られ、
それに腹を立て、凶行に及んだということ。
「見わたす限り世界がある」といいつつ、決められたレールの上を歩かないと、徹底的に叩かれる。
それが今から40年前ぐらに日本なら、決められたレールの上を歩いていくと、
確実に与えられるゴールなり褒美なりがあったわけだが、
今はそういう時代ではなくなってしまっているということに、
ニュースを見なくても若者たちは感ずいてしまっている。
にもかかわらず、レールを歩くことを強制する。だから反発が起こる・・・。
ドラクエの最新作がストーリーRPGであるしかなかったように、
本当に見わたす限りの世界を舞台にしてしまったら、
定式化された教育しか受けていない若者たちは、そこで何をしたらよいか困ってしまうだろう。
だからこそ、決められたレールを歩くこのゲーム方式が採用されているのかもしれない。
ただ、これまでのドラクエは、特にファミコン時代のドラクエ1、ドラクエ2、ドラクエ3までは、
すごくいい意味で教育効果があったと思う。
特にドラクエ3は今の世界をテーマにしていて、
ピラミッドが出てきたり、イスラム社会が出てきたり、古き日本が出てきたりして、
もしかしたら、僕がその十何年か後にする、バックパッカーのような旅を誘引した、1つの要因だったかもしれない。
本物の世界を旅するきっかけをゲームが与えてくれたのかもしれないのだ。
ただ、プレステ2になり、ますますゲーム画面がリアリティを帯びてくると、
ゲームそのものが現実になり、現実と仮想の世界が混同するというマイナス要因も出てきてしまった。
だからこそ僕はゲームはゲームらしく、二次元のマス目上を旅する舞台でも十分だと思うのだ。
ゲームが社会に与える影響は大きい。特に子供には。
私がかつてドラクエをやって世界に目を向けたように、
今回のドラクエをやって世界に目を向けるようになるのか。
単なる時間の消費だけで終わるのか。
それともドラクエこそが現実世界の中心となり、逆に本物の世界に興味をなくしてしまうのか。
見わたす限りの世界がある。
いい言葉じゃないか。
だからこそ、その世界をゲームにだけ閉じ込めて、いびつな人間を再生産する道具になってほしくはないなと思う。
・2004年11月28日 鎌倉紅葉みごろ!
昨日、北鎌倉付近の紅葉スポットめぐりをしてきました。
とってもきれいでした。
多分、来週も見事な紅葉が見れることと思います。
紅葉三昧写真をお楽しみください。
鎌倉紅葉写真
詳しいコース説明はまたのちほどつぶやきでアップしますが、
北鎌倉駅→円覚寺→東慶寺→浄智寺→ハイキングコース→葛原岡公園→源氏山公園→化粧坂→海蔵寺→鎌倉駅
の順路で回りました。
・2004年11月27日 「サラ金!」完成しました!
大変長らくお待たせしました。
かさこの連載小説「サラ金!」が無事、完成し、ネット上ですべてアップいたしました。
原稿自体は昨年夏前に完成していたのですが、出版化の話があり、
一時、ホームページでのアップを見合わせていましたが、
出版化の話が出版社の個別の事情で流れることになり、
ネットでの連載を再開しようと思っていたところ、
読者の方から「早くつづきを読みたい」というあたたかい声援をいただき、
再びサラ金のつづきのネットアップ作業をはじめて2ヵ月。
やっとかさこワールドですべてをアップすることができました。
まだ読んでいない方もいらっしゃるかと思うので、あらためてこの「サラ金!」について、
あとがきに変え、作品の背景について説明したいと思います。
私のプロフィールを見ていただければわかると思いますが、
私は大学卒業後、消費者金融大手A社に勤めていました。
名前を聞けばみなさんご存知の大手の会社です。
この「サラ金!」は私の実体験をもとにした作品です。
90%以上、事実をもとに原稿を書いています。
ただ、デリケートな個人情報を扱うだけに、すでに実体験から6年の月日がたっておりますが、
名前、場所などはもちろんすべてわからないように変えてあり、
多少、実体験の事実とは異なる部分もありますが、ほぼ事実をもとにした作品と読んでもらっていいと思います。
当時とは違って、今、インターネットが大興隆をおさめ、
インターネットでもあちこちに無担保融資の広告バナーがたくさんありますが、
私がやっていたのは1000万円前後を扱う、不動産を担保にした融資の話です。
一般の方にはぴんとこないかもしれませんが、いってみれば住宅ローンのような仕組みと同じで、
ただ金利がべらぼうに高いのと、住宅を買うための借金ではないという点が違うぐらいです。
実は業界的にはこの「不動産担保ローン」は消費者金融で注目されている商品で、
その後、クレジットカード会社が不動産担保ローンに進出したり、
あの消費者金融元最大手の武富士も不動産担保ローンに進出することを決めています。
また、一時期「腎臓売れ」などで問題になった「日栄」や「商工ファンド」など、
商工ローン業界も不動産を担保に融資することは一般化しています。
普通に生活していれば、消費者金融のお世話になることはないはずですが、
金融や不動産の正しい知識を身に付けておかないと、ほんと大変な目にあうよなとしみじみ思いました。
なんとなく難しそうな、専門用語がたくさん出てくるだけに、
客が無知なために業者に騙されるということは多々あります。
騙す方も悪いが、騙される方も悪い、というか騙されてしまったら終わりだなと思います。
別に業者は違法なことをやっているわけではなく(やっている業者もあるが)、
法律にのっとってやっているだけで、それを知らずにハンコを押してしまう客側にも責任があります。
ただ、自分で勉強するなんてなかなか大変なことなんで、
こういう現代社会のからくり的な金融や不動産の常識はきちんと義務教育で教えるべきだと思います。
ただ、そのような兆候は残念ながらどこにも見受けられないので、
難しそうな入門書を読むよりは、私のこの「サラ金!」を読んでいただいたり、
マンガ「なにわ金融道」を読んで、なんとなく知識の概略をつかんでいただければと願っています。
自分が借金していなくっても、連帯保証人と保証人の違いもわからず、サインしてしまったが最後、
自分の借金でもないのに大変な負債を抱え、人生を転げ落ちていく人が大勢います。
最初は単なるクレジットカードでちょっと買い物しすぎちゃった・・・
それがきっかけでどうしようもなくなり、消費者金融に手を出し、
次第に、嘘のようでほんとの話ですが、金を返すために借りる自転車操業状態になり、
転落していく人々が大勢います。
現代社会におけるお金の恐さを、僕は身をもって知ることができました。
その知識を小説仕立てのこの「サラ金!」を読んで自衛していただければ幸いです。
私は入社当初、不動産の知識も金融の知識もまったくなしでした。
まったく何も知らなかった私が、仕事を通していろいろな社会の「裏」ではなく、れっきとした現実を知っていく。
そういう「何も知らない新人営業マン」という視点でこの「サラ金!」は書かれているので、
読みやすいことと思います。
この「サラ金!」は私の入社はじめの半年間を描いたもので、
この後、2年間にも実にさまざまな体験や経験をしました。
いずれそれも書いていこうと思うのですが、とりあえず完成した「サラ金!」だけでも原稿用紙1200枚、
50万字あり、大変な労力をいる作業なので、しばらくたってからとりかかりたいと思います。
また出版化の話のためにネットでの掲載が1年ストップしてしまいましたが、
出版化の話をいただいたおかげで、なかなか筆が進まなかった「サラ金!」を短時間で書き上げることができました。
その意味では、インターネットで検索してたまたま私のHPを発見し、
本を出したことのない私に声を掛けてくれたO出版の編集者さんには大変、感謝しております。
そのお声掛けがなければ、きっとまだ書き上げることはできなかっただろうと。
また、出版化が頓挫してしまいましたが、そのおかげで、ネットには1200枚まるまる掲載することができました。
その出版社からは1200枚書いた時点で、500枚ぐらいまで削ってほしいといわれ、
入社5ヶ月目、6ヶ月目をカットし、さらにその他の部分もだいぶ割愛せざるを得ませんでした。
その意味では、ネット掲載により完全なノーカット版ですので、お楽しみいただけるのではないかと思います。
ただ、これだけの長文をネットで読むのは読みづらいという意見も最もだと思っていますので、
他の出版社へ出版化のアプローチは続けていきたいと思います。
お金を借りるというのはどんなに恐ろしいことか。
また、食べるものがなくてお金を借りざるを得ないならともかく、
そのほとんどが、嗜好品を買うために、遊びが高じてしまったがために、ギャンブルにはまってしまったために、
といった、自らの欲望を抑えることができなかったことによって、気軽にお金を借りてしまいます。
借りた額が少なく、きちんと返していけばいいのですが、借金になれていくと感覚がマヒします。
借りた金ではなく、自分の金だと思い込んでしまうのです。
今、新たにインターネットという媒体がでてきたことで、ますます「サラ金」業界は流行ると思います。
そしてなんとなく恐いとかなんとなく入りづらいとか、そういう抵抗感なく、
お金がインターネットで簡単に借りれる時代になっています。
だからこそ、今、この「サラ金!」を読んで欲しい。
欲望資本主義社会に生きる私たちが、人並みの欲望で我慢している間はいいのですが、
一歩すべり落ちてしまうのは実に簡単です。
蟻地獄にはまってしまった時には、時すでにおそし。
金融業者に吸い尽くされ、仕事も家族も心もズタボロにされて人生が終わってしまいます。
でもそれは悪徳業者だけのせいではない。
自分が正しい知識を知っていなかった。そういうことで落ちていくのです。
なんだか説教くさい文章になりましたが、なんせ1200枚にも及ぶ長編ですので、
暇な時にでもちょっとづつ読んでいただけたら幸いです。
・2004年11月26日 若い世代に「やりがい」のある職を選べる教育環境を
水戸で19歳の男性が鉄アレイで両親を殺すという痛ましい事件が起きた。
両親は学校の先生、4人兄弟で男は1人。
調べに対し「両親から『習い事をしろ』と言われ、祖父からも『何をやっているんだ』と責められたので、
皆殺しにしてやろうと思った。(父母を殺害したところで)力がうせた」と供述しているという。
一階には祖父と今年中学を卒業した妹がいたが無事だった。
長男は中学時代、剣道部に所属、欠席も三年間で七日しかなく、まじめで成績は普通だったという。
水戸市内の私立高に進学し、成績上位者のクラスにいたが、二年で約三十日、三年で約五十日と欠席が増えた。
昨年春に卒業。趣味のコンピューター関連の専門学校に推薦合格したが入学手続きをせず、就職もしていなかった。
母親は、長男と不登校の妹にために教師をやめ、
長男、妹の三人で最近ニュージーランドで生活しており、時々日本に帰っていたという。
いろいろな事件の要因はあったと思う。
私は彼についてパーソナルなことは何も知らない。
ただ、マスコミがこの事件も「キレル若者」というキャッチコピーで事件をあやふやにしようとしているのが気になって仕方がない。
ここ最近、こういった痛ましい事件が起きているが、
大きな特徴は、犯罪を犯したもので無職の人間が非常に多いということだ。
いいかわるいかは別にして、仕事をしていればいろいろなストレスはたまったとしても、
仕事で1日中時間は拘束され、決められた仕事をこなして家に帰る頃には、
そんな「ばかげた」行動も思いつかないだろうし、そんな行動を起こすエネルギーもないのではないか。
若者が職に就かず、何もせず、時間とパワーを持て余している。
そういう状況が1つの惨劇をよぶ引き金になっているのではないか。
「満ち足りた不幸」なのかもしれない。
こういった犯罪を犯す多くの場合、たとえば明日食うものもなくて困っているとか、そういう状況ではない。
子供が一人働かなくたって、親と同居していれば働く必要がない、
そういう「満ち足りた」社会での不幸なんだと思う。
前の会社に勤めていた女の子で3人、それぞれ30歳前後で会社を辞めた。
編集という比較的「クリエイティブ」で一応マスコミ業界で、
仕事はきついが普通一般のOLとは違い、それなりにやりがいや楽しさも感じていたのだと思う。
しかしその3人は、それぞれ会社をやめ、結婚するわけでもなく、
2人は海外へ留学、1人は両親と同居し海外旅行三昧だという。
みんな無収入だけど親のすねをかじっていけば、別に働かなくたって、
遊んで暮らしていけるわけだ。
それと同時に30歳にもなって、まだ留学とか海外とか、
いつまでたってもさ迷える子羊で、ここにはない何か、現状の生活を一変させるような環境の変化、
そういうものを求めている、それが今の日本の状況なんじゃないかと思う。
別にこの女の子らを批判しているわけでなく、私の身近にも、こういうさ迷える若者がいて、
大学入学までは試験勉強にそって偏差値のいい大学に入るという目標があったけど、
それが終わってから、結局、自分が何をしたいのか、何ができるのかを、
受験勉強漬けで麻痺してしまっていて、考えることができない頭にされてしまっている。
だから、試験勉強を目標にしかできない若者は、
大学院に進学したりとか、何か難解な資格に挑戦するとか、いつまでたっても「試験志向」が抜き出せない。
なんとなく社会にでても、経済的に働く理由もないので、すぐ辞め、転職を繰り返す。
両親を殺した19歳とは違うけど、こうやっていつまでもさ迷っている若者が大勢いて、
この事件のすぐ後にも28歳の無職の男性が両親と姉を殺すという事件が起こっている。
みんな、同じ穴のむじなだ。一歩間違えば、一歩踏み違えれば、殺人者にだってなりかねない。
若年層にやりがいある職探しができるような教育をしていかないと、どんどん若者犯罪が増えるんじゃないか。
フリーターが激増しているのも、結局は、経済的にどうしても働く必要はないことと、
何をやったらいいかわからないというこの2点につきると思う。
社会に役立つ実践的な教育授業を取り入れていかないと、
日本史で何点とったとか物理で何点とったとかやっているようでは、
結局、単なるクイズマニアならぬ試験マニアにしか過ぎなくなって、
与えられた課題に答えることができる人間ができても、
自分で課題を探したり、自分がやりたいことを探したり、
社会ではどんなことが必要とされているとか、そういうことがわからない人間がいっぱいできてしまう。
そういうことを感覚で嗅ぎ取ってしまった哀れな若者が、
「大学にいっても仕方がないじゃないか」とか「サラリーマンになってどうするんだ」とか思ってしまい、
結局、どこにも帰属せずぷらぷらしていて、そのうちわけのわからぬ苛立ちや、
ありあまるパワーが爆発し、究極のストレス解消として手っ取り早い近親者を殺すとか、
絶対自分には勝てない子供とか動物とかを虐待するとか、そういう犯罪に走ってしまうのではないか。
私は19歳の男性が殺したのは、両親というより、今の社会を作った大人そのものではなかったかと思えてならない。
ただ「親を殺すなんて理解できない」とか「その人はどこか頭がおかしかった」という問題の片付け方をしたら、
何の解決にもならないどころか、理解できない犯罪がますます多発することになるだろう。
今回の19歳の両親殺害事件の解説で、ニュースキャスターは口々に1980年に起きた、
当時20歳の男性が両親を金属バットで撲殺した事件を思い出すと語った。
私はこの事件を間接的によく知っている。
藤原新也の「東京漂流」で、この殺人が起きた田園調布の家の写真が出てくるからだ。
当時、浪人2年目だった彼は、東大卒の父親から受験受験と言われ続け、それで嫌になって爆発した。
今から20年以上も前、それこそ受験ブームの先駆けで、
「いい大学に入る」→「いい企業に入る」。それが人生の成功だと信じられた時代だった。
その時代に大学受験に嫌気がさし、口うるさい両親を殺した。
それは当時を象徴する社会事件だった。
あれから24年もたっているにもかかわらず、日本社会はこの金属バット両親撲殺事件から何も学んでいないじゃないか。
24年たったいまでも、同じ過ちを犯しているんじゃないか。
未だに学歴偏重がはびこり、暗記力だけを競う大学受験が行われ、
いい大学、いい企業に入ることが人生の成功だと思い込んでいる世代が根強くいて、そういう社会をこの24年間も作り続けてきた。
そしてそれに嫌気がさした若者がまたしても両親を殺害する・・・
一体、日本はこの24年間、何をやってきたんだろうか。
くだらん大学受験はやめる。
もう大学名を全部廃止して、学区制にして、入りたい奴は全部入れてやるけど、
そこで自分で学びたいテーマを見つけ、それについて論文をびっしり書かなきゃ卒業できないような、
そういう大学の仕組みに変更することと、
中高の段階でもっと社会について、仕事について実践的なことを教えていくこと。
そういうことをやっていかないと、いつまでたっても子供の親殺しは続く。
さ迷える若者がとんでもない行動に出てしまう。
そういえば、イラクに行ってしまった香田君なんかも、きっとこの部類の若者だったんだろうな。
私は、なんとなくだけど、気持ちはわかるな。
・2004年11月25日 エジプト写真
・エジプト写真コーナーアップしました。
1997年に旅行したものです。
それに伴い、海外写真コーナーをリニューアルしました。
・サラ金!
ですが、4つお話をアップしました。
・2004年11月24日 鎌倉秋旅・半日コース
紅葉にはちょっと早いですが、最近、晴れ間が多いので、ぜひ安・近・短の旅を楽しんでみてはいかがでしょう?
下記は半日で拝観料100円で回れるコースですので、参考にどうぞ。
ちなみに鎌倉の紅葉は12月入ってからがベストのようです。
鎌倉駅東口
↓徒歩10分
1.鶴岡八幡宮(8時40分)
↓徒歩15分
2.妙本寺(9時10分)
↓徒歩20分
3.安国論寺(9時40分)
↓徒歩5分
4.妙法寺(10時20分)
↓徒歩10分
5.長勝寺(11時30分)
↓徒歩20分
7.光明寺(12時20分)
↓徒歩5分
8.材木座海岸(12時40分)
↓徒歩15分
鎌倉駅東口
お気軽半日コースの第二段。
途中途中で小さなお寺によってもいいでしょう。
時間がなければ鶴岡八幡宮と材木座海岸をカットすることの可能です。
昼食込みで5時間ぐらいのコースで、拝観料は100円のみ。
散歩がてらゆっくりみてまわってみてはいかがでしょうか。
鎌倉秋旅写真とあわせてご覧ください。
1:鶴岡八幡宮(8時40分)
朝8時30分、鎌倉駅到着。
日曜日といえども、さすがにこの時間からは人混みはない。
午後は渋谷のセンター街なみにごったがえす、
若宮大路の段葛はほとんど人もいずに、すいすい歩いていける。
もちろん、両側に並ぶ店はどこもやっていないが、騒々しくなくってよい。
鎌倉一の名所といってもいい鶴岡八幡宮もこの時間はがらがらだ。
ゆっくり見たいなら朝早く行くのがおすすめだが、
まだ屋台なども準備中なので、
騒がしい雰囲気が好きな人にはおすすめできない。
鳥居をくぐってすぐ左側の平家池には木々がさまざまに色づいていて、
きれいだなと思い、写真を1枚。
隣の池は木々は少なく、紅葉はそんなになかった。
ここの紅葉メインは本宮手前の大銀杏。
いい時の写真を見ると、本宮の横で黄金色に染まる大きな銀杏が実に見事だが、
11月中旬ぐらいではまだ早いらしく、まだ葉の色は緑のままだった。
ただ今年は秋に雨が多かったせいか、
幾分、葉が少ないのではないかとそのことが気になった。
2:妙本寺(9時10分)

ここからどんどん南に向かって寺めぐりをはじめる。
宝戒寺、妙降寺、大巧寺、本覚寺はスルーし、妙本寺に向かう。
春、カイドウと桜が見事に咲き誇った花寺で、
秋の紅葉も写真で見る限りとてもよさそうな寺なので期待していく。
普通の住宅街から一転して木々が生い茂る山門的雰囲気の坂道をのぼると、門が現れる。
9時だからそろそろ人がいてもよさそうなものだが、人っ子一人いない、とても静かな雰囲気。
なんだか来てはいけないような、とても厳かな雰囲気というか、廃墟的な雰囲気を漂わせていたが、
なんとその門に、春に見た猫がいるではないか。
間違いなかった。春に見た猫と同じだ。
誰もいない朝早い門に猫がお出迎えしてくれるとは、これはまた実に趣があるなと思う。
人に慣れているせいか、猫と門とその奥に見える寺を撮ろうと近づくと、
近寄ってきてしまうので、適度な距離をとりながら、カメラを構えるが、
これがまた実にB型的あまのじゃく的猫型性格ともいうべきか、
人がいなかった時はじっと動かなかったくせに、急になんだか落ち着きがなくなったのか、
ちょこまか動いてはとまり、ここだ!とカメラを構えた瞬間、また動きという、
久しぶりに猫撮影時の経験を思い出し、私と猫の静寂の鬼ごっこが続く。
猫は寺の門にすぐ飽きて、墓に向かう。
猫は墓が好きなのだろうかと思うのだが、この寺にはこの猫しか私は見かけない。
猫が墓に向かった瞬間、私は嫌な予感がしていた。
春にこの猫がはまりこんで動かなくなってしまったあの墓に向かうのではないかと思ったのだ。
案の定、この猫のお気に入りというか住みかなのか、
またあの墓のまっしぐらに向かっていったがフェイントをかけて、その横にあるバケツ置き場に。
しかしすぐにまた動作を開始し、どこかでこの墓に飛び上がろうという瞬間を狙っているように見えたので、
私はすかさずジャンプするであろう場所を捉えて、猫がジャンプする写真を撮ろうと試みたが、
それを読まれたのか、墓の背後に回って、私の死角からひょいっと墓の敷地の壁にジャンプした。
仕方がない、また墓猫を撮るかと思い、墓に近づくと、
今度はカメラめがけて歩き出すので、それまでわずか1m足らずの間に3カットシャッターを切って、
猫がはじまで来たところでカメラをおろす。
まったく、鎌倉に来て、しかも、またこの猫か、と思いながら、
まあこの妙本寺、なんだかまだ薄暗く、紅葉的気配もまったくなく、
撮るべきものといったらやはりこの猫以外になさそうなので、
ちょっとつきあってやるかと腰を据えて、猫を撮り始める。
猫は一向に動かないのをいいことに下から撮ったり、右側から撮ったり左側から撮ったり、
引き気味の写真を撮ったり、アップを撮ったり、さまざまなアングルから猫を撮る。
猫は今までの落ち着きのなさとはうってかわって、モデル然として動かない。
やはり、ここが落ち着く定位置なのだろうか。
さんざん撮ったので、さっきのようにまた別の場所に動いてくれないかなと思うのだが、
ほんと今度はまったく動こうとはしない。
少しでも動いてくれるとまた別の写真が撮れるのになと念じてみても、猫はまったく動こうとしない。
こちらが動かないとあちらも動かないので、再び同じアングルから写真を流し撮りしはじめるが、
ほとほと動き出しそうにない。
私は猫撮影時は非常にマナーを守るので、猫を動かすために石を投げたり、手を出したり、
木の枝でつついたりというようなことはしない。
そんなことをしたら、瞬く間に逃げるか、瞬く間に遊ばれるか、いずれにせよ結果は思わしくない。
じっと待つが、まったく動く気配がなく、またしても私は猫に負けたのだった。
妙本寺の猫。やるな。
でもこの寺に猫がいなかったら、何も撮らずに帰ってしまったかもしれないことを思うと、猫に感謝するしかない。
それにしても朝早くからいるなんて随分、律儀な猫だな。
3:安国論寺(9時40分)

妙本寺の猫撮影を終えると気を取り直して寺めぐりへ。
常栄寺、八雲神社、安養院などを通り道沿いに見ていけるが、私はスルー。
安国論寺の入口には、葉は少ないが、見事に黄色に染まった木が迎えてくれる。
一見すると小さくてしょぼそうで、なかなかここまで来る人がいないのか、
観光客は誰もいないが、ここはなかなかみどころがあっていいところですよ。
入口で境内マップをもらえる。
本堂へ向かう途中、朝日が木々の向こうにさし込み、
その手前にある木々が赤や黄色、緑に光り輝いている姿がなんとも幻想的ですばらしかった。
紅葉というところまではいかないが、なかなか絵になる風景だった。
本堂を右に行き、墓地のはじあたりから山道をのぼっていける。
山道をゆくと洞窟にいるお地蔵さんが。
さらに山道をゆくと鐘があり、さらに山道をゆくとお目当ての眺めのよい場所、「富士見台」に到着。
残念ながら富士山は見えないが、なかなか景色はよかった。
富士見台から急な階段を下っていって再び寺に戻る。
もし富士見台に上るなら、階段から上るより山道からのぼって、階段で下った方が絶対いいな。
山道は急ではないが、階段は非常に急なのでのぼったらかなりしんどそうだ。
というわけで、小さな寺だが山道をゆくちょっとした散歩コースがあり、おすすめの寺です。
料金は100円以上寄付が必要。
4:妙法寺(10時20分)

安国論寺から徒歩5分ほどで妙法寺へ。
入場料が300円でたまたま万札しかなかったら、受付のおばさんが、
「隣の寺かどっかで両替してきて」という。
ムカっとくる。
入場料とるために料金所を設置していて人を置いてるわけだから、
釣りぐらい用意しろよ、馬鹿者。
だいたい寺に帰るなり寺の他の人にいうなりすれば誰か両替できるだろうに、
そういう努力を一切しようとせず、隣の寺で両替しろというくされ根性が信じられない。
よっぽどこんなくそ寺、いくもんかとも思ったが、
ここで見なかったら余計むかつくなと思い、仕方がなく両替しに。
ただし安国論寺には向かわない。
あそこは100円以上の寄付を勝手に賽銭箱のようなところにするだけで、
この寺のように入場料として人がいて金をとっているわけではないから、
そんなところから、隣の寺に入るために万札両替しろというのは、無理な話だろう。
ぐるぐる辺りを回った挙句、商品にほこりのかぶった小さな商店に行き、
ジュースを買って両替することに。
気を取り直して妙法寺へ。
しかししかし、態度は悪いがこの寺もいいところですよ。
まず本堂でお参りしろなんていういらんお世話の余計な注意書きは無視し、山道へと向かう。
ここも案内図があって、寺の奥に山道があり、みどころがいっぱいあるのだ。
仁王門を抜け、苔石段を眺めながら、ここにも洞窟にまつられたお地蔵さんがいる。
さらに階段を上っていくと小さな寺もあり、さらにまた階段を上る。
あがりきったところで山道を右に行くと護良親王の墓、左に行くと日叡上人の墓がある。
別に墓に興味があるわけではないし、彼らに興味があるわけではないが、
山道を散歩気分で歩けるのは楽しい。
護良親王の墓の方は多少、眺めもよく、海と町並みが見える。
墓に置かれた1円玉が墓石と同化してしまったかのように古くなっているのとか、
とてもおもしろかった。
5:昼食:竹之家(11時00分)
ちょうど11時になったので、早めの昼食をとることに。
目をつけていたそば屋「竹之家」がこの近くだったのでちょうどよかった。
11時開店と同時に行ったがさすがにこの時間は客もいなくてすんなり入れた。
鎌倉は過去2度、来ているが、
昼過ぎから午後になってしまうと昼食うだけでえらく待たされることになるが、
早めに行動すればそれは避けられるのだなと思った。
ざるそば1200円注文。
残念ながら1000円以下のメニューはなかったと思うので致し方なくこれに。
旅行に出ると財布の紐が緩むから要注意だなと思う。
私にはそばの味はようわからんが、とにかくかたかった。
ラーメンでいう麺かため。
量も少なく、うまいという感慨もまったくないんだけど、
(鎌倉市役所近くのそば屋の方がよかったな)
いろいろ何かこだっているのかもしれないが、
これで1200円とられてもなー。
別に鎌倉は京都じゃないんだから、土地代だってものすごい高いわけではあるまい。
ま、私にはそばの味はわからんけど、素人がくったらおいしいとは言い難いそばだったが、
早めの昼食をとり、多少おなかがふくらんだので、
再び寺めぐりに出掛けるかという気分転換にはなった。
6:長勝寺(11時30分)

踏み切りを渡り長勝寺へ。
先の2つの山寺的雰囲気とは違い、平地に立つ寺なので、あっけらかんとしているんだけど、
なかなかユニークな寺です。
随分立派な本堂の前にどでかい日蓮像とその脇にたつ4つの仁王像がすばらしい。
とても直接的な表現で日本には珍しいよなと思う。
そこから上に墓地エリアがあって多少色づいた木々がとてもきれいだった。
7:光明寺(12時20分)

長勝寺から「材木座の路地」なる場所を通っていったが、
別にたいした路地ではなく、単に狭い通りの住宅街といった雰囲気。
路地沿いにある寺も何箇所か立ち寄ったが、たいしたことはない。
来迎寺は寺の敷地よりでかいのではないかと思うぐらい大きな駐車場があり、
観光地ではなく墓地販売のための寺といった感じ。
五所神社はなかなかよかった。小さいが、洗濯物とか干されている家のすぐそばにあって、
なんとなく生活感があるこじんまりとした神社でよかった。
実相寺は通り過ぎただけ。九品寺も入ったがたいしたことはない。
そしてもうすぐ海だというそばの近くにある最終目的地、光明寺へ。
随分、ここは広くて大きな寺で驚いた。
すごく立派。
今日は小さな寺が多かっただけにこのぐらいの広さでもすごいなとなぜか思ってしまう。
猫が3匹いたことは特筆すべきことなのかはようわからんが、
とにかく人に慣れていて、人が通るたびに寄っていくのと、
まるまるまるまる太っているのがなんとも痛ましいかぎり。
私はあまのじゃくてき猫的性格が好きなのであって、
なんでもかんでもいつでもどこでもすりよってくる猫にはあまり興味を覚えなかった。
猫はともかく、広くって、地元の子供たちが境内で遊んでいる光景がなんともよかった。
こんな光景が残っているんだなと。
なんせ何をかすると子供が誘拐されて殺されてしまう恐ろしい時代ではあるが、
こういう広い境内で遊んでいるなら、なんとなく安心感がある。
神の抑止力ともいうべきか、境内と子供が遊ぶ光景というのは実に絵になるが、
このような姿もどんどん少なくなっていくんだろうな。
8:材木座海岸(12時40分)

これで半日寺めぐりは終わり。これで帰りたかったら、光明寺にバス停があるので、
そこで鎌倉駅行きバスに乗ってもいいんだろうが、
せっかくここまできたので、すぐそばにある海岸を歩いて帰ることにする。
冬の海岸など寂しいのかなと思ったら大間違いだった。
サーフィン、ウインドサーフィンがところ狭しと海に浮かんでいて、
その人たちが海岸沿いに多数いる。
さらには海岸でバーベキューをやる人もいて、冬とは思えないほど賑わいだった。
海のある町はいいなあと思いつつ、砂浜をゆっくり歩きながら1kmほどいくと、滑川橋に到着。
ここから若宮大路を10分ほど北に歩いていけば鎌倉駅。
半日コースにはちょうどいい道のりだった。
もし元気があれば、さらに海岸沿いを行き、長谷寺地区の寺めぐりをしてもいいのだろうが、
冬場の陽射しは弱く、14時15時ぐらいでもう夕方みたいになってしまうので、
これで今回のショートトリップは終わりにすることにした。
・鎌倉秋旅写真
まだ紅葉には早かったですけど、半日コースの短旅としてはなかなかよかったです。
コース紹介は近日中にアップします。
・2004年11月22日 「歴史で読み解くアメリカの戦争」山崎 雅弘著 学研
ブッシュ再選で再びこの4年間、恐ろしい時代がはじまったということもあり、
改めてアメリカのこれまでの紛争史を知りたいと思い、上記の本を借りてきました。
こういう本というのはなかなか読みたくっても読みにくい側面があると思うので、
この本を読んで私が重要だと思う部分を抜き出してみました。
今、起こっているさまざまな問題、
そして、今後も起こるであろうさまざまな問題を考える上での参考になればと思います。
なお、この本は単なる紛争の事件簿だけでなく、その背景なども丹念に記述していて、
かつ、単に湾岸戦争、イラク戦争だけでなく、朝鮮戦争、ベトナム戦争にまでさかのぼって、
主観的な論評ではなく、客観的な歴史的事実に基づいて、非常に丁寧に記述されている良書です。
ただそれゆえ、分量も多く、今、特に関心のあるイラクと、
イラク戦争後、次にブッシュが侵略しようともくろむイランの問題に、
はじめから読んでいるとなかなかいきつかないという弊害もあるので、
もし下記の記述で興味を持って本を手に取ったら、
朝鮮戦争やベトナム戦争を読むのは後回しにして、
第六章の「対テロ戦争(イラン・リビア・アフガニスタン)」、第七章の「イラク戦争」から読むとよいかもしれません。
なぜアメリカが世界を敵にしてまで戦争をするのか。
なぜアメリカはつけねらわれているのか。
なぜテロが連鎖するのか。
これまでのつぶやきかさこで私なりのアメリカ診断をしてきましたが、
(これまでのアメリカ評を1つのコーナー「アメリカの横暴」としてアップしました)
そのアメリカ評と読み比べながら、下記の記述を参考にするとよいと思います。
「歴史で読み解くアメリカの戦争」より抜粋&一部かさこの補足
・国連無視のアメリカの政策はこれまでも行われていた
国連安保理の拒否権を多用するアメリカ。
1966〜1991年までの26年間で、ソ連が拒否権を行使したのは4回。
しかし、アメリカは、1980〜2003年までの24年間で、57回の拒否権を発動している。
アメリカが行使した拒否権の回数は全部で78回。
しかもその内訳は、人種差別で非難を浴びていた南アフリカを非難する決議をアメリカの拒否権で葬り去ったのが12回。
イスラエルを非難する決議をアメリカの拒否権で葬り去ったのが37回にも及ぶ。
ビンラディンが先の声明で、911テロを思いついた契機とされる、1982年のイスラエル軍のレバノン侵攻だが、
この時、国連は、イスラエルのレバノン国内からの撤退と軍事行動停止要求の決議をしたが、イスラエルは決議を無視して進撃。
その間、イスラエルを非難する国連での草案が3つあったが、
他国の圧倒的多数の賛成にもかかわらず、アメリカただ一国の反対によって、否決されてしまった。
911テロ後、アメリカは「新しい戦争」と称して、
テロとの戦いをはじめたが、何も今にはじまったことではない。
1970年代終わり頃から、反米を旗印としたイスラム過激派集団との戦いははじまっていた。
質素で禁欲的な社会を理想とするイスラム社会は、
扇情的な欲望至上主義的な現代風の生活習慣に対して、強い敵意を示してきた。
その欲望資本主義の総本山ともいえるのがアメリカだ。
それに対してアメリカは「文明の破壊」と称して、
欲望資本主義的価値観を否定する彼らを弾圧しようと試みた。
・イラクの次にアメリカが侵略を狙うイラン
1953年、親米派の将軍によるクーデターが成功すると、
イラン国内の石油利権は、米英両国の巨大石油企業(メジャー)6社と、
米系の独立系石油企業(インディペンデント)9社によって再配分された。
石油利権の割り当てに対する「リベート」として、3年間で5億ドル近い石油収入が、イランの親米政権へと支払われた。
石油利権はもちろん、軍事面でも緊密化が行われ、
アメリカ製イギリス製の武器や戦車がイランに輸出された。
こうしたアメリカーイラン親米政権の癒着関係は1970年まで安定していたが、
1973年の石油危機を契機に、イラン国内の政情が不安定になり、
石油高騰化で利益を独占する政権と特権層、それを支えるアメリカに対する非難を訴えた、
イスラム教シーア派の指導者ホメイニが1979年、熱狂的なイラン国民によって迎え入れられた。
石油利権と結びついた王権の腐敗と気に食わない思想・行動はすべて弾圧する秘密警察への怒りは、
それを影で支えてきたアメリカに向けられることになる。
1979年11月、腐敗政権で失脚し、アメリカに亡命したパーレビの身柄とイランに引き渡せと、
狂信的なシーア派の神学生たちがテヘランのアメリカ大使館に乱入し、
大使館員など53人を人質にするという事件が起きた。
人質はすべて解放されたが、この事件を機に、アメリカとイランは完全な断交状態に入った。
それゆえアメリカ政府は、ホメイニを指導者とするイランを「アメリカの脅威」とみなし、
1980年、隣国イラクがイランに侵攻すると、
アメリカは敵(イラン)の敵であるイラクに大規模な武器援助を開始。
現国防長官のラムズフェルドは、イラクの首都バグダットで、
サダム・フセイン大統領と固い握手を交わしたのである。
・リビア
イランのホメイニ政権を賞賛したのはリビアのカダフィ大佐である。
1959年、リビアで次々と巨大油田が発見されると、
米英両国の石油企業は国王を懐柔し、採掘から流通、販売に至る、すべての石油事業の実権を握ることに成功。
石油産出で儲けた富を、国王は特権階級で独占したため、
国民の間に王制打倒と反米・反英を叫ぶ空気が広まった。
1969年、カダフィは無血クーデターを成功させ、王制を廃止し、軍事政権を樹立。
リビア国内の米英両軍のすべての基地をリビアに返還させ、
さらには米英の石油企業が握る権益を国有化したのである。
根強い反米・反英思想を持つリビアは、反米テロ活動の資金援助を行った。
それに危機感を抱いたアメリカは1983年、
「国家に支援されたテロ行為は、明らかに戦争の一形態として理解されるべきであり、
政治的外交的手段のみならず、多様かつ柔軟な軍事的手段による対応も欠かせない」との海軍からの提言を受け、
1984年、レーガン政権は「テロへの対応に軍事力行使を認める」との方針を発表した。
1986年、アメリカ兵のたまり場として知られる西ベルリンでのディスコでの爆弾テロ事件を契機に、
その黒幕はリビアのカダフィであると断定したアメリカは、
リビアに大規模な空爆を行い、民間人100人以上が死亡したが、
最大の標的であったカダフィを殺すことはできず、また、
ソ連や東欧諸国のみならず、フランスやドイツなどアメリカの友好国からも、
アメリカの行為は「国際法を脱した暴挙」として厳しい非難を浴びる結果になった。
「圧倒的な軍事力でテロ勢力の根源を粉砕する」レーガン政権のもくろみは完全な失敗に終わった。
・イラク戦争
湾岸戦争を含め、イラクは過去に一度もアメリカに対して先制攻撃を行ったことはない。
また湾岸戦争の敗北と国連査察により、イラクの軍事力は低下させられていた。
だが、アメリカ政府は、出所不明の録音テープや不鮮明な衛星写真など、
わずかな証拠をもとに、「イラクは大量破壊兵器の研究開発を進めている」とし、
フランスやドイツなど同盟国の反対を押し切り、イラク戦争に踏み切った。
911テロ発生後、アメリカの報復攻撃を「アルカイダ」に絞るべきか、テロ支援国家に広げるべきか。
ラムズフェルドが「アルカイダ」だけでなく「イラク」も攻撃したらとそそのかした。
新保守主義派(ネオコン)と呼ばれる勢力は1998年の時点で「フセイン政権打倒」を重要案件に。
2002年、悪の枢軸国演説。
イラン、イラク、北朝鮮の3国。
「対テロリスト戦争においては、従来の抑止力という概念は通用せず、
敵の脅威が現実のものとなる前に、これを排除しなければならない」という演説
このアメリカの国家安全保障戦略のブッシュ・ドクトリンは、
ネオコンのウォルフォウィッツが1992年に父ブッシュに提言した政策提言書とほぼ同じ内容。
パウエル長官はイラク戦争開戦前に「軍事的には間違いなく勝利するが、戦後処理は極めて困難なものになる」と警告したが、
ネオコン派に押されてブッシュは開戦を決意する。
2002年10月、イラク政府は国連に
「イラクにはもはや大量破壊兵器の備蓄も、それを開発する能力も残っていない」と申告書を提出。
イラクへの武力行使に反対するフランス、ロシア、ドイツなどは、査察の継続を前提とした議論に。
しかしイラク戦争を急ぐブッシュは、偽造証拠をでっちあげ、
「ゲームは終わった。イラクは、武装解除への最後の機会を自ら放棄した」と述べ、開戦に踏み切った。
ブッシュの「ゲームが終わった」とは、イラクとのゲームが終わったというより、
国連でイラクへの武力行使に対する他国の賛成が得られないことがわかったから、
国連でこの問題を話し合うことは無駄だという意味での「ゲームが終わった」という意味だったんだろうな。
・アメリカのビンラディン支援
1979年イスラム国家アフガニスタンへ軍事侵攻を行ったソ連軍に対し、
イスラム武装グループはゲリラ闘争を行っていた。
サウジアラビアで建設業を営む実家から送られてくる豊富な資金援助を武器に、
ソ連軍と戦う「ムジャヒディン」の訓練施設や後方支援し悦の建設を行っていた、
ビンラディンに対し、アメリカは敵(ソ連)の敵であるビンラディンに、莫大な資金援助と武器援助を提供していた。
1989年、ソ連のアフガニスタンからの撤退、1990年、湾岸戦争の発生に伴い、
友好関係にあったアメリカとビンラディンは敵対関係へと変わる。
ビンラディンがアメリカを敵視する契機は、
アメリカ石油企業との関係が深いサウジアラビア王室が、サウジ国内でのアメリカ軍基地開設を許可したことだった。
イスラムの聖地であるメッカとメディナを擁するサウジ内に、異教徒であるアメリカの軍隊を駐留されるという、
サウジ国王の決定は、ビンラディンをはじめ、イスラム教徒にとっては信じがたい出来事だった。
ビンラディンは王室を非難する声明を発表。
1994年、サウジ国籍を剥奪され、スーダンに亡命したラディンは、
サウジのアメリカ軍の撤退を要求する一方、
かつてアフガニスタンで仲間であった兵を再編して、反米テロ組織を組織した。
それが「アルカイダ」である。
・アメリカがなぜ狙われるか
アメリカ政府およびアメリカ石油企業と癒着した親米政権が私腹を肥やし、
それに対する不満が国民に巻き起こり、一部の過激派が、デモや暴動、テロへと発展する。
これがテロの土壌なのだ。
1987年、国連は、イスラム過激派勢力を中心とする国際的なテロ事件の政治的背景を理解した上で、
その解決法を提案した。
「テロリズムの背景にある政治的・経済的要因をきちんと研究した上で、
(不法行為としての)「テロリズム」を定義し、その予防法を考える一方、
(不法な抑圧に対する抵抗運動の一環としての)民族解放闘争と区別するための国際会議を開催しよう」と提言したが、
賛成153国に対し、反対2国=アメリカとイスラエルの、
強い抵抗によって、このような会議が行われることが阻まれている。
<総評>
アメリカが戦争する理由、
それは自国の発展のために資本主義ルールにのっとらない政権の破壊。
石油をわがものにして莫大な富を得る。
石油利権の強力なプッシュ。
そして冷戦崩壊後、存在意義を失った軍事産業をつぶさないための戦争の創出。
軍産複合体の強力な政権へのプレッシャー。
テレビドラマ「24シーズン2」はまさに石油利権のために、
証拠を偽造して中東諸国を戦争させるという、イラク戦争をモデルにした内容だった。
アメリカこそ死の商人。
これからますます戦争とテロがアメリカのせいで続発するだろう。
・2004年11月21日 最新映画速報!「ハウルの動く城」そこそこおもしろいがレンタルで十分か
★★★
宮崎駿監督の待望の映画「ハウルの動く城」が11/20より公開。
前作「千と千尋の神隠し」が非常に良かっただけに期待して、公開初日に見に行った。
2時間。
見終わって「難しい映画だな」と思った。
つまらないわけじゃないし、駄作ではない。
ただ、しっかりしたストーリーがあるわけではないし、
しっかりした結論があるわけではない。
いろいろなテーマがシーンシーンにちりばめられている。
それはよくわかるのだが、でもそれも判然と描かれているわけではない。
非常に小さな子供連れのお客さんも多かったので、余計「難しいな」と思った。
<ここからネタバレ注意>
この映画はイギリスの原作がある。
しかし原作を忠実に描いているわけではなさそうだということは映画を見てわかる。
本だったらこんなぼやけた書き方はしないだろうから。
映画を見ていてまず思ったのは「反戦」がテーマなのかなということ。
でもそういうわけではないらしい。
それだったらもっとしっかり描くだろうし。
ところが映画の終わり際になって、唐突に、前後のストーリーとまったく関係ないのに、
主人公が戦っている魔法使いが出てきて「戦争はやめようか」という。
これはちょっと解せないな。
すごくむりやり最後にくっつけた感じがあるし、
もし反戦がテーマだったら、それまでにずっとそういう戦争の描き方をすればいいわけだし。
でも映画全体でいうと反戦も1つのメッセージなのかもしれないが、
決してそれだけがテーマなのではない。
だからこそ、最後の「戦争をやめようか」という言葉がとってつけたように思えてしまう。
まあ強いていうなら、何を人生の生き甲斐にしたらいいかわからない女の子が、
ひょんなことからトラブルに巻き込まれたけど、
出会った運命の相手をみつけて、その人を愛する生き方が、
その周囲の運命を「いい」方向に変えていくという、
愛がテーマなのかもしれないけど、まあそれはそれかな。
ファンタジー性に少し欠けていたのが残念だったかな。
アニメというフィクションを生かした、
現実社会にはない世界観(たとえば千と千尋の舞台の世界とからラピュタの世界とか)を、
もっとしっかり作りこんで描いてくれたら、別にたいしたテーマがなくても、
そのファンタジー性のある世界を舞台にした物語というだけで十分楽しめるんだけど、
期待していた「動く城」の中は普通の家だったし、
舞台となっている世界も普通のヨーロッパの町といった感じだったし、
かつそれにしっかりした謎解きやストーリーがないとなると、
少々物足りなくなってしまうのは致し方がないか。
もっと時間をかけて非日常的な空想世界観を作り上げてほしかったな。
その辺は逆に原作に縛られ過ぎたのだろうか。
ストーリーや謎解きがないので子供が見たら「なんだこりゃ?」という映画構成なのだが、
逆にそれでいい面もあった。
まず善玉と悪玉を明確に分けないこと。
主人公が愛したハウルも善の部分もあり悪の部分もあるし、
敵とおぼしきハウルの先生である魔法使いも悪の部分もあるし、善の部分もある。
主人公ソフィーに呪いをかけた魔女すら、仲間になってしまう。
そういう善悪を分けない態度っていうのは、分かりにくいけど非常にいいと思う。
だって人間に完全な正義の味方と完全な悪者という区分けはできないのだから。
謎解きに縛られない自由な描き方もわかりにくいかもしれないがメリットにもなっている。
主人公ソフィーという少女が呪いをかけられておばあちゃんになってしまうのだが、
その呪いを解くための戦いなのかと思いきやそうではなく、
主人公の心情や場面によって、平気で元の姿に戻ったり、おばあちゃんになったりする。
そういう場面場面で巧みに両方の顔を使い分けることは、
その女の子の心情の揺れをそれで見事に表していてとてもよかったと思う。
ある意味では「変身」が1つのテーマになっていて、
ハウルも醜い鳥人間の姿と美男子の姿があり、
主人公は少女と老婆、魔女も老化したバージョンと比較的若いバージョン、
城に住む子供も子供の姿と変装した老人の姿があり、
ある意味では人間の多面性を「変身」で描くことが1つのテーマとなっているのかもしれない。
特記すべきことはキムタクである。
準主人公ともいうべきハウルという美男子の声をスマップの木村拓哉にさせていて、
せっかくの映画が台無しになるのではないかという危惧を抱いていた。
別にキムタクが嫌いだからという理由ではなく、
しょっちゅうテレビに出ている人間の声が出てきてしまうと、
その映画のキャラクターではなく、本人そのものをイメージしてしまわないかという危惧だった。
スタジオジブリの最低くず映画「平成狸ぽんぽこ」の野々村真などがその典型的な例で、
本人の姿がイメージされてしまい、キャラクターに違和感を感じてしまうのだ。
しかししかし、キムタクの声優は素晴らしかったですよ。
多分、事前に知らなければキムタクってわからないんじゃないかな。
そのぐらいキャラクターにマッチしていた。
しかしそういう敢えて危険な賭けにでる声優キャストにするのは今後もできれば辞めてほしいなと思う。
一説によると宮崎監督が声優を知らないから、テレビで見る有名人にしているそうなのだが、
別に声優候補ぐらい多数いるスタッフに集めてもらいその中から、
監督がイメージにあうものを選べばいいのだから。
残念ながら当然、前作「千と千尋」以下。
「ラピュタ」「ナウシカ」「耳をすませば」「魔女の宅急便」「紅の豚」以下。
つまらないわけじゃないし、そこそこおもしろいけど、それほどのことはない。
もしこれから期待して映画を見に行こうという人がいるなら、
まあレンタルで十分かもしれない。
それからこの映画は設定とか背景とかがしっかり描かれていないんだけど、
それを突っ込んでいったらキリがないし、そういう映画ではないのだと思うので、
ここでは割愛させていただく。
(たとえばなんで主人公が魔女に呪いをかけられたのかとか、
なぜ隣国の王子が呪いにかけられたのかとか、城に住む子供は何者なのかとか、
なぜハウルの先生は戦争をしていて、最後にいともかんたんにやめてしまったのかとか)
・2004年11月20日 海外サイトを利用する
インターネットを日常的に利用している人は数多いだろうし、
主に日本のヤフーから検索したりして目的のページに飛んでいる人も多いと思うが、
インターネットのすさまじさは、当たり前のことだが、海外のサイトも閲覧できることだ。
私は仕事柄、アメリカのヤフーをよく使う。
日本のヤフーはほとんどの場合、日本のサイトしか引っかからないが、
アメリカのヤフーは単にアメリカ国内のサイトだけでなく、
ヨーロッパのサイトなども多数、引っかかる。
たとえば、今、ハンガリー取材のガイドブック用の原稿を書いているわけだが、
取材時に短い時間で懸命にレストランでメニュー名やメニューの値段を写したり、
時にメニューをもらってきたりするんだけど、
中・高級のレストランならたいていホームページがある。
仮にURLがわからなくても、アメリカのヤフーで、ハンガリーのハンガリー料理レストランの店名を入力すれば、
見事にその店のサイトが引っかかってくる確率が高い。
ハンガリーの店なので当然、ハンガリー語で表示されているわけだが、
ヨーロッパという非常にインターナショナルな環境におかれているゆえ、
英語バージョン、ドイツ語バージョン、ハンガリー語バージョンの3種類ぐらいある。
ハンガリー語がわからなくても英語バージョンを見れば、十分、主だった内容はつかめるわけだ。
全メニューと値段がことこまかに載っている店も多い。
中にはPDFで店と同じ、きれいなメニューがダウンロードできるところもある。
電話番号、住所、営業時間といった基本データはもちろん、
時にはホームページでレストランの予約受付をしているところもある。
ガイドブックをつくっていると、海外の高級レストランなどでは、
ディナー時には予約が必要な場合が多く、「要予約」などと書いたりするのだが、
旅行に行って、現地で3〜5日ぐらいしかいない間に、
そのガイドブックを見て、旅行者が電話を掛けるのだろうかと疑問に思うことがある。
直接会って話すなら、多少語学ができなくても、単語の切れ端や、
シチュエーションや表情や身振りで相手に意図を伝えることができても、
完全に音声だけのコミュニケーションである電話というのは、
しゃべるのも聞き取るのも非常に難解な手段だ。
そんな時、ホームページで事前に予約ができる。
こんなすごいことはない。
現地に行ってわざわざ電話する必要もないし、数日前に事前に予約の予定を入れられる。
しかも限られた情報しか掲載されていないガイドブックと違って、
その店のホームページを見れば、全メニューを見ることができるわけだから、
こんなに便利なことはない。
ぜひ、アメリカ・ヤフーを有効活用することをおすすめする。
他にも、たとえば日本で場所をヤフーマップで調べられるように、
当然、各国の地図サイトを見つければ、場所も調べられる。
あとは、交通機関のサイトも比較的充実しており、時刻表、値段など詳しく載っている。
チケット予約できるところもある。
地下鉄の路線図なんかもダウンロードできたりする。
海外のサイトをのぞいてみると結構それだけで旅する気分になれるのもおもしろい。
英語が苦手だったら、たとえば6、7000円の翻訳ソフトを買ってくれば、
多少、強引でおもしろい訳になってしまうこともあるが、
日本語ページを見ているような感覚で見ることもできる。
翻訳ソフトを買うのが嫌なら、わからない単語や文章をペーストし、
それを無料で利用できる翻訳サイト、infoseekマルチ翻訳などを利用すれば、訳してくれる。
海外サイトを利用することで、今までなかなか得ることのできなかった、
現地の最新情報かつ原典の情報を容易に得ることができるのだ。
ちなみに日本のサイトだったら最後にjpがつくように、
ハンガリーだとhu、チェコだとczとか決まりがある。
検索でみつからなくても、どうしてもそのホームページを発見したいなら、
www.のあとに店名をローマ字入力し、その国のURLを入れてみれば、意外と簡単に見つかったりするかもしれない。
海外サイトとちょっと話はずれるが、日本人人質事件が起きた時、
アルジャジーラのサイトを見たいなと思い、バカヤフーで検索するとなかなか出てこないのだが、
Googleで検索すると、トップにいきなりアルジャジーラの公式の英語サイトが出てくる。
ヤフーニュースをみたいとか余計な情報をみたいならともかく、
日本内のサイトを探すにせよ、検索性の賢さなら、
ヤフーより絶対Googleであることを覚えておくと何かと便利だろう。
インターネットを賢く使えば上記のようなこともできるので、
アメリカのヤフーをうまく使うといいだろう。
・2004年11月19日 マクドナルドの仕事経験を思う
私はこれまで正社員として3社で仕事をしてきたが、
そのどんな仕事よりも、大学時代にアルバイトしたマクドナルドの仕事が、
最も厳しく、最も現在の仕事術に役立っているなと今でも思う。
とにかく、時間がない。
とにかく、いろいろなことをやらなくてはいけない。
だから、常に、仕事の手順を考え、最も効率よい方法を探し出し、
最も最短距離に進める道を探す。
ペーペーだったクルーだった時も、社員の代わりに店を任されるマネージャーとして働いていた時もそうだ。
クルーだったら、まず第一に、男性なので厨房でオーダーされたハンバーガーを作るという仕事がある。
しかし、それだけをやっているのは、昼のピークの2時間ぐらいなもので、
それ以外の時間は、基本的にそれ以外のさまざまな仕事を、ハンバーガーを作る合間にこなさなければならない。
たとえば搬入。
倉庫から店に資材補給を行う。
埼玉時代の時は、倉庫と店が離れていたので、台車で倉庫に行って、
大小さまざまなダンボールを積み込んで運んでくる。
冷凍庫でポテトやハンバーガーのパティ、冷蔵庫でドリンクや野菜、
その他、カップやストローなどの資材を運ぶ。
何度も往復する時間はなく一度で1日分の資材を運ぶ。
しかも与えられた時間は1時間しかない。
小さな台車なので、載せる順番やコツを間違えたら詰め込めなくなってしまう。
単に資材を積み込むだけでなく、その際に出たダンボールのゴミなどの処理や整理もしなくてはならない。
やっとのことで台車に載せたと思っても、今度はそれを店に入れる作業。
賞味期限のあるものは当然、奥に入れねばならないので、
持ってきたものを一番奥に入れなくてはならない。
当然、冷凍、冷蔵のものから入れないととけてしまうのでその点にも気をつかう。
この搬入作業がうまくできるようになると今度は何を何個搬入してくるか、
搬入チェックも、ハンバーガーを作っている傍ら、やらなくてはならない。
搬入チェックする物品は100以上にもおよぶ。
なんでもかんでも持ってくればいいというわけではなく、
1日店を回せる資材補充をし、限られた店のスペースに入りきるだけという限定もある。
クローズ(閉店準備)作業やオープン(開店準備)作業も実にしんどかった。
限られた時間にほんと数多くのことをこなさなくてはならない。
1つの作業の順番をたがえただけで時間内に終わらなくなってしまうこともある。
洗い物をする作業にしても何から洗うと効率がよいか、
もちろん先輩からアドバイスを聞きつつ、自分で自分なりの方法を会得する。
ほんと、どの作業も泣きそうだったな。
ほんとにシビアな時間とスピードと効率の戦いなのだ。
(しかも時給は700円そこいらである)
でもそういった訓練を受けたせいか、どんな仕事をしても、
常に時間とスピードと効率を考える思考が働くようになる。
何をどれからやるのが効率がよいか。どのような順番で仕事を進めるとよいか。
つまりは「段取り」を常に考えるようになるのである。
さらにマネージャーになると自分だけの仕事にとどまらない。
オープンマネージャーだった頃は、朝6時から昼14時まで社員は来ずに、
店の仕切りを任されることになる。
やることは山ほどあり、単に客をさばくだけでなく、常にプラスアルファ何かをしていかなければならない。
カウンターと厨房のクルー7、8人に役割を与え、スムーズに事が運ぶように心がけるのだ。
人の配置をまず考える。すべてアルバイトだから技量の差がある。
そういった技量の差を考えながら誰にどこをまかすか決めるわけだが、
常にトレーニング(教育)していかないと、いつまでたってもできない人はできない人のままだから、
常にできる人をできるところへという配置ではなく、
あえてできない人を配置してトレーニングさせるという配置もしなくてはならない。
カウンターでもそうだ。
カウンターの順番も常に毎時間、配置を考えて人を置いている。
真ん中はひたすら客をさばく役割。
客席出口に近いカウンターパーソンは、客席を見回る役も含まれる。
厨房側のカウンターパーソンはカウンターの資材補給(カップ、ミルク、ストロー、シュガー、コーヒーなどなど)をする。
上記のようにカウンターの場所によって役割が違い、1時間ごとに細切れでかわるアルバイトの配置を、
毎時間、トレーニング的な意味合いと効率よく客を回すための意味合いとのバランスをとりながら指示していくのだ。
これだけでも大変だが、なにせアルバイトの集団である。
ギリギリの人数とギリギリの時間でやっているにもかかわらず、
遅刻したり突然休んだりする人もいるし、厨房機器が故障したりだとか、
入れ忘れがあってクレームの電話がかかってくるとか、資材が足りないだとか、
さまざまなトラブルが発生する。
しかし営業は1分たりともとまることなく動いていて、常に客がきている。
だからいくら自分が配置を考えていてもその計画通りにはいかず、
状況状況に応じて人員配置を変更していかなくてはならない。
そしてマネージャーになれば常に売り上げとの戦いにもなる。
30分ごとにセールスレシートが出て、そこには何個どのハンバーガーが売れたかといった情報と、
その時間の売り上げが出る。
客の流れや入りを見ればある程度売り上げ予想がつくわけだが、
たとえば雨で客足が少ないとか、今日は客が少ないといった場合には、
売り上げに対する適性人員数を越えてしまう場合がある。
その場合にはレーバーカット(労働時間カット)を行う必要も出てくる。
士気を下げないように、たとえば誰が1時間早く帰りたい人とか30分休みたい人とか見つけて、
レーバーカットを実施する。
しかしカットした途端、急に客足が増えてさばけなくなってしまうこともあり、
なかなか簡単に決断することはできにくい。
また、単にカットする方法だけでなく、その余剰人員を使って普段できないこと、
たとえば倉庫をとことん掃除するとか、厨房のクルーにカウンターを教え込んだりとか、
余った人員、時間を使って、トレーニング時間にあてることで、
スタッフの底上げなども考えなくてはならない。
そういったことを社会人経験のない大学生が、
常識のない高校生とか年上の主婦とかフリーターとか、
いわば寄せ集めの傭兵集団を指揮しなくてはいけないのですごく大変だった。
でもそういった経験を思うと、基本的に社会人でこれまで経験した3つの仕事は、
それに比べれば実にたいしたことはないなと思う。
また、その経験があるからこそ、
常に時間と金に対するコスト意識と段取りをいかにするかということを、
意識して仕事をすることができていると思う。
もちろんそれぞれの仕事にはそれぞれの知識や経験や技術が必要なわけで、
そういったことも身に付けなくてはならないわけだが、
マックでのアルバイト経験は非常に社会人になってからも役立っているなと思う。
自分の仕事だけやってればいいとか、仕事や上司の愚痴をいったりとか、
給料が少ないとかいろいろ文句をいう輩も多いことと思うが、
そういう人がはたして常にマクドナルドのような場での、
時間と効率とコストに対する徹底した意識と店舗運営とスタッフ教育を両立させるバランス感覚を持ち合わせて、
仕事をしているかどうかと考えると、そんな意識を持って仕事をしている人は実に少ないなと思う。
仕事はビジネスであって趣味ではない以上、
どんな仕事でも、別にマックの仕事を誰もが経験する必要はないが、
常に時間、効率、コスト、そして会社全体、店全体がうまく回っているかと、他社員(後輩)の教育という意識なしに、
いい仕事はできないよなと思う。
ただ、あんな安い時給で、あのようなハードな仕事をまたしたいかといわれたら、絶対に嫌だな。
今では実に貴重な、ありがたい経験だと思っているけど。
・2004年11月18日 たばこを吸う女はバカだ
差し障りのないタイトルにすることは可能だが、
多くの人が「幸せ」になるために、はっきりいっておこうと思う。
こんなタイトルをつけると方々から非難がきそうだが、厳正なる事実は事実だから。
ブータンという小さな国が、12月17日からたばこの販売を一切禁止するというニュースが流れた。
意外にも、全国一律に販売まで禁止するのは世界初らしいが、5年後ぐらいには全世界の常識になっていることを期待したい。
イギリスでは「公衆衛生白書」を発表し、レストランなど大半の公共の場を全面禁煙にする方針を打ち出した。
欧州で本格的な禁煙に動くのはアイルランド、ノルウェーに次いで3カ国目となる。
喫煙大国フランスは、たばこ大増税政策を実行に移し、1箱800円近い値段だという。
そのおかげで販売量が激減しているという。
たばこの人体に与える影響が医学的に解明されることもあり、
世界的に禁煙方向で進んでいる。
もちろん、日本でも同様で、先日の日本たばこ産業(JT)の調査によると、
成人でたばこを吸う人の割合は9年連続で過去最低を更新。
初めて30%を割り込んだことがわかったそうだ。
しかし、私が日々、生活している感触からすると、
確かに男性、高齢者の喫煙割合は愕然と減少しているが、
若い女性の喫煙率は年々増えているのではないかと思っていた。
厚生労働省のたばこの統計情報によると、
特に若い女性の喫煙率がアップしているのがわかる。
30年前、20代女性の喫煙率は10人に1人の割合程度だったにもかかわらず、
今はなんと4人に1人の割合に増えている。
若い女性だけ、完全に時代に逆行しているといっていいだろう。
ほんの数年前でも、若い女性でたばこを吸っている人は結構、隠している傾向があったが、
最近の「無邪気」な若い女性は、わりに堂々とたばこを公衆の面前で吸う。
ベトナム人ガイドが「たばこを吸う女はベトナムでは売春婦しかいません」という言葉を引用する気はないが、
若い女性がたばこを吸うことに対する後ろめたさまでなくなっている、
この恐ろしい現状に危機感を覚える。
女性の社会進出とか「地位の向上」とか、確かにそういうことはある。
しかし、女性の地位が向上しようが、社会進出しようが、だから喫煙率が上がったという理由にはならない。
たばこと社会的地位とは関係ないのだから。
単にかっこいいという軽い気持ちで吸っているなら、バカな勘違いしてないでとっとと辞めた方がいい。
男性から見れば、たばこを吸っている女は、吸わない女性より、
どこかで一段低く見られる可能性が高い。
というかたばこを吸うことによって「社会的地位」を逆に落としているといっても過言ではない。
もちろん、男性だろうが喫煙しないことに越したことはないわけだが、
喫煙は、女性のみに与える悪影響があるといわれている。
1. 閉経が早くなる。
2. ビタミンCが破壊されたり、血液の流れが悪くなるため、肌の衰えや老化が早まる。
3. 骨粗しょう症は、ダイエットをする女性が特にかかりやすいが、喫煙によってさらに発症率が増加する。
4. 出産異常や、胎児の先天異常が起こる確率が格段に増える。など。
大阪府医師会より
妊娠中の喫煙が早産や流産、死産などの原因となることは広く知られていますが、
喫煙する母親の赤ちゃんは、たばこを吸わない母親から生まれた赤ちゃんに比べて、
生まれたときの身長・体重がともに劣っています。
こうした赤ちゃんは、生まれてからも発育が遅れたり、気管支喘息や気管支炎などの病気にかかりやすくなったりするほか、
乳幼児突然死症候群の危険度が5倍近くにもなるという研究報告もあります。
日本医師会より
吸った女が早死にするのは一向に構わないが、子供にまで悪影響を与えるのだから、
これは社会的な犯罪といっていい。
生物が子孫を残すことが大いなる目標とするならば、それを妨げているなら社会的生物学的大罪だろう。
というか、自分自身の生物としての存在を否定しているといっていい。
日本のたばこの税収は年間2兆円、関連産業の利益を加えると2兆8,000億円「しか」ない。
喫煙によって起こるがんや心臓病の医療費、それらの病気やたばこが原因の火災で失われる労働力、
さらに火災による損害と消防、吸い殻の処理、これらをすべて金額に換算してみると、
年間7兆4,000億円近くにもなるという。 日本医師会より
たばこを吸う人間は医療費をくい、いらぬ税金を使わせ、いらぬ医師の手間を煩わせる、
社会的不効率の大罪を犯し続けているという側面もある。
自動車の保険では、無事故の人とかあまり車を乗らない人は保険費が安くなる仕組みがあるが、
これとまったくおなじ原理を利用し、喫煙者は所得税を倍にするとか、
病院での自己負担を7割にするとか、そういったそれ相応の責任を金で支払わせるのが一番だ。
「禁煙できない」とかバカなことを抜かすやつがいるが、
フランスの増税効果を見るまでもなく、こういう金銭的な負担増にすれば、自然に禁煙できるだろう。
そもそも30年前ならともかく、今の時代にたばこを吸うという時代錯誤者、意志薄弱者、勘違い野郎に、
自分で禁煙しろなんてのっけから無理な話で、禁煙できるぐらいなら、
今のこの時代にたばこなんかそもそも吸っていないだろう。
そういう意味でも喫煙者に徹底した増税負担、罰則規定をさせ、
たばこを自然淘汰させる政策の方がいいと思う。
現在の日本政府は思い切った禁煙政策をとらないから、ある意味、
際限なく消費税を増税しなくちゃいけないはめになっているわけで、
バンバン喫煙者を厳しく取り締まったらいい。
とにかく、時代に逆行した若い女の喫煙は、
たばこ大増税の前に、自主努力でやめてもらいたいことを願う。
・2004年11月17日 がんばれ!東京都・迷惑客引き全面禁止
歓楽街での悪質な客引きを取り締まるため、「東京都迷惑防止条例」の改正案がまとまった。
主に歌舞伎町などでの性風俗業の強引な客引き全面禁止を狙っているものだが、
それに限らず、路上で非常に邪魔・迷惑な客引きは徹底的に取り締まってほしいなと、私は願っている。
改正案の大きな狙いは性風俗業の取り締まりだ。
「わいせつな見せ物、物品若しくは行為、またはこれらを仮装したものの、
観覧、販売若しくは提供について客引きすること」は禁止
「性的好奇心をそそる、衣服を脱いだ人の姿態の写真若しくは絵(中略)を配布してはならない。
さらに「たむろ」する行為も禁止している。
ただ私は何も性風俗業だけを禁止することに限定する必要はまったくないと思う。
たとえば、ティッシュペーパー配り、手相占いを装い宗教勧誘、
ビラ、チラシ、フリーペーパーの配布、試供品提供などなど、
ほんと歩いていて「邪魔」に思うものがいかに多いことか。
そういったものすべてを「迷惑防止条例」というより、
「道路交通法」違反として取り締まってほしい。
ほんとね、歩いていて、まったくよけようとせず、直前になって目の前に手を差し出されるのは、
迷惑きわまりない。
こういう法律ができるとなんでもかんでも「自由」を盾に反対する、
にわか知識のディレッタンティズム野郎がいる。
バカなルポライターは「歌舞伎町はドキドキしながら自己責任で遊ぶ場所」だから、
客引きを禁止するのは「盛り場の魅力」を失い、「監視強化」につながるというのだが、
警視庁のアンケートでは約9割以上が迷惑行為取り締まりに賛成している。
そういう趣旨を履き違えたなんでもかんでも反対野郎は放っておいたらいい。
11/4のつぶやきでふれたが、渋谷で「ギャラリー見学」客引きを行い、
連れて行った挙句、100万円以上の絵をその場で買えというような、
非常に悪質な行為を行っているところもあるわけだから、
こういうのも、別に性風俗業じゃないし、別に監禁したり脅したりしているわけではないが、
公の場所で、絵の販売とはいわずに半ば騙すような形のこのような客引き行為も、
この迷惑防止条例で徹底的に取り締まったらいい。
こういう詐欺的商法をなくすことこそが、健全な経済活動を活発化させるわけで、
また、暴力的違法な団体の資金源断ち切りにもなるわけだ。
それから、ことのついでに、よく大きな書店で、
入口近くに立つ人が「よかったらどうぞ」とか「英会話に興味ありますか?」みたいな、
パンフを配っていて、書店の人かと思って、手を出すと、何のことはない、
英会話スクールだったり英語教材の客引きだったりするわけだが、あれはぜひ要注意した方がいい。
書店が金儲けのために場所を貸しているので、公共の場ではないから、
迷惑防止条例には引っかからないのだろうが、
あれはまず、中身のないものといって間違いない。
私はその仕事の説明会に行ったことがあるのだが、
一人客を契約させると、たとえば60万円の契約だったら15万円とか、
かなりすごいパーセンテージのお金が書店に立つ営業マンに入る仕組みになっている。
その代わり、その営業マンは完全ノルマ制で、
一人も契約を取れないと給料がゼロなだけでなく交通費すらもらえないという、
非常に厳しい条件になっているから、
だからあの人たちは真剣に客引きしているのだ。
そういう商売の仕方をしているということは、
よっぽど売る商品の中身がどうしようもないものだと公言しているようなものなので、
ぜひ注意してほしい。
歩きタバコしかり、路上での迷惑行為しかり、
公の場での迷惑行為は、何も東京都だけではなく、全国的に徹底的に取り締まった方が、
私はいいと思う。
<更新情報>
・サラ金!更新しました
・2004年11月16日 鶴見・沖縄タウンをゆく
横浜市鶴見区。川崎の隣の駅が鶴見である。
鶴見には沖縄人が集まっているエリアがあり、
そこには多くの沖縄料理店があるという話は、複数の筋からちらほらと聞いていた。
時折、テレビなどでも放送していた。
しかし、私の鶴見で暮らしている生活圏内でそのような場所は知らなかった。
一体どのあたりにあるのだろうと思い、
ヤフーで「鶴見 沖縄」と入力して検索するとあっさりと調べたいサイトにたどり着く。
http://www.kariyushi.net/tsurumi/
鶴見の沖縄料理店がどのあたりにあるか詳細なマップが載っているのだ。
私は地図を見て非常に興味をひかれたことがあった。
沖縄料理店が商店街沿いにあるということだ。
廃れゆく鶴見の佃野商店街を写真に撮ったばかりだったので、
鶴見にある別のこの商店街は「沖縄」という力を借りて、
独自性を押し出し、今でも存在価値を見出しているのではないかと思ったのだ。
そんな興味もあったので、散歩がてら、鶴見の沖縄タウンに行ってみることにした。
・本町通り

JR鶴見駅東口方面、京急鶴見駅を過ぎ、国道15線を過ぎると、
全国川の汚さワースト3に多分20年以上ランクインされ続けている、鶴見川に出る。
潮見橋を渡ると「ほんちょう」という大きな看板が出ている。
ここが「商店街」の入口だ。
入口すぐに沖縄料理&南米料理の店「ヒラソる」があった。
噂にたがわず、たいしたものだな。こう早くも発見できるとは。
それにしても沖縄料理と南米料理が一緒になっているというのに妙な違和感を感じるが、
この辺の多くの店は「沖縄&南米料理店」になっているようだ。
「沖縄タウン」というイメージが先行しているが、
もしかしたら「南米タウン」または「ブラジルタウン」といった方が正確なのかもしれない。
ほんのわずか10分ほど歩いただけだが、南米系の外国人を数人見た。
500mほどの商店街。ほとんど店は閉まっている。
やはりここも時代の流れに勝てない、廃れ行く商店街なのか。
がんばって、というか、惰性で、というか、成り行きでやっている古い店も多いが、
店の売り上げで食っているというより年金か貯金で食っているのだろう。
品揃えの少なさ、低品質、品物の古さ、高価格、細分化されたお店・・・
かつてはインターネットモール「楽天」のように客がいっぱいきて繁盛していたのかもしれないが、
時代の流れに勝つことはできないだろう。
やがて死に行く定め。やがて去り行く定め。致し方がない。
ただ付近は住宅街だから人は多く住んでいる。
買い物をここでしないだけで、需要がないわけじゃない。
この商店街で満席で繁盛している店が一軒あった。
モスバーガーである。
思えば、この商店街には喫茶店らしきものがない。
ファーストフードもない。
そのせいか、廃れ行く商店街の中で、モスバーガーだけは客で賑わっていた。
つまり、「売れる」店、「必要な」店があれば、入るということだ。
皮肉なことだ。
・仲通り商店街

本町通4丁目の交差点で仲通り商店街とぶつかる。
仲通り商店街が沖縄料理店が集まるメインでもある。
200mほどで潮風大通りに出て、そこを渡ると、再び仲通り商店街が続いている。
いきなりその角に店発見。
ここもやはりラテン料理と沖縄料理の両方だ。
数年前の雑誌で読んだことがあるのだが、ここは沖縄出身の人で、
南米を旅したから両方やっているというようなことだ。
そこを過ぎると到底「商店街」とは言いがたい、普通の住宅地にかすかに店が残っている通りをゆく。
商店街とは名ばかりで、コンビニが1階に入ったマンションが、時代を象徴している。
また店がほとんどなくなっている中で唯一、活気があるのがパチンコ屋だ。
これも廃れ行く商店街の末期症状としては共通のものらしい。
虫の息である佃野商店街もやはりパチンコ屋だけは客が入っていた。
小さな食堂のような沖縄料理店が1軒あった。

しばらくすると、ここからが商店街のメインといわんばかりの、
大きな看板「SHOPPING STREET 仲通り商店街商和会」が現れる。
しかしその看板むなしく、店はほとんど閉店しているが、
鶴見・沖縄タウンのメインともいうべき、「おきなわ物産センター」の看板がある周辺は、
「ソーキそば」「タコライス」「Orion」などののぼり旗が出ており、人が集まっていた。
おきなわ物産センターのすぐ手前には、沖縄そば、モロヘイヤ入り長寿そばの製造所があり、
店の前には自動販売機があって、ゴーヤドリンク、スッパイマンドリンク、
さんぴん茶、パインマンゴ、シークワーサードリンクなど、
沖縄ならではの缶ジュースが売られている。
こういうのを見ると、まさしく沖縄タウンだなとか思う。
おきなわ物産センターは、沖縄の食材、菓子などの食料品が、実に狭い店だがいっぱい並んでいた。
沖縄のコンビニに売っていて食べたこともある「沖縄そば」のカップラーメンもあった。
「物産センター」というと大きな店を想像するかもしれないが、
その実態は「有限会社おきつるマート」という看板が示す通り、
実に小さな狭い店だ。ただ、狭いが品揃えは実に豊富だが、
いわゆる「物産センター」というイメージでくると少し違和感を感じるかもしれない。

そのよこに「おきなわ亭」という沖縄料理店がある。
ここに入って、私は昼食をとることにした。
入口に食券販売機がある。
沖縄そばが500円でソーキそばが700円と、東京の沖縄料理店にしては実に安いことに驚く。
これも沖縄タウン効果だろうか。
ソーキそばを注文。どでかい豚肉の塊が3つ入っていた。
他のメニューも比較的安く、夜に来ても楽しめそうだが、
居酒屋というより喫茶店という雰囲気だった。
店の中には沖縄の音楽が流れ、酒も沖縄のものがそろっており、
ポスターなども沖縄だらけで、沖縄を感じられる店だ。
この2階に沖縄県人会会館があり、ここが鶴見沖縄タウンの中心としての役割を担っているようだ。
こうして食材店、食堂、その奥に旅行会社と沖縄みやげ店のような店が集まっていて、
このような場所があることで、さびれた商店街にあっても、
沖縄タウンとしての存在感を示しているのだろう。
その付近をカメラをぶらさげて歩いていると「ラジオニッポンの方ですか?」と聞かれ、
取材などもきっと多いんだろうな。
この迎えにも沖縄料理店が一軒あった。
・潮田銀座

仲通り商店街の北に並行して走る通りが潮田銀座。
こちらにも何軒かあるという。
しかしこちらも「銀座」とは名ばかりで、商店街の跡すらわからない、完全な住宅街的雰囲気。
すぐに「アミーゴ」という南米・沖縄料理店を発見。
そのそばにもブラジル食材店があった。
この沖縄と南米の融合というのはちょっと意味がわからないが、
沖縄タウンというより南米タウンといってもいいのかもしれない。
ブラジル食材店なんてそうそうあるわけじゃないしな。
それにしても、ここがなぜ「銀座」という名がつけられているのか。
かつては賑わった商店街だったのか。
あまりにも廃れ過ぎていて、足跡となる手がかりもない。
そのうち、不動産屋が買い占めて、大規模に戸建て住宅やマンションが建ち並ぶかもしれないが、
鶴見駅から徒歩20分以上歩く遠さゆえに、開発の見込みもないのだろうか。
・潮風大通り
再び大通りに出る。
ここから鶴見川に向かう300m足らずの距離に、沖縄料理店と沖縄&南米料理店があった。
寂れた商店街に点在する沖縄&南米料理店&食材店。
確かに、これだけの狭いエリアに、しかも横浜の鶴見にこんなに集まっているのは実にすごいことだな。
なんらかの理由で、この鶴見のこのエリアは、
沖縄に限らず南米の人たちを受け入れるコミュニティとなっていたことがうがかえる。
私はこのエリアの昔を知らないが、
私が20年前、鶴見に住んでいた頃、小学生低学年のことだったが、
沖縄の転校生が来たのを今でも覚えている。
苗字は知念君。この沖縄タウンエリアではなく、佃野商店街のマンションに越してきた。
沖縄という物珍しさからクラスでも話題になったが、
確かあっという間に引っ越してしまったような気がする。
今にして思えば、確かに鶴見は昔から沖縄から来る人が多かったのだろうな。
今回紹介したエリアの周辺にも4、5軒沖縄料理店があるようだ。
京急鶴見駅のすぐそばに3軒もある。
沖縄に限らず、また南米人に限らず、
鶴見駅の東側のエリアは、韓国人の韓国料理店や中国人の中国料理店など、移民が多いエリアではある。
横浜市のホームページによると、鶴見区は中区についで外国人居住者が多い地区であるそうだ。
そしてまたこの地区に多いのは、ペリー開港まで話はさかのぼり、多分、私の推測を含めてだが、
・埋立地という従来の住民の利害関係がない場所であること、
・京浜工業地帯形成期(1920年)に働かせる&働ける労働力を必要としたこと、
などから、多くの移民をこの地に受け入れたのだと思う。
もうすでに2世、3世たちの世代で、
オリジナルな文化というより移民伝承文化になってしまってはいるのだろうけど、
確かにこのエリアは、他の場所にはないほど、沖縄&南米人が集まった独特のエリアにはなっている。
廃れた商店街にある、ということが、この先行きが不安なのだが、
独自色豊かなエリアとして残っていってほしいと思った。
・前回のつぶやき