・鎌倉花旅、
・鎌倉2、・西表島は以前、つぶやきでものせていましたが、 ・鎌倉1(2003/11訪問)
・塩釜(仙台)
・山寺(山形)(2001/8訪問)
・2004年8月15日 はかねこ連続殺人事件2
<2>
現場取材といったところで、一介の売れない作家に過ぎない笠虎先生に何ができるはずもなく、
ただ遠巻きに見守って、様子をうかがっているに過ぎなかった。
この付近の出来事としては大変な事件だが、
全国区的な事件なわけではないから、
笠虎先生が知っているマスコミ関係者も皆無に等しかった。
「おっと、ありゃ、山本巡査じゃないか。山本さ〜ん!山本さ〜ん!」
笠虎先生、人が死んだ事件現場にもかかわらず、
久しぶりの日常生活のささやかな「異変」とあってか、
場もわきまえず、旧年来の友に再会したような、明るい声をあげた。
山本巡査は一瞬その軽やかな声にぎょっとしながら、
放っておくことはさらなる事態の悪化を招きかねないと観念し、
現場を打ち捨てて、笠虎先生に近づいていった。
「笠虎先生、どうしたんですか?こんなところで油売ってる場合じゃないでしょ。
今、私は職務中ですから困るんですよ。へんな猫撫で声みたいな声で呼ばないでくださいよ」
笠虎先生、その忠告の意味をわかったのかわからないのか、聞いているのか聞いていないのか、
山本巡査の言葉に反応した。
「やっぱり『猫』ですよね〜。この事件の鍵は。
それにしても猫撫で声なんて、相変わらずたとえがうまいなあ〜山本さんは」
山本巡査は迷惑そうな顔をしながらも、笠虎先生の「猫」という身を乗り出すように反応した。
「やっぱり、笠虎先生もそう思いましたか。
なんにしてもね、これはなんらかの形で『猫』が事件に関わっているとしか思いようがないですよね!
笠虎先生はこの事件と猫の関係をどのように見てらっしゃるのですか?」
山本巡査もまたとない死亡事件に興奮しているのか、笠虎先生をいい話し相手と思ったようだ。
「山本さん、ズバリいいますよ。
これはね、猫とおばさんの無理心中ですよ。無理心中」
「む、む、無理心中!!!さすがは笠虎先生!!!
われわれ警官が思いもよらぬ推理をなさいますなあ!いやあ、感心、感心。
ちょっと奇想天外な意見でしたが、捜査の参考にさせてもらいますよ」
「いやあ、お役に立てて幸いですな。そんで、やっこさんの身元はわかったんでえ?」
「近所に住む主婦、山田花子48歳。墓参りに来たわけではなく、
どうやら猫に毎週えさをあげにきているえづけおばさんのようです」
「はあーなるほど、えづけおばさん、ですか。
するっていと、ますますこの事件は猫との関わりが深いようですね」
「死亡の原因は、墓道に頭を強く打ったことです。おばさんも、猫もね。
両者でなんらかの争いが生じ、ともに何かの弾み、頭を強く打ってしまったんでしょう。
おばさんの頭に死んだ猫の毛が付着しておりましたんで、まず間違いないでしょう。
「って、って、ててことは、無理心中じゃなく、喧嘩が原因ってことなんですか?」
笠虎先生、自分の推理が外れたことにがっくりする様子で聞いた。
「どうも、そういうことでこの事件が片付けられてしまいそうなんですがね、
どうも、納得がいかないんですよ。猫と人間が喧嘩して、両方死んでしまうなんてこと、ありますか?
私にはね、もっと奥深い何かがあるような、まあ長年のベテラン警官の勘とでもいいましょうか、
気がしてるんですけどね〜。でももうきっとそういうことで捜査は終わってしまいそうなんですよ。
そこでね、笠虎先生、今、暇ですよね?」
暇といわれてむっときたのか、笠虎先生、あわてて言葉をとりつくろった。
「何をおっしゃる、私はこれでも名の売れた作家ですからね、
日夜あちこちの原稿の締め切りに追われて大変なんですよ。
ま、ま、でも、山本さんのお頼みとあれば、こととしだいによっては、お手伝いしてもよろしいですけどね」
山本巡査は笠虎先生の方便を見抜いているのか無視しているのか、一向に構わずにいった。
「笠虎先生、私に代わって、この事件の真相を捜査してくれませんか・・・」
<3>
殺人事件ではないかとうきうきしていた山本巡査の期待を裏切るように、
猫とおばさんの喧嘩のはずみで両者、道路に頭を打ちつけてしまった事故、
ということで警察では処理されようとしていた。
それにどうしても納得がいかない山本巡査が笠虎先生ににわか「探偵」を依頼したのであった。
暇を持て余していた笠虎先生、「シャーロックホームズ」にでもなったかのように、
あやしげな帽子をかぶり、ステッキなど買い込んで、やったこともない探偵家業に乗り出したのだった。
といっても、近所のおばさんや総持寺関係者に「小説の題材」と称して、
世間話をするように聞き込みをしていただけだったが。
しかししかし、意外にも笠虎先生の聞き込み調査はなかなかであった。
「売れない作家」「暇を持て余している落ちぶれ知識人」といった、
彼の社会的に「目立たない」立場からか、また元来ひとがいいだけで売っている、
幾分おっとりした、鋭さのないキャラクターのおかげか、
意外といろいろと話してくれる人が多かったことは事実だった。
とはいうものの、目撃者の少ない墓地であったから、「捜査」が進展したわけではなかったのだが。
「いやあ、かさごんくん、なかなか人の話を聞いてみるというのも楽しいねえ。
死んでしまった山田花子さんは、毎週毎週、あの墓地にいって猫にえさを与えていたそうだけど、
世間にそんなひまじんがいるとは、私にはとんとこれまで気づかなかったのだよ。わっはっは」
何を喜んでいるのかいまいちわからなかったが、かさごんは無視した。
「それで、いろいろとわかったんですか?」
「よく聞いてくれました!実はね、第一発見者の寺の住職からまたとない情報を聞いたのだよ」
「といいますと?」
「猫は、生きていたらしい。警官が来るまでしばらくは」
「猫は、生きていた?」
「そう、山本巡査が駆けつけた時にはすでに両者が死亡していたようだけどね、
第一発見者が叫び声を聞いて駆けつけた時には、おばさんはもう息がなかったけど、
その隣にいた猫はまだ息があったようなんだよ」
「そ、それで」
「ね、ね、ねこは、最後に、死ぬ間際にメッセージを残したんだ」
「メッセージ?!」
「そう、つまりは、ダイイングメッセージってことだよ」
「そ、それで、な、なんとその猫は?」
「にゃ〜ん」
「・・・」
「おい、かさごん、こんな重要なことを聞いて、何をがっくりきてるんだ?
これはきっと事件解決の大きな糸口になるに違いない、決定的な材料かもしれないのだよ」
かさごん、ほとほと疲れたのか、つっこみきれずに、笠虎先生に勝手にしゃべらすことにした。
「にゃ〜ん。もしかしたらこの言葉に犯人となるようなメッセージが隠されているかもしれないじゃないか」
「犯人?!」
「そうだ。私ははじめは無理心中かと思ったんだけど、どうもそうではないらしい。
ただ猫とおばちゃんが喧嘩して両者死亡というのはどうにも納得がいかなくってね。
誰か、この2人、いや1匹と1人を殺した犯人がいるんじゃないかと思っているんだよ」
かさごん、つくづくこの先生とはやってられないなと思いつつ、社交辞令で思わず、
「小説なんかにしたらおもしろいかもしれませんね」といってしまったが最後、
「それはグッドアイディアだ!探偵ごっこなんかしてないで、
これをもとに小説を書こう」などといきまいてしまったのであった。
笠虎先生は探偵ごっこをやめ、この事件を題材にああでもないこうでもないと、
家にこもって小説を書いていた時のことだった。
もうあの事件から2週間が過ぎていたが、突然、山本巡査から電話がかかってきた。
「ど、どうした、山本さん。私はもう探偵ごっこはやめたけど」
「笠虎先生、また、また、じ、じ、事件が起きました!!!」
ひどくあわてた山本巡査の様子にただらなぬ雰囲気を感じたものの、笠虎先生のマイペースぶりは変わらない。
「まあまあそうあわてずに、で、で、どうしたんです?」
「今日、総持寺で、猫とおばさんがまた死体で発見されました・・・」
・2004年8月14日 「死ぬまでにしたい10のこと」含む4つ映画論評
※ネタばれ注意。「まあ時間があったら見てもいいかな」の3つ★3作とくず1つです。
この素晴らしき世界
★★★
チェコを舞台にしたナチスドイツとユダヤ人絡みの映画。
この手の映画にしては暗くなく、またほとんど主要な人物が死なないのはいい。
全体的に単調で、可もなく不可もなくといった感じだが、
ナチスが破れた後の状況はなんとも人間の狂気というか運命を見事に表していて、目が離せなかった。
戦争の悲惨さ、人間の狂気、
ユダヤ人をかくまった主人公がいった言葉、
「一番信じられないのはチェコ人だった」
ナチス支配下に置かれた状況で、住民は密告しあっていた。
そしてナチ撤退後、偉そうにチェコ軍司令官補佐になっている男が、
まさに、ユダヤ人を助けようとはせず、ナチスに通報しようとした男だった。
その運命のあや。
さらには、ナチに協力していた親友が、今度はチェコ人からナチ狩をされてしまう対象となってしまうが、
主人公が、彼がナチ協力者の権力を使って助けてくれたことの恩返しをする。
それもまたすごいなと思った。
そして、最後、主人公もナチ協力者として殺されてしまうのでは!と思ったが、
かくまったユダヤ人が逃げずに発見され、なんとか命拾いをする様子もまた運命のすさまじさだ。
チェコの司令官が「すまん、誰も信じられなくて」という言葉が印象的だ。
すごいおすすめというわけではないが、全体を通して暗くはなく、
また最後のそのめまぐるしい各々の運命を見るのはおもしろい。
あともう1人、親友と主人公の上司だったナチ司令官は、
子供が脱走したということでナチからも追放され、
しかし、チェコ人からはドイツ人ということでなぶりものにされる様子。
これも忘れてはいけない人間の狂気だと思った。
小説家を見つけたら
★★★
可もなく不可もなく、といった映画。
前半は少し単調だが、後半最後の30分は、予想だにつかない展開と、その早さで、
思わず見入ってしまった。
一番よかったのは、主人公が、百発百中のはずのフリースローを2本外したこと。
てっきりここで劇的に2本とも入れるか、
もしくは1本だけ決めて同点になってどっちつかずの結果で終わるのかと思いきや、
まさか2本外させるとは思わなかった。
それを「わざと外したのか」という質問をする小説家役のように、
もしかしたら彼はわざと外したのかもしれない。
それはどうだったか明かさないのもまたいいのだが、
あのフリースロー2本外したことで、この映画は非常に素晴らしい映画だと思った。
別に予想外の結果だったから「素晴らしい」といっているのではなく、
この物語でいいたかったことの必然性から考えても、わざとかわざとじゃないにしろ、
外させる必要性があったからだ。
その後の展開は予想はついたが、まあ見事だった。
ただものすごいおもしろいかといわれると微妙だ。
別にみなくてもいい。
トレイン・スポッテイング
★★★
悪くないです。90分とコンパクトだし。
ただ絶賛するほどのことでもないかな。
非常に描き方が難しい映画をよくここまでまとめあげたなと思う半面、
前半と後半では描き方が微妙に違っていて、ちょっと戸惑う。
前半はね、どちらかというとストーリーで描くんじゃなく、
シーンで描くというか、カットで描くというか、
ドラッグに溺れる若者たちを、
ストーリーに連続性のない、日常の断片を、映像ならではの視覚と音楽で象徴している。
その最もすごいのが、はじまって10分もしないうちの、
「スコットランド一汚いトイレ」の便器に主人公が吸い込まれてしまうこと。
はっきりいって気色悪い映像だけど、そういう日常では絶対ありえない映像を、
連続カットではさむことで、日常性の歪みというか現代人の心の歪みを描いている、
この方法でずっといくのかなと思って少々退屈していた。
ところが後半になると、急に「ストーリー」仕立てになってくる。
ドラッグに溺れる→捕まる→自宅で監禁さながら脱ドラッグ→
サラリーマンになって真っ当な生活→悪友たちとの再会→またもやドラッグに→
悪友たちと金儲け話→その金を持って主人公は旅立つ
前半のカット映像はなんだったのか、
まあ後半の方がストーリー仕立てだから見やすいんだけど、
じゃあ前半の構成はいらなかったんじゃないかと思う。
だっていきなりあのトイレの映像見せられたら、そこで映画見るのやめてしまう人もいると思うよ。
ただ、後半ストーリー仕立てになって、見やすくなった半面、
せっかくの前半の日常の歪みみたいなものが消えていってしまい、
非常に平板なよくありがちなストーリーになってしまったという愚も拭い去れない。
そういう意味で、ちょっと中途半端だったけど、
全体的にはすごく現代人の病理を表していてよかったと思う。
特に、現代人が望むものは「出世、家族、大型テレビ・・・」と続くメッセージが、
映画のはじめと終わりにあるのは非常にいい。
はじめは「そんなもん、くそくらえだ」と思っている若者たちの目線でみるんだけど、
最後になると、それが微妙に変わっていく。
結局、社会に文句いったってドラッグに溺れたって何一つ解決しない、
どころか友達はどんどん死んでしまったりするわけで、
「出世、家族、大型テレビ・・・」という「幸せ」を追い求めてみようかという、
心境変化した主人公の目線で改めて、今の自分の「豊かな」生活を見なおす契機となる構成は、
非常にいいと思った。
死ぬまでにしたい10のこと
★
くずです。映画は。
ただこのタイトルと、余命2ヶ月と診断された女性が、
死ぬまでに何をしたいか、ノートに書き出すという、ただその事実だけはいい。
余命が2ヶ月でなくても、いつ死ぬかわからぬ人生、
自分のやりたいことを、ただ漠然と思っているだけじゃなく、
ノートに書きつけることで、ぐっと実現に近づける。
それは1つの示唆にとむ事実だ。
しかし、映画がくずだ。
そんなに悪くないんだけどね、また時折、すごくいい箇所もある。
今の日本人女性にも多い「ダイエット強迫症」ともいうべき、
痩せているのに、いつもいつもダイエットのことばかりしか考えていない女性が出てきて、
そういう現代病にとりつかれて「生きている」人と、
余命2ヶ月という中で「生きている」人との対比とかはすごくいいんだけど、
そういうのを全面に押し出しているわけでもないし、
でもさりげないほどでもないし、時折技とらしいぐらい出てきたりして、
すごく中途半端なんだよね。
またそんなテーマをこれみよがしにやろうと、
スーパーで物欲に駆られる人とかを映し出したりとかするんだけど、
徹底的にやるわけでもなく、すごく暗喩的にやるでもなく、中途半端だから、
そのメッセージが心に響いてこないわけですよ。
まあただそれは些細な問題。
そんなことより、この主眼のテーマである「余命2ヶ月といわれて、主人公は何をしたか」
に、どうにも納得がいかないことがある。
彼女はノートに10個あげたんだけど、
結局一番やりたくって実現し、この映画の時間の大半が割かれているのは、
優しい夫やかわいい2人の子供がいながら、
彼らに余命2ヶ月ということは告げずに、不倫をしたこと。
どうなの?
余命2ヶ月と診断されて、真っ先にやりたいことが不倫?!
それが「本当の生きる証」?!
いや、ちょっとはわかる。
多分、余命2ヶ月といわれてはじめに考えることは、
自爆自棄になって、性欲、物欲、食欲、睡眠欲を満たすことぐらいだと思う。
でも、この映画、物欲を批判しながら、
結局、彼女がしたかったのは、夫に診断結果を知らせず、
子供の世話を近所の人におしつけて、不倫だけってこと?
別に教訓じみた嘘っぽい話をされるのはいやだけど、
不倫だけで終わってしまったといっても過言ではないこの映画、一体なんだったのと思う。
映画のくずさはともかく、
自分たちも常に「余命2ヶ月」のつもりで、
自分のやりたいことを素直にみつめて、それを書き出してみるってのは大切だと思う。
はじめは、この映画の主人公と同じように、不倫のような、
下級欲求しか書き出せないかもしれないけど、
本当に余命2ヶ月となったら、もっと違った欲求が出てくるはずだと僕は思う。
それかね、徹底的に性欲、物欲、食欲、睡眠欲に溺れる姿を描くかだね。
この映画は、タイトルだけはいいのに、ほんと中途半端のくず映画です。
・2004年8月13日 はかねこ連続殺人事件1
<1>
ぱおんぱおんぱおんぱおんぱおん。
「ハイ、こちら、駅前交番の山本です。どうぞ」
「ハイ、こちら、駅前交番の山本です。どうぞ。どぞ」
「横浜市鶴見区の総持寺内で殺人事件発生。殺人事件発生。現場に直行ネガイマス。どぞ」
「ハイ、横浜市鶴見区の総持寺内で殺人事件発生、リョウカイ。現場に直行します。どぞ」
それは、小さな事件だった。
死亡事件は管内では珍しかったが、世間一般に知れ渡るほどの大きな事件ではなかった。
総持寺の墓地で、48歳のおばさんが死んだ。
ただそれだけだった。
「ど、ど、ど、どうしました?」
万年、交番勤務で、ただ人がいいだけが取り柄の山本巡査は、
通報のあった総持寺に急行した。
「ひ、ひ、ひとが死んでるんです!早く、とにかく、来てください!」
「ええ、はい、もう、来ましたから。で、で、で、どこですか?もう死んでるんですか?ほんとに。救急車は?」
「そんなにいっぺんにいろいろ言わないでください。とにかく現場に連れていきますから」
総持寺の受付から坂道を上り、いくつかの寺を横切り、
そして広大な墓地の中のその現場まで、ゆうに10分はかかっただろうか。
現場につくと、そこには、墓地の前で頭から血を流して横たわっているおばさんの姿があった。
「ほ、ほんとに死んでるんですか?」
「おまわりさんなんだから、確かめてください!!!」
山本巡査はびくびくしながらも冷静さを装い、倒れているおばさんに近づいた。
「う〜ん、なんだか、だめそうですね。で、救急車は呼びました?ううん?」
山本巡査はおばさんのすぐ横に倒れているもう1つの物体を発見した。
「猫、ですね。猫も死んでますねー。う〜む、猫も死んでますか」
おばさんの隣に猫も一緒に並んで死んでいた。
「ハイ、こちら駅前交番の山本です。どぞ」
「ハイ、こちら駅前交番の山本です。どぞ」
「ハイ、こちら本庁。どぞ」 「ハイ、総持寺での死亡事件、現場に到着しました。
中年女性1名死亡、その隣で猫1匹死亡、以上です。どぞ」
ハイ、中年女性1名死亡、その隣で猫1匹死亡、リョウカイ。
えっっとっとっと、猫1匹死亡って何ですか?」
「隣で猫も死んでおります。どぞ」
「その〜、隣の猫も関係あるのかね」
「本官にはわかりませんが、現場状況を正解にお伝えしたまでです。どぞ」
「現場の保全に全力を尽くしたまえ」
「ラッジャ!!」
「あの〜すんませんが、早くこれ、片付けてくれませんか。気味悪くて。
それになんたってここは墓地ですから、墓地で人が死んだとなると、
墓地の評判にも影響しますので」
「ちょっと待ってください。他殺の恐れもありますから、直ちに現場検証します」
「た、た、た、たさつ?!他殺ってほんなら、殺人事件ってことですかい?」
「可能性がある、ということです。いずれにせよ、捜査に取りかかりますので、
目撃者やお寺の関係者にしょうしょうお尋ねしなければなりません。
よろしくお願いします」
作家先生の笠虎先生は、相変わらず暇であった。
このところ依頼原稿も少なく、かといって積極的に売り込む姿勢もなく、また原稿もなく、
かといって妻子もおらず、贅沢もしなかったので、のらりくらりと暮らすことはできたのであった。
「なんかいい題材がないかね。かさごんくん。私に以前のような素晴らしい旅をさせてくれよ」
笠虎先生が声をかけた「かさごん」は、カメ、であった。
人間の言葉がしゃべれるのか、それとも笠虎先生がカメ語を話せるのか、
それは定かではなかったが、笠虎先生のところでかさごんは厄介になっているのだった。
「笠虎先生、お言葉ですけど、この1週間、どこかに外出しましたか?
先生様にこう申してはなんなのですが、書を捨て、街に出でよ、ですよ。
部屋の中に小説の題材なんぞ転がってはおりません。
街に出てみることがまず第一歩かと」
「おお、そうか、そうか、そういえばここ最近、外出していなかったような気がしたなあ。
よし、ほんじゃ、ちょっと、出てみるか」
「そうされるのがよろしいかと」
ふーーーとかさごんはため息をついた。
50歳を過ぎたこの老年作家先生、時流に乗り遅れ、野望も欲もなく、
しょうしょうおつむが弱い面が見られたが、この歳にして、
カメのいうことに素直に応じるという人のよさというか素直さが取り柄でもあり、
また、それがなんとも単純なことではあった。
外に出ろといってみたところで、小説の題材など転がっているはずはないのに・・・
笠虎先生はまっすぐ総持寺に向かっていった。
なぜか。家が目の前だったから。ただそれだけに過ぎない。
総持寺は東京ドーム10個分というどでかい敷地で、
付近の住民は、散歩をしたりジョギングしたり子供を遊ばせたりと、
ある種、公園代わりに使っていたので、
笠虎先生も寺の境内を気がねなく散策をしていたのだった。
笠虎先生は総持寺の裏門から入り、墓地を通って一端、本寺に出て、
また墓地を通って街に出るという、いつもの経路をとっていた。
「おおおおおお、かさごん、なんだか騒がしいぞ。なんだなんだ」
近づいていくと、そこには何人かの警官が墓地の周囲をテープで張り巡らせ、
何やらその中で何かが起きたようだった。
「かさごん、ちょっとここからじゃ、何が起きたか見れないな。
ちょっとあそこの高台から見てみよう」
総持寺境内の土地観のある笠虎先生は、この墓地を見渡すことができる、
境内の駐車場へと場所を移した。
「おい、人が倒れているぞい。うむ、その隣に猫1匹も倒れておる。
うううむうううむ、こ、これは、かさごん、どういうことかな」
笠虎先生の肩に小さい姿でちょこんとのったかさごんに聞いた。
「ど、どういうことですかねー、私には猫の世界も人間の世界も、よくわかりませぬ」
「ふ〜む、こ、これは、きっときっと、むむむむむ・・・・
猫と人間の無理心中か?!」
「猫と人間の無理心中?!」
「わっはっは、冗談だよ、冗談だよ。ちょっと私の職業病的発想だったかな。
猫と人間が無理心中するわけないじゃないか。はっはっは。
むむむ、で、でも、こ、これは大作になるかもしれないぞ。
なんだか、いろいろとストーリーが湧いてきた、湧いてきた・・・」
「あの、先生!夢想してあり得ない小説を書くより、まず現場取材をしてみたらどうです?
先生はきっと、小説なんかよりルポが向いてるんですよ。
ね、ね、せっかく現場にいるんだから、ちょっと現場の状況を取材してみましょうよ」
「おお、さすが、かさごんくん、いいこというね。
じゃ、早速、現場取材といくか」
ふーーーーとかさごんはためいきをついた。
単純なのはいいんだけど、まったくどうしたもんやら。
まあこれが契機で、ちっとはなんか書いてくれればいいんだけどなあ。
・2004年8月12日 ねこげり
もう墓猫撮影には行っていない。
様子も見に行っていない。
ただ、毎日、猫は見掛ける。
寺の墓エリアではなく、寺の裏にある住宅地でだ。
総持寺の墓エリアの裏にある「どんぐり山」をぶっつぶして、
建設していた新しいマンションができた。
となりの古びたアパートには「どんぐり山の開発を許すな」「こんな問題ある場所に住人が住むのか」
といった反対ビラがびっしり貼りつけているが、入居はとても順調なようで、
まだできたばかりにもかかわらず、またたくまに入居しているようだ。
その新しいマンションの前にこれまた古びたアパートがあり、
ここに猫がたまっている。
私が墓エリアで撮った猫は1匹もいないはずだが、
すっかりこの住宅地を居場所と定めているようだ。
なぜか。
このアパートの住人が餌をあげるからだ。
このアパートの先にある比較的新しいマンションでは「ねこの餌付け禁止」というビラが、
管理人によって貼られていた。
餌付けにより猫が住みついてしまうことを恐れているからだ。
話を戻そう。
この古いアパートで恒常的に餌付けをしているので、いつも夜、何時に帰っても、
このアパートの前に猫が数匹集まっている。
中でも白黒猫が、なぜかアパートの前の道路の真ん中にいつもぼけっと寝そべっている。
ここは結構、車も通る。
この辺で猫の死体を見たことは何度かあるので、その二の舞になるのではないかと、
この無警戒な猫に危機意識を植え付けるために、
私は毎日、この猫を見掛けるとあることをしている。
猫に近づいていって、ケリをいれるのだ。
餌付けされてすっかり人間に警戒心をなくしたこの猫は、
墓猫にいる猫より相当どんくさくなってしまってはいるが、
それでも私がケリをいれる直前で、のそのそっと逃げる。
しかし普通の猫の人間への警戒度から考えると信じられないぐらい動きがとろい。
いかに餌付けされ、サバイバル精神が薄れ、危機意識がなくなり、
常にぼけっとしながら、いつかまたくれる餌を待っているというわけだ。
まるで今の日本人みたいだけど。
毎日ケリを入れているが、ぎりぎりのところで彼は逃げていた。
しかし、今日、異変が起きた。
夜ではなく、朝、その猫が同じ場所にいて、まったく仕方がねえやつだなあと、
私が愛のムチたるねこげりをしたところ、
いつもはケリが空を切るはずなのに、わずかに靴に感触があったのである。
逃げてはいったが、50%ぐらいケリを受けてしまったらしい。
私はギリギリのところで逃げるだろうという感覚でいるから、
空を切るつもりで蹴ったケリが突如、妙な感触をつかんだことに戸惑った。
ついに、ケリが当たってしまったのである。
また、彼がいれば、愛のムチたるべくケリを入れる。
しかし、私のケリに当たってしまうような無警戒な彼は、
そう長くはいきられないのかもしれない。
車通りが半端ないし、タクシーは結構スピードを出す。
人間が歩いて迫っていってケリをいれるスピードとわけが違う。
猫の死体は餌付けしたアパートの住人が責任をもって片付けてくれるのか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
私の猫ケリがまた当たりませぬように。
※追伸
このような場合、ケリをいれている私が「動物虐待」になるのか、
それとも餌付けして野性を失わせているアパートの住人が「動物虐待」になるのか。
世の中はパラドックスに満ちている。
・2004年8月11日 「三田一丁目」のからくり
昨日のつぶやきで唐突に港区三田一丁目の写真がでてきて、
「なんじゃこりゃ」と思った多い人も多いと思うので、
本来ならなんじゃこりゃと思われようと、写真に力があれば、
いちいちあとから文章で解説する必要はないとは思うんだけど、
元来、私はこういう内幕を長々と書くのが好きなことと、
写真に対する「言い訳」的感情もなきにしもあらずなんだけど、
まあ、そのからくりを説明しよう。
この写真群は、私が毎日通っている会社の500m圏内の写真である。
会社も三田一丁目にある。
一番はじめのあやしげな「パブ&スナック」のすぐ右隣が会社である。
写ってはいないけど。
ちなみに2枚目の写真は会社の玄関から撮った写真だ。
会社が新富町のオフィス街からこの住宅地に引っ越して1年が過ぎた。
その間、このあやしげな「パブ」を含めて、
ほぼ毎日私はこの付近の光景を目にしているわけだ。
ちなみに「三田」といってもぴんと来ないと思う人のために追加して説明すると、
ここは麻布十番駅から徒歩5分程の場所にある。
はじめ引っ越してきたばかりの時は、このあやしげなパブ含め、
付近の古びた家群にちょっとした「カルチャーショック」を受けた。
東京のど真ん中にこんな古びた街並みがあるもんだなあと。
銭湯が写っているが、見ての通り、家が古いのでこの辺は風呂がない家も多いのだろう。
しかし来た当初のちょっとした「カルチャーショック」感も、
毎日目にすりゃ、それが当たり前の光景になる。
あやしげな「パブ」の経営者とも顔見知りになるわけで、
私の中でこの風景は「普通」になっていく。
ただ最近、毎日通いなれたこの道を通っている時、ふと思いついた。
「この光景を、どれも『真正面』から撮って、それを何枚か連ねたら、
もしかしたらおもしろい写真になるのではないか」
そう思いついて1週間、『真正面』写真になるような場所を物色し、
「あ、ここいけるな」「ここもいけるな」とか思ってある程度ロケハンをしておいて、
デジカメ用の新型レンズ購入を契機に、デジカメを持って1日で会社の周囲を、
仕事の合間にさっと撮った。
デジカメ用の新型レンズが広角側に強いため、
どちらかというと50mmとか70mmぐらいのレンズで、
ある程度、周囲を切り捨てたよった写真を撮ればよかったかなと思わなくもないが、
まあまあ広角は広角で狭い路地を写し出すのには便利だった。
ロケハン時に自分が思い描いた写真群とは微妙にニュアンスは違うが、
まあそこそこ思ったように撮れたのではないか。
どうみても平板で単調で証明写真のような『真正面』写真を、敢えて撮るようにして撮った。
古い家並みだから、ある程度、角度をつけたり、物によったり、
新しいビル群と一緒に入れてみたりとかすると、そこに幾ばくかの「味」が出るんだろうけど、
所詮、古いとはいってもたいそう古いわけではなく、
どこにでもある「古さ」の家並みで、しかも我々が見慣れた日本の日常を撮っているだけだから、
多少そのような「味」をつけると、逆に無理やり感というか物足りなさ感が出てしまわないかなと思った。
だから敢えてそういった変な味付けを排除し、真正面写真にこだわった。
そんでもって、その平板な真正面写真がゆえに、
逆にその古い家の奥に何があるか、その奥にどんな生活があるか、
真正面ゆえにその「奥行き」はどうなってるんだろうかと、写真を見た人が、
そう想像してくれればしめたもんだなという意図で撮った。
本当はこういうからくりを言ってしまうのは、本来の写真のあり方ではないのかもしれないし、
写真力がないのを文章で補っているような気がしないでもないけど、
私は私だから私の好き勝手にやろうと思い、敢えてこうして解説をしてみた。
ここにはさびれた「商店街」も写っているんだけど、
私が会社の近くという地の利をいかし、はじめに感じたちょっとした「違和感」なるものを、
写真に撮ってある1つの形にするなら、
この商店街の人たちと仲良くなって、その人たちの写真を撮ってもおもろいかなと思った。
ただ面倒なことと、内幕を知ってしまったがゆえに、その景色から感じる「違和感」を覚えなくなってしまったら、
おもしろくないなと思い、ここに来たことのない人が、
私がはじめに感じたちょっとしたショックを受けてもらうためにはどう撮ったらよいかと考えて、
真正面写真を連ねてみることにした。
さてさて、こうしてもっともらしく写真論をぶちまけてみると、
写真のフォローになる可能性があるというメリットと同時に、
「言葉のわりには写真はたいしたことないじゃないか」というデメリットもあるわけだけど、
まあ写真とこの解説文との組み合わせで、プラスだろうかマイナスだろうか、
読者が何がしかのリアクションを感じてもらえれば、私はそれで満足なのだと思う。
以上、「三田一丁目」写真の能書きでした。
※捕捉
このような文章を書くのはほんの20分ぐらいであっという間なんだけど、
写真を撮って、それを選んで、解像度をネット用に下げて、
配列を考えて、アップする写真コーナーの手間は相当なもんで、
読者の方は、つぶやきが文章ではなく写真コーナーの場合には、
「かさこさん手抜きしたな」と思われるかもしれないが、
実は文章の方が手間がかからない。
・2004年8月10日 夏休み2
・東京都港区三田一丁目
・2004年8月9日 夏休み
どうも、今週あたりから、夏休みがはじまったようだ。
どうも世間の空気がゆるく、通勤時の人込みも少ないはずだと思った。
多くの人たちにとっては、年末年始と違って、夏休みで一斉に休む、ということはないかもしれないし、
私もあまり関係のない職種といえば職種なのだが、
このような目に見えない「休みムード」空気というのは影響するもので、
あまりつぶやきに気合いを入れたながなが文章を書いてもなあ、みたいな思いがあって、
今日のつぶやきも、最近多いですが、過去に旅行した写真アップコーナーということで、
夏休み気分を味わっていただければと思います。
・ロンボク島
・2004年8月8日 憎しみの根
日本VS中国、サッカーアジアカップ決勝戦が終わり、日本が優勝した。
中国が負けたことで一部のファンが、反日感情を剥き出しにし、随分と騒いだようだ。
わたしがつぶやきで伝えた近未来ニュースのような大惨事には至らなかったようだが。
この出来事を見て思った。
人間の愚かしさ、戦争なんて簡単に、為政者ではなく、国民が望んではじめるもんだな、と。
「反日感情」といって騒いでいる若者世代は、
第2次世界大戦時、日本の犯した殺戮の直接の被害者ではないし、
直接、体験したわけではない。
たとえばその当時を経験していた老人たちが、
日本の輩を中国になんかいれるなと騒ぐのなら、まだ感情的にわかるが、
単にこの若者たちは、騒ぎたいだけ、
さまざまな若者特有の不満を、すべて格好の標的として「日本」にぶつけただけではないかとも予想される。
ただもちろん、私たち日本人はあまり甘くみない方がいいというのも事実。
日本が半世紀前に行った愚かしいまでの非人道行為を、
アジア諸国は心の底では忘れれはいないと思う。
でもこのような騒ぎ立てた反日感情が噴出した時、
日本のサッカー選手も、日本人も、私もそうだけど、
逆にそれに刺激され、今までなかった中国に対する感情を芽生えさせることになる。
「おまえらがそんな態度をとるんだったら、こっちだってやってやろうじゃねえか」
フォワード、玉田の試合後の談話は、そのような反日感情に刺激された、
ちょっとした反中感情の芽がもたげていたのを知るに十分だった。
テレビの解説人たちも、冷静な試合解説ではなく、
幾分一方的に日本を応援するスタンスだった。
もしこれがなにかのはずみで、日本人選手一人でも殺されようものなら、
意外と簡単に、戦争をおっぱじめてしまう危機があるのではないかと危惧していた。
おもしろ半分で反日感情を剥き出しにしたほんの一部の中国人のせいで、
それがわっと広がり、買われた喧嘩に黙っちゃいない、日本国民感情が、
政治家や官僚ではなく、サッカー選手が殺されたという心理的共感で、
いともかんたんに中国に対する反発感情とそれに触発された直接行動をとらないとも限らない。
平和なんて、もろいな、と思った。
最近の中国の「自由化」「近代化」「民主化」の流れで、
だいぶ政治的関係はよくなったのではないかと思っていたし、旅行も随分としやすくなった。
しかしこういった1つの事件であっという間に逆戻りしてしまう危険。
それはまさしく、中国旅行ブームがSARSという1つの事件だけで激減してしまう、
そういった脆さと非常に似ているなと思った。
両国はまだ、非常に脆い関係の上に成り立っている。
アメリカがはじめた世界戦争は、いずれ全世界を巻き込んだ形で広がっていくだろう。
その時、アメリカと与した日本が、中国と戦うようなことにならなければいいなと思う。
でも1つだけ、試合を見ていて安心した材料があった。
中国のキーパーが一瞬川口選手じゃないかと思うほど、
格好よくて、日本人に似ていたのである。
いわゆる「中国人」という感じじゃなく、洗練された感じがあった。
ファッションや文化的環境が日本に近づいてきたということだろう。
そういう近接感は、結構大事だと思う。
ばかのように騒いでいる、冬ソナを契機にした韓国俳優ブームがあるが、
韓国人の男性も日本人とぜんぜん変わりないじゃん、みたいな近接感が国民に芽生えた時、
このようなサッカー事件は起きないように思う。
・2004年8月7日 たましいのうた
空を見よ。
晴れ渡る昼間の空ではなく、「暗闇」の空を。
思い込むな。
夜の空にも兆(きざし)があるから。
つまりは、天気予報だな。
天気予報の天気予報が信じられない、
異常気象が正常で、正常な気象が異常なこの時代に、
天気予報ぐらい自分でするんだ。
簡単だよ。
夜、仕事が終わり、会社を出る時、空を見上げる。
駅に着き、家路を急ぐ帰り道、空を見上げる。
雲一つない夜空と雲に覆われた夜空の様子は、当たり前だけどまったく違うけど、
それに気づかない現代人。
東京でも、星の輝きは日により千差万別。
雲の量、雲の形、雲の流れ、夜の風、夜の空気、夜の湿気。
難しいことじゃない。意識してないだけだ。
天気予報より確実だ。
簡単に、明日の天気の、流れがわかる。
天気に左右される商売してないって?
そんなことはどうでもいい。
天気は重要だ。
人の気分を変える。人の流れを変える。人の運気を変える。
だから、つかむんだよ、自分で天気を。
占いじゃ、ないぞ。
きのぬけたコーラ、きのぬけた返事、きのぬけた大地
きのぬけた気功、きのぬけた機構、きのぬけた奇行
ぱーらーぱーらーぱーらーぱーらー
ぱーらーってなんだ?
どこもかしこもむなくそわるいけど
いきりたってるあたいがむかつくんだよー
はてしない・・・はてしない・・・はてしない・・・
どこまでも・・・どこまでも・・・どこまでも・・・
続きなんかはしないんだよ!幻想だよ!夢うつつ
みんみんせみはなくのか、にゃんにゃんねこはなくのか
さみいいんだよ!くーらーのききすぎたもすばーがー!!!
さっかくだよ。
だってそうだろ?
その辺にうしろむきであるいているやつなんかいない
みんないやでもまえをむいてあるいてる。
だって目が前についてるんだもおおおおおん。。。。。。。
きょうもひとがころされて、あしたもひとがころされる
でもきょうもひとはいきて、あしたもひとはいきる
でも、まだ、蚊は、絶滅してないな
酔っ払って今日が忘れられるなら、明日も飲むがいい
酔っ払って翌日後悔するなら、今日飲まなければいい
たいがいにせい。かねのつづくかぎり。
ただだれにだって老いは進行していく
空気を感じろ。行間を読むな。体は動かせ。
あめとむちは自分で使え
今日も明日も明後日も、過ぎていく
どらえもんはいない。どこでもどあもない。ながしまはつれてはいけない
生者を聖者にするな。死者を師者にするな。みんなさっかくだ。
にんげんはよわいなんていいわけだ。
そういうやからが一番ずるい。
欲に溺れる自分を正当化するな。
しかし欲望は適度に放ってやれ。
どかーんといっぱつあててみたーいなー
どかーんといっぱつやってみたーいなー
そして、スパイスダイニングへ。
うけを狙うな。真剣にぼけろ。
それでこそ、こどもだ。
・2004年8月6日 上海本ができました!
●2004年7月発売:トラベリンカー上海・トラベリンカーハワイ(学研)
2004年1月に上海取材に行った本がついにできました!
大きな書店の一部で旅行会話コーナーあたりに、
棚ざしされていると思います。
上海の巻頭ページは、私の撮影した上海写真がたくさん載っていますので、
ぜひ立ち読みしてみてください。
中身は旅行会話書で、カテゴリーごとに分かれたよく使う単語が、
日中辞典のように、アイウエオ順で入っていますので、
旅行に行って積極的に中国語を使ってみたいという方におすすめです。
同シリーズとしてハワイも出ていますので、こちらも良かったらご覧ください。
旅行雑誌以外で、書店売りの書籍に1冊全体まるまる関わったのは、
はじめてのことだったので、とても愛着のある本です。
売れることを願って、続編といきたいです。
宣伝つぶやきですみませんが、もし運良く書店で書籍を発見できたら、
ぜひ立ち読みしてみてください。
・かさこワークス
・2004年8月5日 近未来ニュース
8月7日、中国で行われているサッカー・アジアカップで、
日本代表が中国代表に勝ち、優勝しましたが、
今大会の反日感情が爆発し、観客が日本代表選手に襲いかかる事件が発生しました。
死亡者は日本代表レギュラーメンバー11名すべて、
ベンチ入り選手およびコーチ、スタッフにも死亡者および重傷者が出ている模様。
ジーコ監督は一目散に逃げ出したおかげで無事に難を逃れました。
なお日本人サポーターにも死傷者が出ている模様。
この事件の影響は中国全土に広がり、「日本を今こそ倒すべきだ」と、
中国各地で在住日本人を殺傷する事件が相次いで発生。
外務省では、中国全土の危険度を最高レベルにあげ、
渡航の全面禁止、在住者の即時帰国、中国行きの飛行機、船の運行中止命令を出しました。
中村俊輔をはじめサッカー日本代表のほとんどのメンバーが殺害されたことにうけ、
日本国内では「サッカー日本代表サポータの会」が中心となり、
在日中国人を襲撃する事件が相次いで発生。
日本の対中国弱腰外交を批判し、中国に報復戦争をすべきだと公約に掲げた、
日本国民党が、衆議院選挙で第一党になりました。
日本国民党は「徴兵制度の復活、再軍備、憲法改正」を強行採決で可決。
中国に宣戦布告し、はやければ来週にも主要都市を空爆すると発表しました。
一方、中国でも「この機会に日本人を絶滅させろ」と主張する勢力が台頭。
中日全面戦争の準備は万端だと発表。
きん差で再選を果たしたブッシュ大統領は建て前上は日中戦争が拡大することを懸念しながらも、
「もともと日本代表選手を殺害した非人道国家体制の中国に問題がある」とし、
中国に国連主導の「自由民主主義国家建設」を名目に、日本軍と共同歩調、
在日米軍を中国空爆に参加させると発表。
国連では「アメリカが中国に参戦する権利はない」と非難決議を発動したが、
アメリカの拒否権で安保理は空転。
アメリカは、ここ十数年、売りつけることが念願だった対ミサイル防衛戦略システムの販売を、
日本と正式に契約を結んだことを発表。
またそれ以外の武器輸出も活発になし、対日貿易が大幅黒字になると発表。
アメリカでは軍需産業を中心に日中戦争特需にわき、未曾有の好景気になっている。
中国は北朝鮮と同盟を組み、日本およびアメリカに宣戦布告。
さらに、台湾に宣戦布告なしにミサイルを撃ち込み、台湾を制圧したと発表。
アメリカの対中国戦争を非難していたロシアが態度を一変。
「中国のアジアカップにおける日本人殺害問題を看過してはならない」とし、
ロシアも中国に参戦すると発表した。
アメリカ・ブッシュ大統領とロシアのプーチン大統領は、先日極秘のマルタ会談を行ったようで、
中国戦争後の中国領土分割支配について話し合ったという。
アメリカはロシアが参戦すれば、戦後、モンゴル自治区、中国東北地方、ウイグル自治区を、
ロシア支配下におくことに協力すると申し出たもの。
その代わり、アメリカは雲南地方、香港、台湾、チベット、華南地方を、
アメリカ支配下におくことをロシアに了承させたといわれている。
アジア戦線に力を入れたアメリカの隙を狙い、アルカイダは同時多発テロを実行。
アメリカ政府機関、金融機関、マンハッタンの高層ビル群各所、自由の女神など、
ニューヨークの町に378個の爆弾を同時に爆発させた。
ニューヨークでは死者1万人を越え、完全な廃墟と化した。
中国戦争を押し気味に進める日本に対し、北朝鮮は東京・大阪に核ミサイルを発射。
アメリカから莫大な金額を出して購入した対ミサイル防衛システムは作動することなく、
東京、大阪は廃墟と化した。
放射能汚染で20〜30年はこの土地に住むことは不可能だと科学者は警告している。
北京、上海、大連を制圧下においた日本は、さらに中国軍を追い詰め、進撃を開始。
北京、上海を日本の都道府県制に組み入れ、完全な日本支配下におくことも発表。
北朝鮮が日本に核ミサイルを発射した報復として、
アメリカが北朝鮮に対し核爆弾をピョンヤンに落とした模様。
金正日は韓国に亡命した。
・2004年8月4日 新コーナー・国内旅行写真オープン!
海外旅行オンリーのイメージが強いですが、国内旅行も好きです。
そこで国内旅行写真コーナーもオープンしました。
今回、新コーナーオープンのために新しくつくったのが、
・静岡(2001/5訪問)
です。そんなに点数はありませんが、よかったら見ていただければと思います。
また、「旅行」ではありませんが、
・いえ
コーナーの写真も追加しましたので、どうぞご覧ください。
・国内旅行写真
・2004年8月3日 映画5つ
またまた映画論評ですみません。
土日レンタルが100円セールだったもんで5つ見ました。
やっとくず映画からの連敗脱出となりましたが、くずもありました。
おすすめは「バッファロー66」です。
バッファロー66
★★★
すごくいいわけじゃないけど、普通によかったです。
こういうものこそ「映画」というんだと思いますね。
お手本みたいな映画。素直に良かったです。
突飛なストーリーでもないし、こてこてのラブストーリーでもない。
スーパーボウル狂とその結末ということもでない。
日常に潜む病理を見事に描き出した、現代社会の心の病をうまく浮き彫りにしている映画だと思う。
現代人の幼児性ともいうべき心の病が登場人物すべてに表れている。
みんな普通の人なんだけど、どこか歯車が狂ってしまった箇所がある。
でもバランスを取りながら生きている。
そういう狂気と病理の日常性みたいなものを映像でぐっと見せる手法はなかなかだと思う。
ただ金をかけて有名俳優並べたり、大掛かりなロケしていくら制作予算に使ったと、
無駄遣いの無能さを自慢したり、単なる映像美にこだわったオタク映画とか、
無茶苦茶な設定やストーリーでしらける驚かせ方をさせたりとか、そういったことがまったくない、
ほんとよくできた映画らしい映画作品。
何なんだろう?ってすごくいろいろ考えさせられる映画ですよ。
よかったのは彼女とセックスしなかったこと。
キスすらできない主人公の幼児性は見事に現代人の病理を描き出している。
洋画のラブストーリーといえば決まって濃厚なキスしたりセックスシーンだったりするんだけど、
そういうものがなくても、主人公の中学生ぐらいでとまってしまったような、
恋愛観みたいなものとませた女性とのこのギャップで見事に「恋愛」を描いている。
ただラストはどうなのかなと一瞬疑問に思わなくもなかった。
スコットを殺して自分も死んじゃったんだと思いきや、それは空想シーンで、
結局それをしなかった。
まあでもそれでよかったのかもしれない。
よかったけど、もっともっと日常に潜む心の闇をクローズアップしてもよかったんじゃないかな。
もっとその分の演出はやっていいと思う。
見る人が見ればこの映画のそのテーマをよく理解できると思うけど、
下手をすると何を言いたいんだかわからない映画と見られてしまう恐れがある。
まあかといってやりすぎると台無しになってしまうから、そのバランスが難しいとは思うんだけど、
もっとぐっとくるようにテーマに突っ込んだ映画の構成にしてもよかったとは思う。
「花」「デットマンウォーキング」「イングリッシュ・ペイシェント」「ガタカ」と、
くず映画4連発でまいっていた私ですが、久しぶりに「普通に」よかった映画でした。
でもほんと「普通に」おもしろい映画とか「普通に」おいしいラーメン屋とかが、意外と少ないんだよね。
バトルロワイヤル
★★
「中学生が殺し合う社会に衝撃を与えた」というたれこみだったが、
ただそれだけで、映画からは社会性やメッセージ性は感じられなかった。
ゲーム映画でただそれが本当に殺してしまうというだけで、
映画を見ていても、現代の子供たちの病理とか今の社会の状況とか、
そういうテーマはまったく読み取れない。
ただ誰が生き残るか、ゲームを見るように、一部引きこまれて見てしまう部分もあるけど。
よかった点を先にいっておこう。
・人を信じられない状況化での人間の行動を巧みに描く
よかったのは灯台で女子ばかりが集まっていて、みんなで生きようとするんだけど、
料理に毒を入れたせいで、みんなが疑心暗鬼に囚われ、
人が信じられなくなり、武器を取り、結局みんな殺し合ってしまうシーン。
これこそまさに「人が信じられない」そして「武器がすぐそばにある」状況下での、
人間の悲惨な行動を描いたシーンだなと思う。
こういうシーンが多ければこの映画は「ほんと」だなと思えるんだよね。
・先生(たけし)の苦悩
大人VS子供という構図ながら、大人(先生)も子供に見放され、悩んでいるというそういう姿を、
ビートたけしの独特なキャラクターと演技のおかげで見事に描いているところ。
あの役はビートたけしでなくては務まらなかっただろうな。
批判点
・中学生のわりにカップル行動が多い
クラス全員で無人島に放り出されて、殺し合いをするんだけど、
やたら目立つのがカップルでの行動。
中には殺し合いゲームができないので、2人で仲良く自殺してしまうカップルが2組いる。
主人公(藤原竜也)含め、カップル行動だ。
しかし、と思う。
高校生ならまだわかるんだけど、中学生ってまだそんなにカップルって少なくって、
基本は同性の友達同士グループでの行動が基本になるんじゃないか。
それがはじめはすごく不自然で仕方がなかった。
逆にこの映画で同性グループで描かれているシーンはすごく中学生の設定としてよくわかる。
灯台に集まる女子グループと、ハッキングを試みる男性グループ。
この2つのグループ行動は非常に素直に見れる。不自然さがないからだ。
ついでに「殺し合い」という極限状態に置かれて急に「告白ゲーム」になってしまうのも解せない。
「本当はおまえが好きだった」みたいなシーンが多々出てくる。
まあわからないでもないんだけど、中学生でしょ。
・あっさり3人が生き残ってしまう
1人しか生き残ることができないというゲームの設定なんだけど、
最後、3人が生き残った時、そこで誰を殺すか、みんなで死ぬかみたいな苦悩こそが、
本当はこの映画としてのテーマではないかと思うんだけど、
前回の優勝者がいて、首輪の外し方をしっているので、
あっさり先生を欺き、3人生き残れてしまう。
でもそれだったら、はじめっから首輪外せばいいじゃんとか、
そもそもなぜ前回優勝者が参加したのかとか、なぜ彼が主人公カップルを助けたのか、
非常に設定が弱くてすんなりストーリーに移入できない。
中学生が殺し合うゲームという架空世界の設定なんだから、
その周囲の世界観をしっかり描かないと、簡単に首輪外してしまえたりしちゃうと、
「なんだ」という話になりかねない。
それだったら、男子グループがやったように、
大人を上回る頭脳で、首輪のシステムをハッキングし、
その間に爆弾突っ込んで大人達を殺して生き残るストーリーを軸にした方が、
すごく自然に見れるし、その方がよっぽどもおもしろいし納得がいく。
その他、とにかく不自然な点が多く、たんにセンセーショナルなキャッチコピー、
「中学生同士が殺し合う」というただそれだけの映画で、
そこから伝わってくるメッセージ性や社会性や、現代の子供が殺人を犯す状況とか、
だらしのない大人社会とか、そういうところにまでメスが入れられていない中途半端な映画になってしまっている。
これだったら「ぼくらの七日間戦争」の方がよっぽどもリアルが感じられ、
社会問題をえぐりしたセンセーショナルな映画だと思う。
バトルロワイヤル2
くず
「1」の反省を踏まえて幾分良くなっているかなという期待と、
「1」で終わったはずの映画をどのように続けていくのだろうかという興味で見たが、
もうほんとどうしようもないくず映画でした。
まだ「1」の方がましだった。「2」ははっきりいってあり得ません。
1:子供まで殺してしまう
「1」の主人公・藤原竜也が「すべての大人たちに宣戦布告」というキャッチフレーズのもと、
国際テロリストになる。
まあ「子供」VS「大人」の戦いなのだからそれはいいんだけど、
2棟の高層ビルを爆破するというとんでもない「無差別」テロをしてしまって、
大人どころか子供まで殺してしまう始末。
なるほど、主人公も悪役にして、「どんな戦いにも正義はない」ということを訴えたいのかと思いきや、
そうではまったくなく、相変わらず主人公を美化した構成になっている。
子供まで巻き添えにした無差別テロが「大人への戦い」なのか。
ようはね、2001.9.11をぱくってセンセーショナルにしただけの、
まったく情けない、話題先行した手抜き映画ということですよ。
2:いきなり外国の意味不明
日本の未来を描いた映画のはずなんだけど、急に20年戦争を続けている「ある国」ということで、
外国が出てくる。
そこで藤原竜也君は前回後、日本を脱出して戦ってるんだけど、まったくその意味がわからん。
日本の子供と大人の戦いと、外国での反政府と政府の内紛はまったく別に次元の話でしょう。
それをただ「格好いい」からなのか、藤原竜也にカラシニコフとか持たせて、
戦う者の証みたいにかっこつけさせる。
この映画はゲリラ戦線宣伝映画だったのか?
さらにこの意味不明の外国だが、今回、脱出した後も、またこの国に行く。
彼らがなぜその国に行く必要があるのか、まったく説得力がない。
もう支離滅裂もいいところ。ひどいもんだよ。
3:いつのまにか反アメリカがテーマ?!
子供と大人の戦いだったのに、今回途中途中で中途半端に「反アメリカ」のテーマが出てくる。
まったく突然テーマがすりかわってしまっている。
中学生同士を戦わせた大人との戦いなのに、
アメリカは日本やアフガニスタンやイラクやソマリアやどこやら爆撃を落としたみたいなメッセージが、
藤原君とそれからなぜか先生から繰り返される。
ようはね、9.11テロとその後の反アメリカ風潮を表面だけぱくって、
無理やりこの映画にねじこんだのがみえみえでむなくそ悪い。
まったく別次元の問題でしょう。
第1、日本の無人島でガラクタ小屋に立てこもっているテロリストなんて、
別にわざわざ上陸して銃撃戦しなくたって、ミサイルでもぶっ放せばそれで終わりでしょ?
他にもいいたことがあるが、あまりの情けなさにヘドが出る。
くず中のくず。
ベストオブくず映画。
くずならくずらしくもっと堂々とくず映画を作るべきだけど、
最近の流行りのテーマを入れたりするところが非常にいやらしい。
「1」はまだ見れたが、「2」はこれは映画でもないし物語でもないしなんでもない。
単なる話題だけさらって金儲けしようとするまがいものですよ。
こんな詐欺映画を作って恥ずかしくないのか。
もうほんと想像以上のくずです。
ぜひ「3」は表現者としてのプライドがあるなら制作中止してもらいたい。
(「3」につながるようあちこちに露骨に布石を打っているのも胸糞悪かったので)
ぼくらの七日間戦争
★★★
確か高校生の時に見て、すごくおもしろかった覚えがあり、
テーマ性のしっかりしない「中学生」をテーマにしたバトルロワイヤルを見たら、
急に懐かしくなって、久しぶりに見た。
かつて見た時の感動はあまりなく、まただいぶ前に作られた映画だけに、
時代錯誤的な印象を受けないこともないが、
テーマ性のしっかりしないバトルロワイヤルなんかに比べたら、
はるかにしっかりしたテーマに基づいた中学生をテーマにした映画だ。
アマデウス
★★
3時間。特にモーツアルトに興味がある人間でなければしんどい映画。
ただ視点がいいのは、彼を主人公にしているのではなく、
彼に嫉妬していた宮廷作曲家の視点から描かれていたことだ。
・2004年8月2日 ニュース・エトセトラ
・ハードがよくてもソフトがだめなら意味なし
信じられない驚愕のニュース。
アメリカがテロ対策のために執拗なほど入国審査が厳しい状況は、サンフランシスコ取材話で伝えたが、
それを根底から覆すニュース。
2001.9.11のテロ実行犯が、搭乗審査で金属探知機に引っかかっていたという事実と映像が公開された。
一度、引っかかったにもかかわらず、結局通してしまい、そのために大惨事が巻き起こった。
思うに、どんなにシステムやハード面を厳しくしたって、
それを運用する人間(ソフト)がルーズなら意味がないということだ。
何のための厳しい審査なのか。
まあ私はブッシュの自作自演テロだと思っているから、わざと通したんだろうけどね。
・民営化の必要性(1)
官僚の許せないニュース。
年金財源が足りず、年金のあり方が問われている最中、
年金を扱う社会保険庁の信じられない年金食いが次々発覚している。
社会保険庁は、元職員が社長を務める業者に、
2002年度までの5年間、市販価格の7倍相当の額で、パンフレットの印刷随意契約を結んでいたという。
その額およそ11億。
こういった不正だけでなく、週刊誌では毎週のごとく社会保険庁のあるまじき実態を暴露しているが、
年金がいかに官僚の食い物にされているかがわかる。
どんな立派な年金制度を作ろうが、どれだけ年金料をアップしようが、
消費税を増税して年金財源にあてようが、これでは年金はいつまでたっても不足のままだ。
はっきりいって、こんな犯罪的事実が野放しにされ、やりたい放題やっている社会保険庁は、
それこそラディカルな政治改革集団に襲撃され、全員殺戮されてもおかしくない状況ですよ。
市販の額の7倍・・・
そのお金は元職員が潤い、発注した現職員にキックバックされているんだろう。
全職員を解雇して、社会保険庁は即刻解散。
民間の生保に個人が年金を払えばいいんですよ。
・民営化の必要性(2)
小泉首相がずっとやろうとしている政策、それが郵政の民営化だが、
彼がやろうとしていることがいかに正しいかがわかる実態が明らかになった。
郵政公社の東京支社と関東支社の職員らが経費を不正蓄財し、
新たに700万円の不正受領も明らかになったという。
結局このようなことが起こるのは「国営」だからですよ。
民間企業だったらこのようなことがわかったら、その社員は即刻解雇だし、
もしそんなことをやっていたら自分らの企業がつぶれるだけなわけです。
国がやるから不正を平気でやる環境ができてしまう。
早くさっさと民営化しなさい。
・イチローの快挙〜セルフコントロール
7月30日のつぶやきかさこ「セルフコントロール」で、
プロとは一度限りの完璧主義ではなく毎回毎回の平均主義ができることだと書いたが、
そういった「プロ論」を掲げているのが、イチロー選手だ。
大リーグで1試合5安打を記録したイチローだが、「最高の状態を実感することがない」という。
彼は普段から好不調の波を小さくするため、「良くも悪くもない状態をしっかり把握しておく」ことを心掛けているという。
彼にとって1試合だけたまたま5安打打つことなど、単なる結果に過ぎず、目的ではないということだろう。
「すごくいい状態がどういうものかよく分からない」というイチローは、
毎回どんな状態だろうと、波をなくして、フルシーズン持続的な力を発揮することに力を注いでいるのだろう。
それがまさしく「プロ」だと思う。
大当たりはいらない。毎回毎回、自分の仕事を確実にこなす。
それがプロだ。
・2004年8月1日 海外写真コーナー3つ追加
・中国東北地方写真
・シアトル写真
・グランドキャニオン&ラスベガス写真
・前回のつぶやき