続サラ金!(1年目下半期)
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16:サインしたらなんでもかんでも保証人ってわけじゃないんだ
川井事務所を訪れると、いかにも頑固そうで恐そうな老人が座って待っていた。僕が「こんにちは」の「こ」の字を言ったあたりで「誰じゃい、あんたは!」ってな感じでギロっと睨まれて、僕は思わずひるんでしまった。やば〜い。いかにもやばい。横手さんの言うように一筋縄では到底いかなそうな人だった。
「あ、あのー、ナルシンファイナンスといいまして、そのー、横手さんの件で…」
「ナルシン?ナルシンってなんだ?」
あれ?今日、来るって横手さんからいってあるはずなのに。
「あのー、横手さんに今度融資する会社なんですけど」
「横手、あの野郎はなんで今日ここに来ないんだ!それで、ナルシンが何の用?」
「いや、ですからそのー、横手さんの議事録の件でお伺いしたんですが」
「議事録ってそれとナルシンがどう関係あるんだ?」
もうにっちもさっちもいかない。はじめから1つづつ丁寧に説明していって、やっと僕が来た意味を教えたんだけど、教えた先から前に教えたことを忘れていくようで、本当にわかってるのかどうかもわからない。まあとにかく、僕がナルシンだろうがなんだろうが、横手さんの代わりに議事録の署名・捺印を求めてきたってことだけはわかったようだ。
「しかしなんでこんなもんがいるんだ?俺には関係ねえだろう」
「いや、その取締役になっているんで、川井さんにお願いしたいわけです」
「俺はな、もうその昔、人の保証人になってどれだけ苦労したことか。それをまたこの年になっても保証人になれっていうのか?そんなのとんでもねえ話だぞ。まったく横手の奴は何を考えてんだ」
「いやいや、保証人ではないんです。横手不動産名義の不動産を担保に横手さんがお金を借りることに同意していただくための書類でして、保証人とは一切関係ないんです」
「そんなことじゃ、騙されないぞ!まったく年寄りをバカにしやがって。おい!めがね!」
といって分厚い老眼鏡を事務員に持ってこさせて、じっくりと議事録を眺めた。
「おいおいここにナルシンから1000万円借りるって書いてあるじゃねえか。そこにサインするってことはやっぱり保証人じゃねえか。俺は絶対サインしないからな」
困ったな。そうじゃないっていってるんだけど、まったくわかってくれそうもない。
「あのー、最後まで読んでくれませんか。ナルシンから1000万円借りるのは横手さんであって、川井さんがその保証人になるわけじゃないんです。ほら、下に他の取締役のサインもしてあるでしょ?」
「俺はこいつら、どこの誰だか知らないぞ。おい!それより横手本人のサインがないっていうのはどういうことだ?」
「いや、ですからこれは横手さん個人が会社名義の不動産を担保にお金を借りることを、他の取締役が認めたという書類ですので、ですから横手さん本人のサインはないわけです」
「なんだか知らねえけどあやしいな。横手本人のサインがないのに俺だけサインさせるなんてますます怪しい」
とまあそんな風にして延々と文句が続いていた。
まいったな。なんで横手さん、当日になってドタキャンなんかするんだ。川井さんがサインしなくて一番困るのは横手さんだろうに。僕がここにいて川井さんを説得するのは不可能としか思いようがない。時間をみてキリのいいところで引き上げるかと思い始めていたのだが、川井さんからこの書類に関する質問攻めがはじまり、帰るに帰れず、それに丁寧に答えてどんどん時間が過ぎていった。
17:まじめそうな顔は時には役立つもんだ
延々絞り上げられた後、川井さんがぽつんとつぶやいた。
「それにしてもあんた、若いのにしっかりしてるな」
意図がわからず曖昧に返事をしていた。
「それで、あんた、この書類、俺のサインがないと会社には帰れないわけなんだろう?」
「ええ、まあ…」
半ばあきらめて今にも帰ろうかと思った矢先に、サインがないと帰れないという言葉にこれまた曖昧にうなずいた。
「まったく横手の野郎は、俺が苦手だからってきっとあんたにまかせたんだろう。もうそういうところからあいつは気に食わないんだよな」
またはじまってしまった。なんだかじいちゃんの愚痴につきあわされているようで、それだけで時間がいたずらに過ぎていく。
「まあでも俺もこうみえても頑固だからな、横手が来て頼んだとしたら絶対にサインはしなかっただろうよ。わっはっは」
突如笑い出し、さらに対処に困る。僕は一体どうしたらいいんだ。
「あんた、まじめそうだし、しっかりしてそうだから、あんたに免じて今回は特別にサインしてやる。おい!なんかかくもん持ってきてくれ!!」
「えっ?サインしてくれるんですか?」
「困るんだろう。あんたの仕事に必要なんだから、あんたのために俺は書いてやる。決して横手のためじゃねえぞ」
「あ、ありがとうございます」
なんだか知らないが、あれだけ書類に文句をつけていたし、僕がどんだけ説明してもこの書類にサインすると借金の保証人になってしまうと未だに勘違いしていそうにもかかわらず、今まで文句を言っていたのが嘘のようにあっさりサインしてくれた。
18:信頼されればいろんなところから仕事が広がっていくんや
これは気が変わらないうちにとっとと書類を持って帰った方がよさそうだと思った矢先、呼びとめられた。
「まあ、ゆっくりお茶でも飲んでってください」
断るのは逆効果だろうと思い、お茶につきあう。
「それであんたの会社、ナルシンっていったけ?不動産を担保に融資してるってわけだな」
「は、はいそうです」
「そうかそうか、うちは税理士やってる関係で、結構お客さんからね、金を貸してくれないかとか相談をいろいろ受けるわけよ。俺のところに相談にくるお客さんの融資の手助けをしてやってくれないか?」
そ、それってお客さんを紹介してくれるってことなのか?!
「で、ようは不動産があればいいんだろう」
「は、はいそうです」
「そうか、そうか。じゃあ、登記簿謄本があればいいよな。そしたらうちにはそういった相談が結構入るから、あんたんとこに電話してもいいよな。えっと、名刺はこれかな」
先ほどまったく受け取ろうとしなかった僕の名刺を手に取った。
「うんうん、じゃあちょっとなんかあったら近いうちに電話すると思うから。その時はよろしく頼むな」
取締役会議事録のサインをもらうのにあれだけ苦労したのに、サインが終わると、逆にこんなにこちらに協力的になってくれるとは。お客さんを紹介してくれるという話を半信半疑に聞きながらも、「ぜひその時はよろしくお願いします」と丁寧な挨拶をすると、とりあえず今回の大事な取締役会議事録を持って、急ぎ会社へと戻ったのであった。
19:自分のキャラをうまく生かすんや
帰るとすぐに横手さんに電話しようと思った。取締役会議事録のサインが無事にもらえて、これですぐ融資できるという連絡をするのが目的だったが、それより何より、川井事務所に一人で行かせて大変だったことの文句の1つも言ってやらなくてはという思いもあった。ところが、僕が会社に戻る前に、待てましたとばかりに、横手さんから先に電話が掛ってきた。
「ど、どうでした?八木さん。川井さんはサインしてくれましたか?」
「いやもう大変だったんですよ。一から事情説明しなくてはならないし…」
「で、で、サインはしてくれたんですか?」
「サインしてくれないかと思って諦めようかとも思ったんですが、」
「えっ!えっ!サ、サインしてくれなかったの?」
「最後まで聞いてください。諦めようかと思ったんですが、サインしてくれましたよ。もう、はじめっから横手さん、今日一緒に来る気なかったんでしょう?」
「あ、サインしてくれたの!いやーよかったよかった。あの人、ほんと口うるさくってね、悪い人じゃないんだけど、私は特に苦手でね。特に私がいくと説教ばかりされて、全然本題の話ができないと思ったから。いやーそれにしても良かった良かった。やっぱり八木さんに一人で行ってもらってよかったです。もし私も一緒に行ったらこんなにうまくはいかなかったでしょう。八木さん、ほんと感謝してますよ」
そこまでいわれると、はめられて一人で行かされたという思いは少し薄らいできた。確かに横手さんのいうように、僕だけ一人で行ったからあのがんこじいさんにサインをしてこれたのかもしれない。自分でいうのもなんだが、僕の新人っぽくて長年サラ金の営業マンやっているようなくせがないキャラクターで、まじめそうな若い新人営業マンだからあんまり困らせたらなという思いや、この人だったら安心できそうだということが、うまくいった要因ではあったかもしれない。逆にそういったおとなしそうでまじめそうなキャラクターでサラ金の営業マンとして迫力にかけ、お客を紹介してくれる媒介業者には甘くみられがちというマイナス面もあったが、客に対しては結構このキャラクターが活かせるようだった。
「じゃあ、これで八木さん、融資できますね。助かりました。今度目をつけてる競売物件の入札がもうはじまってしまうんで、現金用意しておかないとと結構焦ってたんですけどね、八木さんのおかげで、今度の競売物件、逃さないですみそうです。いやー八木さんほんとありがとうございます。で、いつ融資できますか?」
まったくこっちはやっと議事録が終わってほっと一息ついてるのに、とにかく融資はいつだってせかされて…。どっちが債務者だかわからないよな。
「ええと、抹消もないですし、あと紹介していただいたTFSさんの立会いもなければ、振り込みで融資できます。契約が済めば。ですので、最短で、えっと明日午前中にでも契約すれば、うまくいけば明日の午後、ま、それかあさってには確実に融資できます」
「そうですか!じゃ、なるべく明日の午後ってことでなんとかなりませんか。1分1秒でも自分のところに金がこないと安心できないんで。じゃ、よろしく頼みますよ。明日の朝一番でお伺いしますんで!」
まいったな。明日の契約書類の作成と融資の準備を急いでしなくっちゃ。
まあお客さんからせかされて面倒だなとは思うが、早くも今期2件目の融資ができると思うと、急に元気が湧いてきた。なんだかすっかり営業マンらしくなってきたなと自分で自分を笑っていた。
20:純然たる融資はほんとにらくや
横手不動産の融資ができそうになったので、紹介してもらった媒介業者であるTFS(トータルファイナンスサポート)に電話を掛けた。
「横手さんの融資が決まりまして、希望の1000万円で決裁が出ましたので」
「そうですか。ありがとうございます」
「で、そのー、融資時は立会いますか?」
「へえ、なんでですか?」
「いや、その、知り合いなので紹介手数料はいらないとおっしゃっていたんですが、念のためそれでいいのかなと思いまして…」
いくら知り合いとはいえ、謝礼ぐらいもらいにくるんじゃないか。まさか媒介業者が一銭の金にもならない仕事を紹介してくれるとは思えなかったからだ。
「いえいえ、ほんと今回の件は手数料いらないんです。横手さんとは古くからの知り合いですんで」
「あ、そうですか。じゃあ多分、明日には振り込みで融資できると思います」
「お願いしますね。また今度、案件があったらファックスしますんで、よろしく」
どうも本当に手数料はいらないらしい。これなら融資はいちいち現金で手渡ししなくて済むので面倒でなくていいなと思った。
しかも横手さんの場合には借り替えがない。大抵、ゴーゴーファイナンスや町金など、うちより高利の金融業者からすでに不動産担保でお金を借りていて、それを借りかえるというのがほとんどの場合なので、そうなると抹消が必要になる。しかし今回の件はそれがないので、融資時はほんとにらくだ。契約さえ済ませてしまえば、その書類を司法書士に渡して、それが法務局に受理されたら、融資額を振り込むだけでいい。本当はそれが本来の融資のスタイルなのだろうが、なんせ「生き金」融資ではなく、借金を借金で肩代わりするだけの「死に金」融資が多い、うちの担保ローンでは、そういったことが極めて珍しいのだ。まして自社の新聞広告での集客をやめ、媒介業者からの紹介で集客している今、必ずといっていいほど業者が絡むから、融資時もいろいろと面倒なのだが、今回はそれもない。こういうすっきりした融資形態が多いと、らくでいいんだけどなと思った。
21:借金たれのリピーターを作るんや
横手さんの契約は簡単に終わった。取締役会議事録には苦労させられたが、契約は、横手さん本人と横手不動産の契約だけなので、横手さんがサインし、ハンコをつけば、もうそれで終わりだ。
「いやあ、八木さん、今回はほんとスピーディーにやっていただいて助かりました。これで目星をつけてる競売物件落とせそうです。担保にしてる競売物件の方もすぐ売ってお返ししますんで。そしたらまた今度は、今回落とそうと思っている競売物件を担保にまたお金借りにきますんで。なんたって競売物件の転売商売は資金繰りが命ですから、銀行みたいにちんたらやってるところよりも、八木さんところみたいに多少金利が高くても、すぐに現金貸してくれるところはありがたいんです。これからもまたよろしくお願いしますね」
もしかしたらすごい良客を見つけたのかもしれない。競売物件を転売・取得する度に、うちで借りてくれるのであれば、契約件数が簡単に稼げるのだから。
しかし岡田先輩は横手さんの件を冷静に見ていた。
「確かに新規件数稼ぎになるかもしれんけどな、会社にとってはあまり儲け商売にならんかもしれんな」
「なんでですか?」
「そりゃそうだろう。借りたら売ってすぐ返されてしまったら利息があまり入ってこないやろ。うちはな、毎月毎月長く利息を払ってくれるお客さんが一番ありがたいんや。一度契約しちまえば、あとは手間もかかることなくお金が勝手に入ってくるんやからな。横手さんみたいな案件は、その度ごとに物件調査でうごかなあかんから、利益は薄いんや。薄利多売ってやつやな。ま、店長にしてみりゃ、そんなことは考えず、目先の成績重視のためには新規件数が増えればうれしいんやろうけどな、会社全体からみたらとにかく融資残高を伸ばすことが、一番の利益につながるわけやからな、ま、その辺も八木君はしっかり考えておかなあかんで」
なるほど。そういう観点からみるとそういうことになるのか。岡田先輩はさすがだなと感心していた。
「ま、でも横手さんみたいなタイプは大切にせなあかんで。完済してもまた利用してくれる、いってみれば借金たれのリピーターみたいなもんやからな。リピーターは大切にせなあかん。それはサラ金でも同じやで」
10月、他の社員の成績が低迷する中、早くも今期2件目の1000万円が僕の成績に加算された。