38:トップセールスを賭けた戦い1
9月はこれまでにない好調ぶりだった。これまではなんだかんだいってすごく苦労してやっていたのに、
今月はとんとん拍子に3件融資実行となった。自分がやっとこの仕事に慣れてきたこともあるのだが、
それ以上に、紹介してくれる金融業者の質がアップし、確実に融資できる確率が高くなったことが大きい。
そして何より、無駄な案件が1つもないことが好調の要因だった。
今までは評価のミスや思惑違いで申込して調査した案件が途中でとまってしまったり、ぽしゃったりしてしまっていた。
しかし9月はそういう案件がなかったから、自分が動いた案件がすぐ成績になり、それで短期間で3件も実行できたのだろう。
しかし今月融資した案件はすべて1000万円以下と少額だった。
裏を返せば、少額だからこそ審査も目くじら立てずスムーズに稟議がおりて融資実行ができたといえるのだが、
今月のトータルの融資金額が1900万円では、契約件数はともかく、融資総額は全店トップは難しい状況だった。
今、営業成績トップをはしる大阪店の村山さんを追い越すには3000万円以上の案件を融資する必要があったのだった。
9月はまだ残り2週間あり、紹介案件も非常に多かったが、
店長は多分もうこの時点でほぼ店舗成績も個人成績も変わらないだろうといっていた。
「新宿店は現在全店で3位です。まだ2週間あるとはいえ、もうすでに申込を受けつけていて、
ある程度進んでいる案件以外は、これから融資は難しいでしょう。
どこも期末ですから、借り替え案件はまず抹消に応じてくれないので、きっと来期まわしになってしまうでしょう。
逆にうちも、お客さんから完済したいという依頼があった場合は、軽はずみに9月中の完済を受けないように。
なんとしてでも10月に伸ばすようにしてください」
どこの金融業者もほぼ9月で1年の半分をおり返すためにその時点で一度、営業成績がチェックされる。
半年の目標達成率を少しでもあげるために、他社からの借り替えをいろいろなんくせつけて、
10月に引き伸ばそうという動きがうちも含めてでてくる時期なのだ。僕の半年の営業成績もこれで打ち止めか。
とすると全店トップの営業成績は難しいかな。逆に契約件数では今月3件やったこともあり、
間違いなく全店トップは大丈夫そうだったが、だからこそ融資金額でもトップになり、
営業成績の2冠を制したいなと思っていた。そんな時だった。
あわてた様子で日本総合ファイナンスの福島さんから電話が掛ってきた。
「あ、八木さんですか?今から至急そっちに1人、申込にいかせてもいいですか?」
相変わらずいつも突然、突拍子もないことを言いだす。
「申込ってどの案件ですか?」
「ほら、つい最近ファックスしたでしょ。志村さんって案件。覚えてない?」
「いや、名前を言われてもちょっと…。担保物件の場所と希望金額をいってもらえれば思い出せると思うんですけど」
「ほら、あの3500万円希望で千葉の案件ですよ」
そういえばそんなような案件もあったような。だってつい最近送ったっていうけど、それって1ヶ月ぐらい前だったような…。
「とにかく今、もうお客さんこっちに来てるんで、あと20分ぐらいしたら行かせますから。申込よろしく頼みますよ」
というわけで、日本総合ファイナンスから以前ファックスが送られてきて、
机上評価ではOKが出ていた資料から、あわててその案件を探し出した。資料の山からやっと探しあてた。
確かに千葉で3500万円希望の案件で、机上評価OKをしているものがあった。
突然とはいえ、考えてみれば僕にとっては今期最後のまたとないトップセールスになるためのチャンスとなる案件ではないか。
なにせ3500万円もの高額案件だ。もし今月つっこめれば契約件数だけでなく融資総額でもトップになること、間違いないだろう。
段取りは悪いけど福島さんナイスじゃないかと思って、よ〜くみると、ゴーゴーファイナンスの抹消だった。
今からでは到底ゴーゴーファイナンスは抹消を受け付けしてくれないだろう。
ゴーゴーファイナンスはナルシンのライバル会社であるし、まして外資で営業成績に対しては極めて厳しい。
期末に抹消を応じてくれるとは到底思えない。
いつ融資実行ができるかどうかに関係なく、紹介してもらった案件は全力を尽くして進めることには変わりないとはいえ、
さすがに今月中にできるか否かということは僕にとっても新宿店にとっても無視できないことだった。
まして3000万円を越える高額案件となれば、その1件によって個人成績の順位のみならず、
店舗の順位すら変わってくる可能性があったからだ。
とにかく今、期末で少しでも営業成績をあげようとかりかりしている店長を見ているだけに、
いつできそうなのかはじめにきっちり確認しておいた方がいいだろうと思い、福島さんに電話をかけてみた。
「ゴーゴーファイナンスの抹消あるから9月中の融資実行は無理ですよね?」
「いや、お客さん急いでるみたいなんで、急いでやってあげてください」
「いえ、こちらは急いでやりますが、さすがに期末時期なので、
ゴーゴーファイナンスが3000万円近い抹消となると10月に引き伸ばし工作するんじゃないですか?」
「何いってるんですか、八木さん。うちには奥の手があるっていったでしょ。
6月の錦織さんの時もそうだったじゃないですか。うちはゴーゴーファイナンスの回収課長とつながってて、
これもそこからの依頼案件なんですよ。彼の今月の小遣いがかかってますからね、なんなく抹消してくれますよ。
それより八木さん、3500万円と結構高額ですけど、すぐさっとやって稟議を通してくださいよ。
もうまもなくそちらに着くと思いますから、お客さん」
随分のん気だなあ。本当に大丈夫なのかな。回収課長とはいえ、そこでもらう手数料よりも、
期末残高を減らしてしまった方がボーナス査定とかに響くんじゃないか。本当に大丈夫なのかな。
しかも高額案件だというのに、お客さんをうちにまた1人で行かせて…。
申込ぐらい一応、5%もの手数料をとる紹介先らしく、お客さんと一緒に来ればいいのに。
そんな風にして思っていると、お客さんがやってきた。
スポーツマンタイプのがっしりした体格で、結構仕事もできそうで押しの強そうな営業マンに見えた。
まだ30歳前半だろうか。担保評価はあったが、3500万円ともなると月々の返済は、
かりに15%20年の返済としても月々46万円の支払いである。確か机上評価した時に、
福島さんには担保評価はでるけど返済能力がないと無理だといってあったはずなのに、
その後何の返答もなく、そしていきなりお客さんがきてしまったのだ。
これで申込したところで月46万円もの返済能力がこの人にあるとは到底思えなかった。
しかししかし、驚いたことに申込書を記入してもらうと、超大手の運送会社勤務でなんと年収1000万円だという。
月の給料が約70万円。ってことは月々の支払いを引いても24万円も残るのだ。これなら返済能力は申し分ないだろう。
しかし勤続年数はたった2年というの気になったのだが、
本人は「いやー僕、仕事がすっごいできるんで、上司とかにもすごく評価されてるんですよ。
10月になったら、また給料上がると思いますよー」と自信たっぷりにいったのだ。
なんとなくそういう言い方が嫌だなと思った。でも彼のいっていることにウソはなかった。
源泉徴収票や給与明細も持っていたのだが、確かに彼の言う通り年収1000万円だった。
しかし、こんなものを持ち歩いていること自体、なんかサラ金慣れした感じを抱かせた。
申込の態度が妙に堂々としているというかなめきっているのが気になった。
一応3500万円ものお金をサラ金でしかも自宅を担保にして借りようっていうんだから、
もう少し、なんというか恐がるぐらいの気持ちがあってもいいのではないかと思ったのだが、
まったくそういうところは見られなかった。とにかくなんでもいいから早く金がほしくて仕方がないといった感じだった。
「収入もあるし担保もあるし十分でしょう?それでできる限り急いでるんですけど、3日後ぐらいとかには融資できますか?」
「いや、いくらなんでも3日後は無理です。最低でも1週間はかかりますけど…」
「わかった。じゃあ1週間でやってよ。もうとにかくすぐ融資して欲しいんだ」
「なんでそんなに急いで必要なんですか?」
「そんな野暮なこと聞かないでくださいよ、八木さん。まあいろいろ事情があるってわけです。
まあそんなに詮索しないでちゃちゃっとやってくださいよ」
どんな事情があるかは聞いておく必要があった。その事情によってはこちらの対応も変わってくる。
それを審査に正直に話すかは別にしても、担当の自分があらかじめ知っていれば、
審査から突っ込みがきた時に臨機応変に対応ができるからだ。
「えーまーそのー、9月中にすっきり借金を1本にしたいって、ただそれだけですよ」
資金使途の内訳はゴーゴーファイナンスの抹消が2800万円、サラ金の返済が300万円、
あとはこちらの費用や媒介手数料であわせて約3500万円欲しいという希望だ。
確かに借金の取りまとめを急ぎたい気持ちはわかるが、だからといってそれだけではない、
何かせっぱつまったものを感じさせていた。
「あのー、審査に報告するとは限りませんので、急ぐ理由を正直に話してもらえませんか?
それだけだと理由にならないと審査から突っ込まれた時、私の答えようがありませんので…」
ちょっと迷った挙句、仕方がないなという表情でいった。
「いやーそのーゴーゴーファイナンスの今月の支払いが遅れてるですよ。
今月5日支払いだったんですけど、まだ払ってなくって。ま、そういうこともあって急いでるってわけです」
支払いが遅れてる?それはまずい。それでは原則、本人だけでは融資できない。
なぜなら今、借りている借金の返済がろくにできない人間が、さらにそれより借金が増えるうちの借金を返済できるわけがないのだ。
つまり今の借金の返済ができない時点で、その人は「返済能力なし」とみなされるのだ。
「それはまずいですよ。今ゴーゴーファイナンスの2800万円の借金の毎月返済ができないなら、
うちの3500万円の毎月返済だってできないって受け取られますよ」
「でもどうせ借り替えするんだから、そんなことわからないじゃないですか」
「ちゃんと支払っているか残高証明書と返済予定表のコピーをもらってつけあわせするので、
返済が遅れてるかどうかはすぐわかってしまいますよ」
「なんだ、それならじゃあ残高証明書をもらう時点で今月の遅れ分、払っておけば遅れてることにはならないですよね」
確かに言われてみればその通りだ。毎月何日に支払っているかまでは調べない。
残高証明書の残高と返済予定表の残高が一致してさえすれば問題はないのだ。しかしよくそんなことにすぐ気がつくな。
なんかほんと借金なれしていて恐い人だなと思った。
「じゃあ、今月分支払ってから残高証明書もらいますんで」
書類上はきちんと支払っていることになるし、給与だって年収1000万円あるのだから、審査は問題ないだろう。
でもなんとなく心配になって、ちらっと保証人について聞いてみた。
「万が一、連帯保証人をつけろっていわれたらあてはありますか?」
「保証人?なんで俺1人で十分でしょ。保証人なんて必要ないですよ」
ま、そうなのだが…。まあこれ以上突っ込むのはやめておこう。
いらぬ心配だし、今の時点で連帯保証人がどうしても審査部から必要だといわれているわけではないのだから。
担保も返済能力も問題ないはずなんだけど、何か気になって仕方がなかった。
「税金の未納とかないですよね?」
「税金?だってほら、サラリーマンだからみんな天引きですよ」
「固定資産税は?」
「こ、固定資産税?あれも、また、その、遅れてるとどうとかっていうのかな?」
「未納がない方が審査部の心証はいいですよ。未納があったら融資金から差し引いて支払いますけど」
「八木さん、いつその納税証明書取りにいくのかな?その前にじゃあ払っておきますよ」
なんだかこいつ隠し事があるんじゃないか。聞けば聞くほど滞納だらけだ。
あとは多分、問題ないとは思うけど、金額がでかいだけに、余計な金は融資せず、
必要最低限の金がいくらなのか、審査から聞かれる可能性があるな。
「希望3500万円ですが、うちの手数料・諸費用で150万円、日本総合ファイナンスの手数料で150万円、
ゴーゴーファイナンスの抹消が2800万円、あとサラ金で300万円ですよね。
ってことは…合計で3400万円になりますけど、万が一、減額されて3400万円になったとしても、それで用は足りますよね。
どうします、少しでも余計なお金がない方が、審査部から突っ込まれずスムーズに稟議がおりる可能性があるんで、
3400万円で申請しますか?少しでも借金少ない方がいいでしょうし」
しかし志村さんはそれには猛反対した。
「いや、だめですよ、3500万円でないと。せっかく融資してもらうんですから、
もう今後一切他から借りないためにもちょっと余裕をみておかないと。3500万円でなんとかお願いしますよ」
まあ確かに机上の計算でぴったりの3400万円というのは危険といえば危険だった。
またもしどこかの支払いが遅れれば延滞金がかかって金額が変わってくる可能性がある。
予想外の費用をはじめにとっておく必要は確かにあるのだが、それはうちの手数料・諸費用で150万円と多めにとってある。
だからやっぱりあとプラス100万円となると、その資金使途を突っ込まれないとも限らない。
普段だったらまあ、100万円ぐらいいっかと聞かなかったかもしれないが、
なぜか僕はこの志村さんに引っ掛かるものがあって、しつこくいろいろと聞いていた。
「その残り100万円っていうのは具体的に使い道は決まっていますか?」
「い、いや、べつに…」
「審査部も3000万円以上となると結構審査に慎重になるので、あらかじめいろいろなことがわかっていた方がいいんです。
あとでやっぱりこうでした…みたいなことになると、かなり面倒なことになるんですが」
僕はそれほど深い意味があったわけではなかったが、志村さんは仕方がないと観念したように話し出した。
「まあその友達にも借りてるお金があるんであと100万円どうしても欲しいんですよ」
そっか、そういうことか。だったらそういってくれればいいのに。どうして隠していたんだろうか。
「わかりました。じゃあ何があっても3500万円あった方がいいってことですよね」
「ええ、もしもっと出してくれるっていうなら4000万円ぐらいでも構いませんけどね。
とにかく上限目いっぱいまで、あととにかくすぐに融資できるようお願いしますよ」
「一応、日本総合ファイナンスの福島さんにも確認しておいたんですが、ゴーゴーファイナンスの抹消はすぐにできるんですね?」
「ああ、なんだかそれは福島さんが勝手にやってくれるみたいだから大丈夫だと思いますよ。
とにかく期待してますんで、よろしくお願いします」
なんだか妙な胸騒ぎがする。いやでもそれはきっと気のせいに違いない。
なんとなく人間的に苦手なタイプなだけだったに違いない。一応、大手企業勤めで年収1000万円、担保評価も問題なし、
さらに抹消も今月できるとなれば、まさしくこの1件が僕を全店トップセールスにしてくれる最後の望みの案件なのだから。
ようし、がんばるぞ。これもさっさと融資して1年目にして全店トップセールスをめざすぞと思った。
つづく