サラ金!

35:蓑田主任の不正
新宿店は全店トップは無理でも2位にはなれるのではないかといった上昇ムードが漂っている中、思わぬ事件が発覚した。
蓑田主任の不正事件だった。ちょうど僕が税金をまけるアドバイスをしたから、
お客さんが謝礼をくれるなんて言い出したやりとりがあったばかりだけに、ぞっとした。
常に誘惑は営業担当者の身についてまわるのだった。

蓑田主任の不正は、しかし極めて悪質だった。
融資しているお客さんから、融資金から天引きしている司法書士への登記費用が足りなくなったので、
追加で現金10万円用意してほしいといって、そのお金を客からだましとり、自分のポケットに入れていたようなのだ。
最近融資したばかりのお客さんがおかしいと思い、店長宛てに電話が掛ってきて発覚したのだった。
名古屋店の店長による紹介業者からのバックマージンをもらっていた騒動があったばかりだけに、
またもやおきた不動産担保ローン部の不正は社内で大きな問題に発展したのだった。

蓑田主任はもちろん即刻解雇。会社としては蓑田主任が個人で勝手にやっていた行為として、
会社は具体的な責任は負わず、すべて蓑田主任に責任を負わせることにした。
ただし会社では蓑田主任が発覚した案件に限らず、他の案件でも同様の詐欺をしていた可能性があるとして、
蓑田主任が担当したここ2〜3年のお客さんについて、そういった不正がなかったかどうか、調査することになったのだ。

これには新宿店の社員は大きなショックを受けていた。成績もろくにあげず役立たずの主任とはいえ、
一緒に働いていた職場の同僚がそういった詐欺をしていたという事実が暗くさせたのだった。
店長にしても、ナンバー2で店長を助ける立場にありながら、なにかあると店長に逆らい、
しかも営業成績はからっきしだめという蓑田主任の存在が消えたことはうれしいはずなのだが、
さすがに店長という立場上、上司としての監督責任が問われることになり、
また蓑田主任の不正の後始末はすべて店長がやることになったので、げっそりしていた。
蓑田主任とどちらかといえば仲は良くなかった野村さんは、営業成績低迷争いで、
いつも不毛なバトルをしていた最低のライバルがいなくなってしまったことをさみしがっているようだった。
仕事面に関しては蓑田主任のことをまったく評価していなかった岡田先輩も、
人柄という点では店長よりはるかに蓑田主任をかっていたので、残念そうだった。
本部から来た新川さんは、新宿店を盛り上げるためには、ベテラン勢の奮起が必要だと川藤部長から指示を受けていたので、
人一倍、蓑田主任とはコミュニケーションをとっていただけに、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったようだ。
そして蓑田主任とフーゾクさぼり仲間で一番仲が良かった清原さんも相当ショックのようだった。
蓑田主任がいる間は、主任のくせにろくに仕事もしないでどうしようもない人間だと文句もいっていたが、
いなくなるとやはりさみしいようだ。ましてその理由が、いくら仕事ができなくてもやってはならない不正とは…。
新宿店の社員に与えた心理的影響は予想以上に大きかったようだ。

一社員の不正は不動産担保ローンの営業スタイルに及ぶ問題まで全社的に発展してしまった。
蓑田主任の不正問題は社内の社長以下、部長クラスが集まる全社会議でも取り上げられたのだった。
一部上場をめざす、中堅というか大手消費者金融といっていいわがナルシンファイナンスが、
一般のお客さんには今問題になっている違法な紹介業者と誤認されかねない、
合法とはいえ媒介業者と付き合うこと自体に問題があるのではないかといった発言が、営業本部の本部長から出た。
営業本部の本部長と不動産担保ローン部の川藤部長は、次期社長争いを繰り広げている背景から、
これはチャンスとばかりに営業本部長は、不動産担保ローン部不要論をぶちまけたのだ。

「今、無担保のキャッシング店舗でも小口で貸しているお客さんに直接不動産担保ローンの斡旋をし、実績をあげています。
なのになぜわざわざ不動産担保ローンだけ取り扱う店が必要なのですか?
すべてキャッシング店舗に集約させた方がより効率的であるし、こういった問題は起こらなくなるのではないでしょうか」

この意見は確かに最もだった。不動産担保ローン店にいる僕らでさえそんなことを思う。
わざわざ新宿店から横浜へ行ったり千葉へ行ったり、時には茨城に行ったり札幌まで行ったりなんかしなくっても、
全国どの主要都市にも必ずといっていいほどナルシンファイナンスのキャッシング店舗があるのだから、
そこでやれば効率的なのだ。まして媒介業者を通さなくても、キャッシングを借りているお客さんを
「借金を不動産担保ローンでまとめませんか?」と斡旋する集客の方が、問題もなくスムーズにいけるのだから。

名古屋店の店長の不祥事と続いたことがまずかった。
これをきっかけにマジで不動産担保ローン部はなくなってしまうのではないかということも十分考えられた。
清原さんなんかは、「ああまたこれで取り立て専門部署に舞い戻りか…。
取り立ては好きだけど、営業みたいにあんまりさぼれんからな…」とまるでもう、
不動産担保ローン部が潰れることが決まったかのような発言をしていた。
「八木君はそしたらキャッシング店舗行きだな。ま、不動産担保ローンには詳しくなったかもしれないけど、
他の新卒社員は4月からキャッシング店舗で小口専門でやってるわけだからな、
その遅れを取り戻すのは結構しんどいよなー。まあでもこのまま不動産担保ローン部にいたって、
まあたいした出世は見込めないから、八木君にとってはいいかもしれないな」

「岡田君もまだ若いからキャッシング店舗だろう。店長はありゃもうどうしようもないから、
左遷部署の1つ、審査部あたりだろうな。新川君は微妙だな。きっと仕事はできるんだろうけど、
川藤部長の秘蔵っ子みたいになっちゃってるから、やっぱり左遷部署にしかいけないだろう。
そうするとやっぱり俺と同じ取り立て部隊だろうな。あと問題はゾウリムシだよ。
あいつどこにも行くところないぜ。部の廃止にともなって解雇なんてこともあるかもな」

まだ僕にとっては1年目で、そんな会社全体のことなんて考えている余裕はなかったし、
とにかく不動産担保ローン部で営業成績をあげるべく、今は業者開拓を懸命にやるんだと必死になっていたのに、
部がなくなってしまうなんてそんな…。

しかしその辺についてはよ〜く社長は見ているようだった。
「確かに営業本部長のいうように、効率化やイメージアップのために不動産担保ローン部を廃止し、
キャッシング店舗に集約するっていうのは1つの方法かもしれない。
しかし、今、われわれナルシンファイナンスがめざしている、大手消費者金融のトップ3に入るためには、
小口融資だけではどうにも追いつかない。大手の武富士だってアコムだってプロミスだってアイフルだって、
ものすごい残高伸びと営業利益伸びを記録しているっていうのに、まだまだ中堅で業界順位は10位ぐらいのナルシンが、
トップ3にまで食い込むためには、大型融資である不動産担保商品で追いつく以外に方法はない。

現時点で、キャッシング店舗の不動産担保融資の平均融資額はたったの250万円、
しかし不動産担保ローン部の平均融資額は1000万円だ。
会社全体の戦略からいくと、平均単価の非常に高い不動産担保ローン部はこれから拡大することはあっても、
廃止や縮小はありえないと思っている」

(ざまみろ、あのくそったれ営業本部長)と川藤部長は社長の言葉を聞いて思った。
露骨に俺を潰して次期社長は俺のものだなんて態度をとるからいけないんだ。
「それに今回の不祥事は川藤部長の報告を聞いたところによると、媒介業者を絡めた不正ではないようだ。
とするならばキャッシング店舗でも不動産担保ローンの際に同種の問題が起こらないとも限らない。
営業本部もその点については今回の事件を機にしっかり指導してくれよ」
と社長は極めて冷静にこの事態を分析していた。

「しかし川藤部長。問題の質が違うとはいえ、名古屋店・店長の不祥事と今回の新宿店の不祥事と相次いで起きたことを考えると、
何らかの対策はとらねばならない。今、集客の何%が媒介業者からなのかね?」
「今年3月までは部の独自広告がありましたので、広告が70%、業者が30%の集客でしたが、
今年4月から広告は廃止していますので、現時点では広告15%、業者が85%を占めています。
広告がなくなった分、営業マンの足による媒介業者開拓で、営業成績はまったく落ちてはいません。
それどころか単価の低い広告集客から単価の高い業者案件が増えたために、
融資金額の伸びおよび融資単価の伸びは前期をはるかにしのぐ勢いです。
人員も特別増やすことなくやっておりますので、莫大な広告費のコスト削減を行い、
かつそれ以上の営業成績をあげるという非常に良い結果が出ております。
ですので、何らかの対策を打つにしても、業者からの集客重視政策は変えられないと思います」

「ようは業者との癒着の問題、それから今回の新宿店のような担当者の目の届かないところでの、
客への接触の問題さえクリアになればいいわけだ。まず業者との癒着を防ぐために、ずっと同じ担当者を同じ業者につけず、
半年おきぐらいに担当を変えること。それから営業担当者と回収担当者は必ず別にすること。
現金の受け渡しの際は、必ず担当者以外にもう1人社員をつけること。
こんな対策さえしてやれば、問題はそう大きくならないんじゃないか」
「はい。社長のおっしゃる通りです。早急のそのような対策をうちます」
というわけで、不動産担保ローン部廃止の危機は逃れたのだが、半年に1回、担当者の業者変えを行うことが決定されたのだった。

「業者変え?しかも半年に一辺に?それはむちゃくちゃですよ。1年ぐらいかけてやっと仲良くなれて信頼されて、
相手のこともわかってきて、スムーズにことが運ぶようになるんですよ。
半年で担当者がころころ変わるようじゃ、業者は誰もうちの担当者に信頼がおけず、
ろくな案件紹介してくれなくなりますよ」とどこの店舗の社員も業者替えについては猛反発だった。

「だいたい新宿店の蓑田主任の不正は業者とはまったく関係ないじゃないですか」
「業者替えなんてしなくても一般社員はどうせ2、3年で異動させられちゃうんだからそれで十分じゃないですか」
といった反論が出ていた。
僕個人としては微妙なところだった。今、業者替えをすれば何件も案件を紹介してくれる、
先輩社員が担当している有力業者が自分の担当になるかもしれないというプラスの面もあったし、
かといってせっかく自分で足で回って新規に開拓した業者をここで手放してしまうのは、あまりに無念だった。
業者替えの問題については、あまりに社員の反発が大きかったこと、
実務上の営業成績にもろに響く可能性があることから、とりあえず実施は来年以降で、
担当期間は半年ではあまりに短いので、1年となることが決められた。







つづく