入社6ヵ月目:9月
8月は3件融資実行したものの、そんなに忙しいほどではなかった。特にお盆の時期は、債務者もお休みなのか、
それとも帰省にかこつけ親類から金を借りられるのか、それとも心理的にお盆ぐらいは借金のことを忘れたいのか、
業者から机上評価のファックスは少なかった。
しかし店長は、「今のうちぐらいだよ。こんな問い合わせが少ないのは。9月に入ると途端に忙しくなるからね」といっていた。
8月後半はほとんど回収ばかりやっていて、「今こんな暇なのに、本当に忙しくなるんだろうか?」と疑っていたが、
9月に入ると、店長の言った通り、いやそれ以上に忙しい事態となった。それは僕だけでなく他の担当者もそうだった。
「3、9、12月は例年必ず忙しいんや。3、9月は企業の決算期ってこともあってか、問い合わせが多く忙しい。
12月の年末は金融に限らず世間が忙しくなるように、ものすごく忙しくなる。八木君もよう覚えとけ」と岡田先輩が解説してくれた。
岡田先輩や清原さんのように、成約率の良い核となる業者がいる先輩社員は融資できそうな案件をいっぱい抱えていた。
しかし僕に核となる業者はいない。しかしその分あちこち業者営業に力を入れたせいか、
今まで新規開拓したMMMクレジット、不動産担保プランナー、チバファイナンスの3件と、
岡田先輩から引き継いだ日本総合ファイナンス、そしてそれ以外にも以前営業でまわった業者から、
問い合わせが僕のところにも多数集まってきた。核となる業者がいなくても、
僕はいろいろな業者から集客できるという下地ができつつあったのだ。
●税金未納ローン
8月に、はじめて成約した不動産担保プランナーからはぽつぽつ案件がきていた。
日本総合ファイナンスの福島さんのようにろくに評価もせずやたらめったら案件をファックスするところとは違い、
自分たちできちんと担保評価を見てからうちに案件をファックスしてきていたので、どの案件も担保評価は出るのだが、
返済能力や属性に問題があってなかなか申込に至るまでの案件はなかった。しかし、今回送ってきた案件はまったく問題なさそうだ。
抵当権が何もついていない「汚れていない」不動産だったのだ。そして不動産担保プランナーの和田さんはうれしそうにいった。
「八木さんからヒントをもらった税金未納ローンの第一号案件になりそうですよ!」
「というと税金の支払いが資金使途なんですね」
「ええ、そうなんです。あれからいろいろ役所関係に手を回しましてね、
何ヶ所からか固定資産税の税金滞納者リストを買うことができたんですよ。その中で引っ掛かった案件でね、
抵当権もないし収入も問題ないと思うんですが、税金未納はひどいですよ。
それでちょっとあまりにひどいので、属性が疑われて審査が通らないんじゃないかと心配してるんですが…」
「税金未納額はいくらなんですか?」
「え〜と、固定資産税が350万円、住民税が250万円、国民健康保険料が200万円、合計800万円です」
「800万円の未納?!」
「ええ、大丈夫ですか?すごい悪人みたいでしょ。でもこの人、別に支払いができないわけじゃないんですよ。
なんだか前に役所の人間と喧嘩したかなんかで、それで支払わなくなったらしいんですよ。
その喧嘩も役所の人間に非があったみたいで、それで今まで、これだけ滞納しているにもかかわらず、
差押さえもされずたいした督促もなくここまできたらしいんですよ」
「じゃあ支払い能力はあるんですね」
「自営なんですけど、ペットショップで結構儲けてるみたいですよ」
「でも今回なんでまた税金を支払う気になったんですか?」
「それがね、前の担当者が変わってしまったらしくって、それを機にこれまで甘やかしていた税金滞納者を、
厳しく取り立てしようってことになったらしいんですね。お客さんもこれまでの経緯があるから相当抵抗したらしいんですけど、
喧嘩した役所の担当者はなんかやっぱり問題があったんでしょうね、辞めさせられてしまったみたいで、
今回はそういう個別事情は許さない、このまま滞納するなら差し押さえするぞって脅されたらしくてね、
それで支払う気になったようですよ」
「ひょっとして税金滞納者リストの情報を漏らしてるのはその辞めた担当者ってことですか?」
「まあまあその辺は企業秘密ですがね、役所の人間はほんと腐った奴ばっかですよ。
市民の情報を平気で売って金にするんだから。まあ、滞納者リストを金融会社に漏らしてそのおかげで税金の未納が減るなら、
情報漏洩でも社会全体からすれば「いいこと」したのかもしれないですけどね。
ていうか、この税金未納ローンを事業化できないかって真剣に考えてるところですよ、うちの社長は。
そしたら案件に困ることもないし、社会のためにもなるし、いいことづくめじゃないですかってね」
いとも簡単に市民の情報を漏らす公務員がいる。確かにそれも悪いが、
税金を支払える人間からきとんとこれまで取りたてしてこなかった方がもっと悪いことのように思える。
清原さんもよくいうことだが、取り立ての公平性がなければ、まともに払っている人間がバカらしくなるではないか。
一部の人間が借金を踏み倒したせいで、その不良債権分まで、利息が高くなって、
まともに借金を返している人が損をするなんてやっぱりおかしい。
その意味でも取りたては厳しく、借金の踏み倒しは許してはいけないのだ。1人許せば他の人だって返さなくなる。
それとまったく同じように、税金の未納を許して、まともに取りたてしないのは罪悪に等しい。
税金をきちんと支払っている人がバカらしくなってしまうのだから。
「まあそんなわけで、税金未納800万円とそちらの費用とうちの手数料で100万円プラスして900万円の希望なんですけど、
大丈夫ですよね?担保評価も十分ですし」
店長に事情を話した。税金未納の融資で問題になるのは、以下のポイントだ。
・税金も支払えないほど収入がない人には貸せない。→しかし今回はそれにはあてはまらない。
・国民の義務である税金をすっぽかすという問題ある人間に、
融資をしても返済意志がない危険性がある→今回の話を聞く限りでは大丈夫そうだ。
・差押さえ履歴があれば、どんな言い訳も通用せず、ようは単に金がなくて、
税金が支払えななかっただけだと捉えられる。→差押さえ履歴はない
よって、800万円もの税金未納という前代未聞の案件は大丈夫だろうとの判断だった。
自分で開拓し、親しくなった業者である不動産担保プランナーの仕事はやりやすかった。
今まで先輩社員が誰がいってもうまくいかなかったのが不思議なぐらい、親しみのある業者で仕事はやりやすかった。
なんせもろ金に絡む世界だから、せっかちで怒りっぽい人が多いし、お客と融資先の間に入る媒介業を生業にしていながら、
自分は何にもやらずに「まだ融資は決まりませんか」と何度も催促してくる業者も多い。
申込前の机上評価ではわからなかったことが、現地調査をして明るみに出てしまい、
案件がストップしてしまうケースも多々あったが、そういった時でもその問題を一緒になって解決しようとする業者と、
「はじめにいっていた話と違うじゃないか」とうちに詰めよる業者もいる。
そんな中で、不動産担保プランナーは、適度に介入し適度にまかせてくれて、案件の進め方は非常に楽だった。
税金未納を800万円もするお客さんって相当くせのあるやっかいな人なんだろうなと思いながら、
お客さんの申込受付するために不動産担保プランナーの事務所で行くと、意外や意外、
お客さんは気の優しそうなおじいちゃんだった。おじちゃんといっても60歳なのだが、
のんびりしてそうな感じでかわいらしい感じだった。こんな人が役所と喧嘩して税金滞納を900万円もしているとはとても思えなかった。
自営業者で自宅でペットショップ経営。自営業者はサラリーマンより審査の受けはよくない。
定期的な決まった収入が見こみにくいからだ。しかししかし結構派手に儲かっているらしい。
「ペットショップほどヤクザな商売はないですよ。1万円の猫を10万円で売る。そしたら利益は9万円ですよ。
もちろんそれまでの維持費・管理費があるけどね、私の目に狂いがなければ、
かわいい人気の動物はだいたい仕入れてきてから1ヶ月で売りさばける。
大好きな動物に囲まれてこんなボロい商売できる私は幸せですよ。わっはっは」
儲けているとはいえ、その根底には動物が好きだということがあるらしいので、嫌な人相をしていないのだろう。
多分、儲け目的にこの商売をやっているわけではなさそうだった。
もう頭の中は動物しかないといった感じで、申込最中はしばし動物話に脱線しがちだった。
そういえば自営業者と聞いてふと心配になったのが所得税だった。
確か事前に聞いている範囲で滞納しているのは、市役所関係の税金(固定資産税、住民税、国民健康保険料)だけだったはずだ。
もし万が一、所得税も滞納があったら、さらに金額をプラスせねば融資はできないのだが、
もうこれ以上担保評価から希望金額を引き上げることはできなかった。
「まさか、所得税は滞納してませんよね?」
「ええ、ちゃんと払ってますよ」
そういえばもしサラ金も何社か借りいれがあったらそれも融資金で支払わなければならないから、
もしあったら融資できなくなってしまうのではないか。机上評価の時にそんなことにうっかり気が回らなかった。
もしここでサラ金借りいれが何社もあるっていわれたらそれまでだな…。
「どこかサラ金で金を借りていますか?」
「いや、ないですよ。というかね、こんな儲ける商売してて借金する必要は今までまったくなかったんですよ。
だからね、今回もはじめて借金ってものをするんで、よく手順がわからなくって」
ほんとかなあと思いつつも、確かに謄本履歴は汚れていなかったし、まあそんなに金使いが荒そうな人でもなさそうなので、
その言葉を信じたいなと思った。申込が終わった後にサラ金の借り入れがないか調べたが、見事になしだった。
これなら、金がなくて税金を滞納したのではないという裏付けにもなるだろう。
すべて申込が終わって、お客さんを先に返すと、久しぶりにまた不動産担保プランナーの社長講義を聞くことになった。
今回の「税金未納」についてからはじまり、どんどんこの案件から話がそれていき、
「税金とはなんぞや」みたいな国家天下を論ずるような大きな話になった。
相変わらず僕はうんうんおもしろく聞いていた。そんな話を1時間ほど聞くと、
「じゃあ八木さん、また新たな案件、スピーディーに成約お願いしますよ。
今度また成約したら2ヶ月連続ってことで、一杯やりましょう」といわれて別れた。
これも問題なさそうな案件だ。抵当権設定もないし、スピーディーにやって、
なんとか不動産担保プランナーを僕の集客の核にしたいなと思った。
担保評価からすると掛け目70%の900万円が融資できる最高金額だった。
ちょっとでも何か余分な出費があると計算が狂ってしまう。
まず税務署にいってきちんと所得税が支払われているか納税証明書をとりにいったが、
本人のいっていた通り、まったく未納なしだった。よしよしと思いつつ、問題はえらい滞納している市役所だなと思った。
まず固定資産税課にいった。お客さんの委任状を持って納税証明書を取りにきた旨を伝えると、露骨に嫌な顔されて、
「あなた、この人の息子さんですか?」と問い詰められた。
どうやらえらく滞納していることで有名らしく、税金も収めていないのに「納税証明書」を取りにきたことに腹が立ったのだろう。
「いえ、金融機関のものでして、今回融資する際に、すべて税金の滞納を支払いたいと思いますので、
いくら未納が未納額がわかる証明書をください」といったら急に態度が変わった。
「えっ、この滞納額払ってくれるんですか。あの人が。それはよかった。銀行さんか何かの人だね」
「ええまあ…」といいつつ、歓待されて、未納がいくらになるかの証明書を出してくれた。
確か事前に聞いていた額は350万円だった。それ以上増えていなければいいのだが…。
「えっと、お待たせしました。とりあえず本税が350万円です」
よかった。聞いていた金額とぴったりじゃないか。よしこれで問題なしと思い、次の課へ行こうとすると、
「あのー、あとこれに延滞税がつきますので」と言われた。
「延滞税?!」
「そうですよ。もうここ5年滞納してますからね、延滞税だけでも50万円ぐらいにはなると思うんですけど、
とりあえずいつ支払ってくれるかわからないので、本税の未納分しか記入してないんですけどね」
5、50万円?!ふざけんなよ。50万円も増えたら融資額で収まらなくなっちゃうじゃないか。
それにこのままでいくと、住民税も国民健康保険料にも相当延滞税がついてるだろう。
そうなったら延滞税だけでも100万円ぐらいいっちゃうんじゃないか。そしたら融資できないじゃないか…。
僕は急に暗い気持ちになった。ああ、これじゃ融資できないじゃないか。
お客さんが現金で100万円持ってて延滞税払ってくれればそれでいいけど、そんなの無理だよな、きっと。
とはいえ、もうここまで調べてしまったのだから仕方がない。他の税金の未納も調べるかと、固定資産税課をあとにした。
案の定、住民税も本税分は事前に聞いていた金額ぴったりの250万円だが、これに延滞税が30万円、
国民健康保険料も本税は200万円と事前に聞いていた金額とぴったりだが、延滞税が20万円。
見事に延滞税だけで100万円増えてしまった。となると1000万円なければ融資できないことになる。
僕は沈んだ気持ちで市役所から事務所に戻った。この状況でできる方法はないだろうか。
まず考えられるのは掛け目70%を越えて1000万円出してもらうこと。しかし多分無理だろう。
担保も一戸建てで売りやすい物件とはいえ、すごくいい不動産とはいいがたかった。
ましてサラリーマンではなく自営業者だし、年齢も60歳。プラス要因は皆無に等しい。
次に考えられるのは、お客さんが100万円延滞税分を自分で用意してもらうこと。
これについてはすぐ電話を掛けたが、そんな金はないの一言。
それよりなにより延滞税なんか絶対に払いたくないと逆切れされる始末だ。
あとは不動産担保プランナーが、なんとか融通をきかしてお客さんに無担保で延滞税分を貸してあげること。
しかしこれも難しそうだった。せっかく楽にできる案件だと思ったのに…。
となるとやっぱりこの案件はだめなのかと、僕はあきらめの気持ちで、今日の調査の結果を店長に報告しにいった。
無駄な動きをしてお金も無駄につかって…と怒られるかと思いきや、店長はにやにや笑って、
「何の問題もないですよ。このままこの案件やりましょう!」といったのだ。
「へっ、でもどうやっても900万円以上は無理ですよね…」
「あのね、八木君、延滞税なんかね、まければいいんだよ。まければ」
「税金をまける?」
「あのね、この世界じゃ常識なんだよ。まともにね延滞税だの滞納分だの払う必要なんてまったくないよ。
まずね、これだけ延滞していてやっと本税ががぼっと入るチャンスなわけでしょう。しかもうちが融資するから一括で。
それだったら多分、簡単にね、延滞税はまけてくれるよ」
「えっそうなんですか?」
「あのね、延滞税なんて払うバカはいないんだよ。この世界の人間ならね。ほんと役所の税金回収は怠慢だからね。
それと住民税と国民健康保険料だけど、延滞税のみならず本税も半額ぐらいにまけてもらえるんじゃない?」
「は、はんがくですかあ?」
「多分簡単に半額で済ませられると思うよ。これまでずっと税金を滞納してきた。役所も回収をろくにしてこなかった。
差押さえしたって厳しくやって取り立てする気もない。
差押さえ履歴がついたところで、客に居座られてかえって問題を悪化させるだけ。
そんな状況の中でね、今までずっと滞納していたお客さんが一括で多額の税金を払ってくれるんだから、
住民税、国民健康保険料はね、半額ぐらいちょろいと思うよ。固定資産税はまける交渉はやめた方がいいな。
なんだかんだいって不動産と直結している税金だからね、うちから変な知恵つけてあとで文句いわれて、
それこそ差押さえでもされたら、うちの回収ができなくなるからね、固定資産税はきちんと本税だけは払いましょ」
そんなことができるなんて。僕の常識からすれば税金は支払うのは当たり前。
延滞してついた延滞税だってきちんと払わなければいけないのに、延滞税はまけるは本税まで半額にまけられるは、
はたしてそんなことできるんだろうか。
「まあ役所によっても違うけどね、まず私の経験からいって問題ないと思うよ。ただ所得税だけはこの手はつかえないからね。
税務署は怠慢な役所と違って、わりにきちんと税金滞納の取りたてするしね、
差押さえもするしね、絶対に延滞税も本税もまけないから。
まあそれでもサラ金から見たら税務署の税金滞納者への取り立ての怠慢ぶりは目に余るけどね」
確かに店長のいうように、これまで税金を滞納しているお客さんが何人かいたが、
サラ金のように支払日が1日遅れたらすぐにキツイ電話が掛ってくることはあり得ない。
そうしないから「まっいっか」と思い平然と滞納していくのだ。
はじめは1回分の滞納額だから少ないから、いつでも払えるやと放っておくと、どんどん税金滞納額はたまっていく。
そうやって金額がふくらんでくると、本当にそのうち支払えなくなってしまう金額になってしまう。
借金の取りたてだろうが税金の取りたてだろうが、はじめに遅れた時点でびしっと厳しくいわないと、
どんどんなあなあになっていってしまうのだ。
そうやって滞納者を許すことは、まともに支払っている人までバカらしくなり、余計に回収ができなくなる、悪循環に陥るのだ。
その穴埋めを税率あげて埋めようとするからさらに最悪だ。まじめに支払っている人ほどバカを見る。
そういえばこんな似たようなことを不動産担保プランナーの社長もさっきいっていたな。
取り立て力のあるサラ金の回収ノウハウが金になると。税金の滞納、銀行の不良債権、企業間取引の未払い金の回収などなど。
今、そこにサラ金会社が堂々とそれを商売にすることはできないが、そういった取り立て屋は闇にもぐっていっぱいいるのだから。
それにしても税金をまけるなんてことは僕の頭ではまったく思い浮かばなかった。また一つ勉強になったなと思った。
早速、そのことをお客さんに伝えたら、大喜びしていた。
「そうでしょうそうでしょう。延滞税なんてバカらしいもの払ってられますか。
でもほんとに住民税や国民健康保険料まで半額にまけられるんですか?」
「ポイントは、今まで滞納していたけど今だったらある程度の金額を一括で支払える。
そのお金は金融機関から融資してもらうので、全額支払うことはできない。
ただしこれからはきちんと税金を納めるから、延滞税は免除し、本税も半額にしてくれないか。
それならばすぐにでも一括でこれまでの税金滞納額を支払いましょう。そういってください。
これで大丈夫みたいですから。もし役所からわあわあ言われたら、私に電話してください」
本当に大丈夫なのかな。まけてくれるのかなと自分でそういいながらも半信半疑だったが、
住民税も国民健康保険料もいとも簡単に延滞税を免除し本税を半額にしてくれたという。
「いやあ、八木さん、ありがとうございます。おかげでえらいお金が浮きますね」
そしてこの案件の決裁は900万円ですぐに出た。条件は税金滞納の全額支払いと税金を支払った完納証明書をもらうこと。
お客さんまかせにはできないので、税金の支払いは僕自身がいって、
市役所に行って支払いをし、支払った完納証明書を出してもらった。
固定資産税は本税のみ350万円。延滞税は免除。住民税は延滞税免除で本税は250万円の半額125万円支払って、
これで滞納額は一切ないという納税証明書を取得。
国民健康保険料も延滞税免除で本税200万円未納のところ、半額の100万円の支払いで未納なしということでOKとなった。
支払いにいっている自分がこんな簡単に税金をまけることができることに驚いてしまった。
900万円融資し税金支払い分は当初800万円だったはずが、まけてもらったので575万円で済んでしまった。
うちの手数料は約50万円。残り275万円をうちの抵当権設定後、お客さんに渡し、
そこに不動産担保プランナーが媒介手数料5%の45万円をもらっていった。
それでもなおお客さんの手元にはまけてもらったので230万円も残ったのだ。
「いやあ、八木さんありがとうございます!この230万円も本来なら税金の支払いで消えてしまったはずが、
八木さんの一言のおかげで浮いてしまいましたよ。もうどんなにお礼をしていいやら。
あのーなんでしたら、税金をまけてもらったお礼に少しですけど…」といって10万円を僕に渡そうとしたので、僕はあわてて差し戻した。
客から金なんかもらってしまったら大きな問題だし、第一そんな行動に出るとは予期もしていなかった。
「だって、もし八木さんが税金をまけるって話を黙っててね、勝手に役所に交渉してまけてもらって、
それを私にいわなければ、浮いた230万円は八木さんのポケットに入ったわけでしょう?
そんなチャンスがあったにもかかわらず、きちんと私に知らせてくれて、230万円も浮かしてもらったんですから、
八木さんに謝礼として10万円ぐらいはなんてことないですよ」とあらためて僕にお金を渡そうとしたので
「そういわれてみればそんなこともできたのか」と思いつつも、断固として受取を拒否した。
「いや、これが僕の仕事ですので。当たり前のことをしただけです。
それより何より、今後うちの支払いをきちんと遅れず支払ってくださいよ。税金の滞納みたいに甘くはないですから」
といってなんとかお客さんを納得させた。
「まあでもほんとありがとうございました。八木さんには大変お世話になり、助かりました。支払いはちゃんとしますので」
といって無事にこの案件が終わった。
230万円浮いた効果があってか不動産担保プランナーへの媒介手数料の支払いも極めてスムーズにいったらしく、
不動産担保プランナーからも「ありがとうございました。八木さんのおかげです」とお礼をいわれてとてもうれしかった。
しかし、お客さんからの10万円の謝礼を渡そうとした行動はちょっと恐いなと思った。
まさかそんなことされるとは思っていなかったから断ったけど、考えてみれば10万円もの思わぬ小遣いが入るなと、
打算的になってもらってしまうこともできないわけではないのだから。
もちろん会社にばれたら即刻首どころの騒ぎでは済まないとしても、
目の前に差し出された10万円の現金のいかに魅力あることか…。
ましてお客さんのいったように、自分で税金をまける交渉をして、こちらでまけた税金滞納分だけを支払ってしまえば、
お客さんにばれずその差額分を儲けることもできるのだ。今回の場合、もしそれをやったら230万円…。
いやいやそんなことを考えてはいけないと僕はあわてて頭をふった。
金そのものを商品に扱っている商売の恐さを思わずにはいられなかった。
金に誘惑されて人生を台無しにしてしまうのは何も債務者だけではない。
もしかしたら貸す側の社員もそれによって血迷った行動をとってしまうかもしれない。
名古屋店の店長が媒介業者と結託してバッグマージンをもらっていたように…。
とりあえず9月も幸先よく1件900万円の融資を成約させた。もしかしたら全店のトップセールスマンになれるかもしれない。
せこい目先の不正なお金ではなく、堂々とした営業成績で評価された方がいいよなと思い直した。
つづく