サラ金!

33:取りたて
先月の3件融資を決めた、MMMクレジット、不動産担保プランナー、チバファイナンスと、
岡田先輩から引き継いだ日本総合ファイナンス、この4つの業者から随時紹介案件の問い合わせがくるようになった。
とはいえ、問い合わせがあった案件がすべて融資に結びつくわけではない。
日本総合ファイナンスのようになんでもかんでもとりあえず登記簿謄本を送ってくるようなところは、
ぱっと見ただけでも明らかに担保評価がでないものもいっぱいあって、当然、申込というスタートラインに立てないまま、断る案件も多い。
逆に不動産担保プランナーはしっかり自分のところでも担保評価をして、
ある程度いけそうだという確信があるものだけを僕宛てにファックスしてくる。
しかしそういった作業をしているので、案件がファックスされてくるのはたまにしかなかったし、
その案件が担保評価以外、特に返済能力や属性に問題点があった場合は、いくら担保評価が出ても断らざるを得なくなってしまう。
チバファイナンスはもともと自社融資を専門にして、
どうしてもできないものをうちに紹介するという感じだったので、ほとんど案件紹介はなかった。
MMMクレジットは紹介してくれる数は多いものの、だいたい申込本人がブラックリストにのっているような人なので、
それをカバーできるほどの連帯保証人がつかずに断りするものが多かった。

営業の甲斐あって、やっと自分に案件を紹介してくれる体制が整い、喜んでいたものの、
実はまだまだかなり厳しいということに気づかされたのだった。
「八木君は、ようがんばって営業してるけどな、なんせ核となる業者がいないからなー。
毎月確実に1件程度、成約できるような業者がいたら、楽なんやけどな。まあでもがんばれよ。
それがなくっても、こうしてがんばって営業しているから、成績いいんやしな」

確かに岡田先輩の言う通りだった。岡田先輩にはトウアンという月に1件ないし2件は確実に成約案件をもってくる核となる業者がいる。
清原さんには、アンシンファイナンスと住友商事という2つの有力な紹介業者がいた。
新川さんは、異動になった真弓主任の業者を引き継いだので、光洋というこれまた有力な紹介業者を持っていた。
しかし僕には核となる業者がなかったのだ。
そんな危機感から、僕はまるで債務者のごとく、自転車操業するかのように、次々と新規業者の開拓に乗り出していた。
有力な業者がないなら、たとえたまにしか成約しない業者でも、それを10社持っていれば、
核となる業者がなくても営業成績はあがるのだから。またこうしていろいろ営業で回っているうちに、
核となる有力な業者が見つかるかもしれないのだから。

真弓主任と山野さんが異動になった時、彼らが持っていた有力な業者の1社ぐらいは、
まだ何の業者も持たない僕にくれるだろうと思っていたのだが、店長はそうしなかった。
それはまだ僕には既存業者をまかせられるほど力量がないと思ったことと、もう1つ、新人の八木君なら、
はじめに甘やかして業者を与えてしまうよりも、自分で開拓させた方が、
今後伸びるに違いないという岡田先輩の進言があったかららしい。
その時は、そんな厳しいことしなくても…という複雑な気持ちだったが、今、そのおかげで、
佐藤金融を含めれば4社の新規業者の開拓に成功したのだった。
そして今なお、新規業者の開拓に乗りださなければ自分の営業成績が続かないという強迫観念が、
結果的にさらに営業成績を伸ばす要因となったのだ。

清原さんは僕が融資実行するたびに「その案件、どこからの紹介だ?」と集客先を異様に気にしていた。
「八木君、もうわかったと思うけど、不動産担保ローンの仕事なんて、まあ客によっても不動産によってもまちまちだけど、
基本的にどんな案件だってやることは同じ。はっきりって2、3ヶ月もあれば仕事は覚えられるんだよ。回収と違ってね。
でも一番、大事なのは、仕事を覚えた先、いかに融資できそうな案件を引っ張ってくるか。
その集客力にかかってるんだよ。ナルシンにはナルシンのやりやすい案件があるし、
業者も紹介しやすい案件と、ナルシンなんかに紹介しないで他社に紹介したい案件っていうのもある。
だからね、業者にうちようの案件をいかに引っ張ってこさせるかがポイントになるんだよ。
それさえできればね、あとは寝ててもさぼってても案件は入ってくるから、あとはそれを機械的にこなしていけばいいんだよ」

清原さんのいうほど、案件を進める仕事も簡単ではないような気もしたが、でも確かに集客してくる方が難しい。
でもここ最近、やっとうちに紹介してくれやすいツボを発見したような気がした。
築年数の古い中古マンション、調整区域、地方案件、税金滞納者、賃貸物件、抵当順位の低いもの…、といった不動産だ。
一般的にはあまりいいとはいえない担保でも、うちは積極的に融資ができることに気づいたのだった。
なぜうちがそんなあまりいいとはいえない不動産でも担保になるかというと、
ようは考え方が「担保ローン」ではなく、「信用ローンの延長」と考えているからだった。
銀行が失敗したのは担保主義に傾注しすぎたから。もちろん万が一の場合におさえとなる不動産担保も大事だが、
それ以上に、借りる人が返せるか、収入、職業、これまでの借金履歴、人間性などが重視されているのだ。

ようは返せる人間かどうかが第一で、担保は二の次。
だから決して不動産がいいとはいえなくても、他社とは違って融資できる可能性があるのだ。
それを紹介業者にしっかり伝えていけば、案件を紹介してくれる可能性が高くなったことに気づいたのだった。

でもこうして自分で融資を担当すればするほど心配なことがあった。
それは自分が担当したお客さんが毎月の支払いを遅れずにきちんと支払っているかどうかだった。
時々、清原さんの取りたての手伝いをしていたので、延滞者リストにはたびたび目を通していた。
その度に、自分の融資担当したお客さんの名前が載っていないかドキドキするのではあったが、幸いなことに、まだなかった。
僕はすでに8月までで10件融資していたので、何件か遅れが出てしまうかなと恐れていたがその心配はなかった。

ただ毎回延滞者リストを見ていてふと気づいたことがあった。延滞者リストに載っている名前は、
なぜか蓑田主任や野村さんの担当したお客さんが多いことだった。単純に考えれば、この2人は一番契約件数が少ないのだから、
延滞者リストに名前が出てくる可能性も低いはずなのに、
僕や清原さん、岡田先輩といった契約件数を結構やっている人よりもはるかに多いのだった。
僕は単なる偶然なのかなと思っていたが、清原さんはそうではないときっぱりといった。

「あのなー、八木君。見ての通り、思った通りだよ。どう考えてもね、あの2人は成績が一番悪いのに、
延滞者リストに載る名前が多いっていうのはおかしいわけだよ。でもね、それは偶然なんかじゃない。
客はね、担当者の人格を見て返済態度が決まるんだよ」
「担当者の人格?!」
「大げさだと思ってるかもしれないけどね、俺はもう何年もずっと回収やってるからわかるんだよ。
営業担当者によってはっきり分かれるんだよ。債務者の返済に対する態度や意識がね。
あの2人の営業態度見てればわかるでしょ。態度が横柄なわりに頼りない。そのくせ仕事はいい加減。
契約なんかもてきとーでしょ。そういう態度っていうのは客に写るんだよ。確実にね。
だからあの2人は契約件数が少ないのにもかかわらず、延滞者リストになる客が多いんだよ」

「そんなことってあるんですか?」
「そりゃそうだよ。たとえば、俺と一緒に契約しに行ったことがあるからわかると思うけどね、
契約の時、びしっと絶対に支払いは遅れるなって釘さすでしょ。まあそれはそうしておかないと結局、
取りたてするのは俺の担当だから自分の仕事が大変になるのが嫌だから言ってるわけだけどね、それだけでも違うんですよ。
そん時になよなよした態度取ったりしてたらね、絶対に客になめられる。
いっとくけど、不動産担保でサラ金から借りる客なんて、いってみれば借金慣れした百戦錬磨の債務者なわけよ。
恐いもんなんてない。目先の金が手に入ればあとのことは考えない。そんな奴らを相手にしているわけだからね、
営業担当者みただけで、ここの会社の取りたては厳しそうだなとか、
ちょっとぐらい遅れても大丈夫だなとか判断するわけだな。
だからね、営業担当者によってくっきり分かれちゃうんだよ」

そういわれてみれば確かに岡田先輩も必ず契約時には絶対に遅れるな、
遅れるんだったら支払日の前日に必ず電話しろと念を押していた。
僕も岡田先輩ほど強くいっているとは思えないが、岡田先輩のいっているのをみて、自然と必ずそういうことはいっているようだ。
でも、僕なんかこれまでは結構新人丸出しで、スムーズに案件を進行させたとは思えないのに、
延滞者リストに名前があまり載っていないのはまぐれなのだろうか。

「八木君の場合ね、恐さはないよ、絶対にね。八木君が俺みたいに厳しいこといったってあんまり効果はないと思うよ。
まだまだ若いしね。逆にこの若造何言ってやがるって反感かうかもしれない。
でも厳しくいわなくてもね、多分、八木君はすごくまじめで熱心にやってるでしょ。
だからね、きっとそれが客に伝わってるんだよ。それが新人丸出しでうまくいったとはいえなくてもね、
客には新人ながらも必死にがんばってるんだなって姿はわかる。だから自然と客はその担当者を見て、
あんまり遅れるのはよくないよなって無意識的に思うようになる。
まあもちろんこれが半年もたつと、担当者とも顔は合わせないし、
だんだん支払いがきつくなってくるからそうもいってはいられなくなるんだけどね。
でも融資していきなり初回の支払いで遅れる客がいるっていうのは、
明らかにその営業担当者がなめられてたってことの証拠だよ」
なるほど。だから清原さんは「営業担当者の人格」とまでいったのだろう。確かにそういわれてみればわからないことはない。
営業として担当した時から、すでに債務者との付き合いははじまっているのだなと感心させられた。

実はそれと似たような話をMMMクレジットの片岡さんからも聞いた。
片岡さんのところは、大手サラ金が貸せなくなったお客さんを専門に貸している。
いわば多重債務者で返済見込みのうすい客にもかかわらず、そういったお客さんを相手にしても、
しっかり商売として成り立っているところを見ると、やはりなんらかの取り立ての極意があるに違いない。
まあ片岡さんの外見を見ただけでも「この人なんかやばそうだな。支払い遅れたらぶっ殺されちゃうんじゃないか」
みたいな恐怖心はあるが、それも回収力アップのための大事な方法だという。
もちろん大手サラ金よりも取り立ての方法ははるかに穏やかではないが、単にそれだけではないらしい。

「だって八木さん、うちはこれでも一応ね、貸金業協会に登録している正規の業者ですからね。
闇金融やヤクザとは違って、とにかく暴力的な態度で脅し取るって方法はあんまり使わないんですよ。
今そういう過剰取り立てしもしばれたらそれこそ免許取り消しとかになりかねないし、
まあそうなったら闇でやるしかないんでしょうけど、やっぱり闇は闇で競争も激しいししんどいしね。
まあそれに単に暴力的な取りたてやったところで100%取れるかっていわれたらそうじゃないんですよ。
はっきりいって手間もかかるし労力も使うし、限界もあるし、結構しんどいわりには見かえりが少ない最終手段なんですよ」

そうきいてちょっと意外だった。片岡さんなら相当えぐい取りたてをやってるんじゃないかと思ったが、意外にもそうではないらしい。
「でも、ブラックリストとかに載っている人ばかりに貸すんですよね?そういう人たちからどうやって取り立てするんですか?」
「まあ、いろいろ方法はあるけどね。融資する前からいざとなる人質、
まあそれは連帯保証人だったり担保だったりするわけだけどね、それともう1つ大事なことは、
絶対毎月の返済はうちの事務所まで足を運んでもらうようにしてもらってるんですよ」
「振り込みじゃないんですか?」
「振り込みでの返済はうちは一切受け付けない。絶対に対面返済させるんですよ」
「対面返済?」

「そう。それがね、取り立ての1つのポイントなのよ。まずね、最低でも1ヶ月に1度は顔を合わす。
そうすれば客の様子がすぐにわかるわけですよ。別に話をしなくてもね、顔つきとか表情とか服装とかでね、
ああこいつかなりやばくなってきたから、早めに全額回収した方がよさそうだなとか、
随分いい表情してるけど金回りがよくなったのかなとかね。もちろん来ればできるだけそういう世間話をするわけですよ。
そこから得る情報が大事なんですよ。家庭の様子や仕事の状況もなんとなくわかる。
でも振り込みだったらまったくわからないんですから。だから必ず来てもらって返済させてるんです。
あとはね、その方が他の借金より優先してうちに支払いをしてくれるわけですよ」

「えっ?そうなんですか」
「だって会って返さなければならない人と、振り込みで済む人とどっちの支払い優先します?
そういうところから取り立てるプレッシャーっていうのが違ってくる。だから振り込み返済はさせないんです。
あとね、これがすごっく大事なことなんだけどね、債務者も債権者も所詮、血も涙もある人間なわけですよ」
なんだか昔の義理人情の世界に話がすっとんでいってしまったようだ。そんなことが一体どう関係してくるんだろうか。

「つまりね、毎月毎月顔を会わせている度に、たとえ債権者に対してでも親しみがわいてくるわけですよ。
人間、顔を会わせてればね、ああこの人に支払い遅れたらまずいよなとか、
この人にいろいろ相談すれば何かアドバイスしてくれるかもしれないなとか、そういうプラスαの効果が出てくる。
そうやって顔が見える相手とね、どこの誰に返しているんだかもわからん、
A銀行だのBファイナンスだのっていうのはね、実感として借金を返す相手として具象化できないわけですよ。
そこでまた差がつくわけですよ。返しているのがMMMクレジットのあの片岡さんなのか、
Bファイナンスのあったこともみたこともない回収担当者なのか。債務者には少ない収入と大きな借金がある。
その少ない収入で1社か2社だけなら返せる。そうなった時、どこを優先するか。
その優先順位をあげるために、みんな回収担当者は声を張り上げたり脅したりするわけですけどね、
電話じゃやっぱり効果は半減なんですよ。だからうちは必ず対面返済させてるからね、
多重債務者でもとりっぱぐれが少ないんですよ」
なるほど。単に脅せばいいってもんじゃないんだ。それよりもなによりも人間同士の関係性、客が貸した側の担当者をどう思うか。
そういった極めてパーソナルな面が、回収に大きく影響するのだなと思った。

営業の合間をぬって、清原さんの手伝いとして、主に常連延滞者への回収電話を掛けることもしていた。
営業の仕事には慣れてきた僕だったが、どうにも取りたてだけは慣れずにいた。
借金を期日に返さず延滞している人たちの方が、僕なんかよりはるかに上手でやっかいだったからだ。
取りたてでは頼りない僕になぜ清原さんは頼むのだろうか。
単に新人でなんでも頼みやすいといった理由だけではなさそうだった。

「いいか、とにかく大事なことはな、返済の遅れをこっちはものすごく気にしているということをまず相手に伝えること。
これが第一なんだ。すぐに返せるかどうかはいってみれば二の次の問題なんだな。
所詮、うちはこんな大きな立派な会社になっちまったから、手荒な取りたてはできないし、
実際に客の家を訪れる訪問回収もそんなに頻繁にはできない。
そうなるとどうしても電話での取りたてが多くなるんだけど、
やっぱり電話でいくらすごいおっかない声だしたって取りたてには限界がある。
でもね、返済が遅れている客には必ず毎日、連絡を取ること。これは絶対に怠ったらだめなんだよ。
返済が遅れてるのに1日でも電話掛ってこなかったらどう思う?<ああ、別にこの会社、あんまり気にしてないんだな。
俺一人ぐらい遅れたってどうってことないだろうって思われるのが一番やっかいなんだな。
だからね、俺が出張とかさぼりでいない時でも、誰か必ず電話を掛けておいてほしいんだよ。
別にそこで入金約束が取れなくってもね」
取りたてって暴力なんかより、心理戦というか頭脳戦なんだな。ほんと清原さんもよ〜く考えていろんなことをしている。

「サラ金のCMとかで、いつも身近なパートナーだとかいつもあなたのそばにいるなんちゃらとか、
かわいいおねーちゃんだして宣伝してるけど、ようは貸す時も貸した後も、
いかに客がうちの会社を身近に感じさせるかがポイントになるんだな。借りる時は若いおねーちゃんを全面に押したて、
ここって親切に相談にのってくれる優しい身近な会社なんだなと思わせる。今度、借りて遅れようものなら、
いつもそばに恐い回収担当が目を光らせているっていう身近さを感じさせなきゃならない。
だからね、入金約束が取れなくても毎日電話を欠かさず掛けるんだな。
まさに、いつもそばにいるパートナーのごとくにね」

なるほど。ほんと清原さんは取りたてについてはプロだなと思う。感心させられることが多い。
そうやって取りたてについてのいろいろなことを聞けば、なるほどなと頭では理解できるんだけど、
じゃあ実際に、身近な存在感を客に電話だけでうえつけるために、
清原さんのようなきっつい電話をかけられるかといえば、やはり僕には無理だった。
何度電話を掛けても慣れないし、未だに抵抗感がある。

「貸した金が会社の金じゃなくて自分の金を貸したと思えば、自然ときつい口調になるし、
慣れないなんてバカなこといってられなくなるだろう」と、電話を掛ける時の気持ちの持ちようを教えてもらったが、
そう思ってみても、なかなかできるものではなかった。ただとりあえず電話を掛けただけで、
「早く返してください」「わかりました」みたいな簡単な問答で終わってしまうのだった。

いつまでたっても取りたて電話になれない僕に、清原さんは見るにみかねたのか、また新たなアドバイスをしてくれた。
「まったくしょうがねえなあ。これじゃいつまでたってもろくな取りたてできないし、手伝いにならんな。
仕方がないから、取りたての極意を教えてやるか」
「取りたての極意?」
「まあ極意っていうと大げさだけどな、最低限の基礎みたいなことだな。前にいったように、一番大切なのは、
自分が貸した金だと思って回収することだ。ただそう思っても、いざ電話を掛ける時になるとその意識を忘れてしまって、
ついつい事なかれ主義で、甘くなってしまう。客からなめられないためにどうするか。
もっといえば、俺みたいな威圧的な態度を電話でどう出すか。その方法を教えてやる」

「いや、でもそういわれても、やっぱりなんというか、もともとの人間の性格が違うから、
僕が何年やっても清原さんのような威圧的回収はできないと思います。やっぱり僕は回収向きじゃないんだと思うんですけど…」
「あのな、俺だって根っからの取り立て屋なわけじゃないんだよ。それに、取りたても営業もそうだけど、
すぐ仕事ができないのを性格の不向きのせいにするやつがいるだろう。そんなのはね、あまちゃんなんだよ。
プロじゃない。だったら金もらって仕事するなってことだよ。
でもやっぱり個人で仕事ができるかできないかに差が出てくる。それは性格の不向きの問題じゃない。
ようは役者になりきれるかどうかってことにすべてかかってるんだ」

「や、役者ですかあ?」
「そうだよ。なりきるんだよ。その仕事のプロに。特に取りたてはな。
誰もこの世の中に好き好んで毎日おいこら!いってるやつはどこにもいない。でもね言わざるを得ない。
仕事だからね。そんな時に、みんなね自分のパーソナリティ-を持ちこんじゃうからだめなんだよ。
自分をそのまま持ちこんでおいこら!取りたてやらなくちゃいけなくなるから、みんなしんどくて、
回収が嫌で会社辞めちゃうんだろう。そうじゃなくてね、取りたてする時はね、自分じゃない別の人間になりきるんだ」

「別の人間?」
「たとえば凶悪犯罪者の役をやる役者が本当に凶悪か?ずる賢い役をやる役者が本当にずる賢いか?
そうじゃないだろう。でも役者は迫真の演技でそれを演じるわけだ。それが仕事だからね。
だから別に役者がドラマで人を殴ったとしても、悪いとは思わないわけよ。わりきってるからね。
それが役だって。それが仕事だって。つまり取りたても同じことなんだよ」

「役者と同じってことですか?」
「いい、八木君が取りたての電話をする時に、自分のパーソナリティ-で掛けるから甘くなっちゃうし、
客のいいなりになっちゃう。でもね、取りたての電話を掛ける時は、八木という人格を捨てて、
取り立て屋という役になりきるんだよ。俺は人道無比な取り立て屋だ。恐いものなしの取り立て屋だってね。
もしドラマで取り立て屋を演じるとしたらおもいっきりおいこらわめくでしょ。
きっと。優しい取りたての演技なんかしないでしょ。それと同じことだよ。
取りたての電話を掛ける時は、役になりきるんだ。そうすれば俺のようにプレッシャーかけた電話を掛けられるようになる。
そんでもって電話が終わったら、演技は終わりだ。普通の自分に戻る。
そうすればね、自分が嫌な電話を掛けたとは思わないから。
いい、回収で嫌になるやつ、失敗するやつはみんな自分を持ちこんじゃってる。
だからだめなんだ。自分を持ちこまず役になりきるんだ。演技だから多少おおげさでもいい。
そういう気持ちでやったら回収を簡単に出きるようになるから」

なるほど、そういうことなのか。確かに清原さんのいっていることはよくわかる。
威圧的な態度をとって客に返せ返せというのは結構しんどいことで、電話終わってからも、
自分の中でそのことを引きずってしまうのだ。だから新卒で入った社員で取りたてばかりやっている人たちは、
それが嫌ですぐにやめてしまう。そうしないためには、自分を捨てて役になりきることという清原さんの助言は、
目の覚めるような素晴らしいアドバイスなのだ。
「わかりました。がんばってやってみます」といったものの、すぐにはうまくできないけど、心持楽になった。
嫌な電話を掛けているのは自分じゃないと。

相変わらず清原さんは、厳しい取り立て電話をかけている。
「おたく、うちの支払いなめとるんかい!今すぐ、銀行のキャッシュカード持って、
うちの会社に11万7524円きっちり振りこまんかい!」
「契約書の裏面しっかり読みなはれ!支払いが一回でも遅れたら、全額返済しますと書いてあるやろ!!
その契約書に実印ついてサインしたのはどこの誰なんや。あんただったらあんたが支払わんで誰が支払うんや。
子供みたいなこといってないで、金の方策考え、はよ入金せんかい!
明日入金できないようなら法的手段も辞さないで!!!」

僕には到底マネできないなと思う。それに清原さんのすごいところは「無茶苦茶なこと」をいっていないことだった。
確かに電話口での剣幕は鬼のような口調で、ちょっとやり過ぎで、違法といえないまでも、
お客を脅迫している電話じゃないかなと思われても不思議ではないが、ただ闇雲に脅し文句を並べているわけではなく、
ある一定のラインをひいて取りたてしているというのだ。

「まずね、八木君。勘違いしてる人も多いけど、ただ脅しの度合いが強ければとれるってもんじゃないし、
特にうちはこんな大企業になっちゃったから、取りたてが強引で騒がれるのが一番恐いからね、
きちんと法律の範囲内でやらなきゃいけない。まずね、貸金業法の決まりでね、1日に電話は2回までって決まってるから。
それ以上かけたら絶対だめだからね。あとね、かける時間ね。朝の8時から夜の21時まで。
絶対にそれ以外の時間にかけたらだめだから」
清原さんはその辺は厳密に守っているようだ。

「あとね、言葉だけどね、どこで働けとかそういうのはだめね。
たとえばまぐろ漁船で働いてこい!とかね、フーゾクで稼いでこい!とかね、そういう具体的な指示はだめね。
あと人格を否定するようなこともだめだからね。たとえば「だからあんたは仕事ができないんや」とかね、
「だからあんたはろくでなしなんや」とかね。事実だけをいうこと。
「遅れ何回しとると思ってるんや。ふざけるのもいい加減にせいや!
おたくの支払いが遅れてこっちは大迷惑しとるんや」。これ事実だからね、セーフね。
あともちろん死ねとかだめね。「生命保険かけてるんだったら死んで金返さんか」。
これ絶対だめね。こういうのちくられたらやばいからね」
いろいろ気を使ってるんだな。あの強引な取り立ての清原さんでも。

ちょうどその頃、ニチメイの「腎臓売れ!」「目ん玉売れ!」という回収が問題になっていたが、
取り立てのプロの清原さんからいえば「あれはバカだ」と一笑にふしていた。
「もうね、時代は変わったんだよ。今、サラ金の大手が恐がってるのは、昭和50年代のサラ金パニックみたいにね、
過剰取り立てがマスコミで騒がれて、客のイメージが悪くなって、良質のお客さんが離れていってしまうことなんだよ。
今、大手サラ金がもっとも金をかけてるのはコマーシャル費用なんだよ。
莫大な金額投資してね、内容のないほんわかおもしろCMを大量に流している。
莫大な制作費、有名タレントの起用、ナルシンゴルフカップだのCM以外にもあちこちのイメージ戦略を展開し、
広告費に金を注ぎまくっている。ようはね、イメージがすべてなんだよ。今のサラ金にとってはね。
取りたても重要だし、甘い回収は許されないけど、腎臓売れだの目ん玉売れだのって、
何にもこの業界のことがわかっていない、ヤクザ気取りのアホ企業だよ。ショーコーパンドもそう。
あそこは平気で夜中、どんどん戸を叩くってもっぱらの噂だけどね、今時そんな回収するの、闇金だけだよ。
大手のサラ金でそんなことするのどこにもいない。ましてニチメイもショーコーパンドも驚くべきことに上場企業だよ。
上場企業が闇金みたいなことやってる。彼ら頭おかしいんだよ」
確かに清原さんの取りたてはかなり脅し口調だが、腎臓売れといったような類の言葉は一切聞いたことがなかった。

「まあそれに、考えてもみろよ。たとえば200万円貸した客の回収のためだけにね、
社員が夜中どんどん戸を叩いたり目ん玉売れなんていって社会問題になって、
イメージダウンしたら、もうここ数年は立ち直れないよ。別に闇金だったらそれでいいわけよ。
それが商売なんだし、知名度があるわけじゃないし、そういうお客さんばっか相手にしてるんだし、
企業ってわけじゃないんだから。それを上場企業がやったらそりゃアホですよ」

なんだかますます取り立ての大変さがわかってきた。いろいろなことがある中でも、最大限のことをする。
もしかしたら営業よりおもしろい仕事なのかもしれないなとふと思った。
さぼり好きの清原さんだが、取りたてに関しては絶対のプライドを持っている。
俺が回収担当している限り、遅れは許さないという強い意志を持っているからなのだ。
清原さんから取りたて哲学講義を聞いた後、僕は随分客とねばって交渉できる回収電話をかけれるようになった。
脅しテクニックはまだまだだったが、役になりきるということを心掛け、電話をかけるときは清原さんを演じようと思ったのだ。

しかしそんなある時のこと。僕は清原さんから頼まれた常習遅れの真鍋さんに電話をかけていた。
もうこいつとは4日連続電話で話して「明日払う明日払う」の連続で、いっつもすっぽかしていた。
僕は堪忍袋の緒が切れ、感情的になってはじめて怒鳴ったのだった。
「あんたの明日はいつなんや!おちょくるのもいい加減にせいや。おい、いうてみいな?
あんたの明日っていうのは今日が5月15日だったら5月16日のことをいうかい?
それとも5月20日のことをいうんかい?明日もわからんのならもう一度小学校で勉強しなおしてこいや」
とまあこんな感じで、えんえんいっていたら、「へえ」「はあ」「ふう」と受け流していた客が、
いつもの態度と違う僕に驚き、反撃しはじめたのだ。

「八木さん、ひどいいいようですわな。いっとくがわしにはね、バックに右翼もついてるし、ヤクザもついてるんですよ。
そんなわたしにその口の態度でいいんですか?
八木さん、まだ若いでしょうに、血の気の多いやつらをそっちに向わせましょうか?」
おおおお、なんだこいつは。本当か?ウソに決まってる。で、でも、ちょっと不安だ。
僕はあわてて清原さんを呼び、電話を変わってもらった。

「はあん?右翼でもヤクザでもはよ呼びなさんな。あんた毎回そんなことばっかいうてて、
うちに連れてきたためしないやろ?つれてきても構わんから、そんな人脈があるなら、
彼らに金融通してもらえりゃいいんじゃないですか?それで全額返済してくださいよ。
なんなら私からそのヤクザの方や右翼の方にお話しましょうか?筋を守らん真鍋さんにほとほと困ってるので、
そちらのいいように処理してくださいって」

「な、な、なにー、お、わ、わ、わたしはほ、ほんきで呼べるんだぞ」
「だから早く呼んでくださいな。私はもう2年前からその言葉を聞いて首を長くして待ってますよ。
それでその方たちにお金貸してもらってうちとの縁をきれいさっぱり切りましょうや」
「そ、そんなこと…」
「奥さんに内緒の借金なんかするからですよ。このまま支払いが遅れるようなら給料差し押さえしますぜ。
そしたら奥さんに内緒っていうわけにいかないんじゃないですか?差し押さえなんかしたらすぐバレますよ。
あんた、右翼の街宣車より奥さんの方が恐いのと違いますの?」
「…」
「くだらん脅し使ってないで、はよ支払いできるてだてを早急にうちなさんな。
マジでこれ以上支払い遅れるようだったらキュウサシ(給料差し押さえ)するから。明日までしか待たんから。
右翼を呼ぶか奥さんにばれるかよう考えて、うちに対する口の効き方しなさんな!ガチャ」

さ、さすが清原さん。助かったなあ。でも恐かったな。
「八木君だめだよ、客のペースに載せられちゃあ。ちゃんと私の取りたてメモみてる?」
といって清原さんはこれまでの真鍋さんとのやりとりが記入されている回収メモを取り出した。
そこには、「真鍋は追い詰められると右翼の街宣車を事務所の前に行かせるだのヤクザの大親友がいるだのいうが、
もちろん来た試しはない嘘である。こんな時は「はよつれてこんか!」とこっちも開き直るのが一番。
ちなみに妻に財布を握られていて、妻に内緒の借金なので、その辺をつつかれると弱い」と書かれていた。
「ま、交渉してくるうちにな、どういう客かわかってくるけど、こうして誰が取りたてやってもいいようにね、
回収記録メモをしっかりつけてるんだから。八木君もそれを参考にしながら、今日の交渉記録もしっかりつけておいてね。

それにしても、サラ金がヤクザだのなんだのって脅しをちらつかせて客からむしりとるのではなく、
客がヤクザをちらつかせて債権者を脅すとは…。回収をしていると、一般的なサラ金のイメージとは逆転した現象にとまどいを覚える。
やっぱり悪いのは金を返さないのに開き直ってる債務者なのかな。
金を返さないたちのわるい客がいたら、確かに「腎臓売れ」とかいいたくなるよな…。







つづく