サラ金!

32:8月後半
8月は実に好調だった。MMMクレジット、不動産プランナーと新規の業者の紹介案件を立て続けに成約させた後も、
これまでの営業の成果が現れ、また新たな業者から問い合わせがあった。今度は千葉の業者からだった。
東京以外の首都圏は、営業をしてもあまり効果が薄いといわれ、東京中心しか営業を回っていなかったこれまでの社員と違って、
勢力的に埼玉・神奈川・千葉と営業をまわった僕にぽつぽつと案件を紹介する業者が現れたのだ。
確かに東京中心部に比べると金融業者の数も少ないし、地元に根ざした融資をやっている業者が、
不動産担保ローンの媒介なんてあまりやっていないのが実情ではあったが、自分のところでは融資できないが、
ナルシンに紹介して5%の媒介手数料が入ってくるならおいしいだろうと賢く考えた業者が、僕に案件を紹介してくれたのだった。

今回、紹介してくれた千葉のチバファイナンスもそんな業者の1つだった。
話を聞くとそこは千葉県オンリーで主に小口融資、500万円ぐらいまでなら不動産担保融資もする、古くからの町金だった。
大手サラ金になると非常に融資形態がシスティマティックされていて、
不動産担保ローン商品だのキャッシング商品だの保証人ローン商品など、なんでも細かい規則を設けた「商品」にならなければ、
お客さんの個別事情に応じて好き勝手に融資することはできないが、古くからの町金は違う。
そんなこといってお客さんを選ぶことはできないし、派手な宣伝をうつこともできないかわりに、
逆に地元密着で相談されたらできる限り融資できるように融通をするのが町金の良さだと、
チバファイナンスの社長は僕に語って聞かせてくれた。

「いわば借金総合相談所みたいなわけよ。不動産担保ローンやりますって大々的に宣伝しているわけじゃないけど、
お客さんのケースバイケースに合わせて、担保融資でうちのリスク負担がヘッジできるならそういう融資もする。
保証人融資だってする。利息なんて何の決まりもない。お客さんごとに私が長年と経験のもとに決めるわけだな。
金額も融資条件もそうだ。とにかくうちに相談しにきた客はどんな形でも融資したいわけよ。
それが大手ではない地元に根ざした金融屋さんのいいところでしょ。ただそうありたいと思っても、
うちじゃどうしても融資できなさそうなお客さんもいる。それをもしナルシンさんでやってくれるならありがたいわけよ。
うちらとしても集客したお客さんの面倒を見て上げられることになるし、おまけに媒介手数料まで入ってくるし。
うちはね、来たお客さんを大事にしたいわけよ。あそこいったら断られちゃったじゃなくってね、
自分のところでは融資できない場合でも融資できる方法を考えてくれたっていう、そういう評判をずっと大切にやってきたからね。
それで今回、うちでどうにも手に負えない案件をナルシンさんがやってくれるなら助かるなと思ったんですよ」

そういってうちの紹介してくれるのはありがたいが、何でも融通がきく地元の町金で手に負えない案件をうちでできるのだろうか。
「まずね、うちでできない理由として、希望金額が1000万円なんですよ。
うちみたいな町金では1000万円はあまりにリスクが多き過ぎてね。それでナルシンさんに融資してもらったらなと思ったわけですよ」
なるほど、そういうことならよさそうだ。確かに地元の小さな町金が、1000万円もの融資を行うだけの資金力があるかといえば疑問だ。
無理すればなんとかなるのだろうが、もし万が一その融資がこけたら、客が潰れる前にその町金が潰れてしまう。
金を貸すっていうのはそういう恐さがある。

「それとね、案件が調整区域なんですよ。うちもさすがに調整区域で1000万円はきついなと思いましてね。
でもきっと評価は出ると思いますよ。調整区域で1000万円でも評価が出れば大丈夫ですよね?」
「ええ、大丈夫です。そうしたら担保の資料送ってもらえますか」
物件は千葉郊外の市街化調整区域内の物件だった。住宅地図を送ってもらったが、見事に田んぼ畑だらけ。
そこにぽつんぽつんと何軒か農家が建っている。その1軒だった。敷地面積は200坪。
公示価格では坪20万円程度。単純計算すれば200坪×20万円で4000万円の評価だ。
でもこんな田舎で4000万円で誰が買うのかといわれたらそれまでだ。
とはいえ車で10分ぐらい走れば調整区域を外れて市街化区域になるから、まったく評価対象にはならないということはないだろう。
こういう場合の机上評価の仕方は、単純に敷地面積×坪単価ではなく、グロスでいくらぐらいで売れるかという評価で考える。
公示価格は参考にしかならないので、地元の不動産屋に聞いてみるのが一番だ。
近くの不動産屋を電話帳で調べて、電話をかけてこの付近で200坪ぐらいの一戸建て物件の相場を聞きたいというと、
大概のところは教えてくれる。不動産屋にとっては、もし融資後、客が支払えなくなって担保を売らざるを得ない場合、
商売につながる可能性が高いからだ。

「そうですね、2000万円ぐらいなら地元の人が買うかもしれませんね」
何社か電話で聞きこみをすると、一番少ない金額評価をしたところでも1500万円。
だいたいあとは2000万円前後という評価が多かった。
かりに一番低い1500万円という評価をとった場合、調整区域で1番抵当で融資できる掛け目は60%なので、900万円ということになる。
2000万円という高い評価をとれば希望の1000万円は掛け目50%で余裕だが、
万が一、審査が1500万円という最低評価をとった時のことを考え、900万円で融資がまとまるかどうか、資金使途が問題になる。
「資金使途自由」とうちの宣伝には書いてはいるものの、しつこく使途を聞くのはこのためだ。
果たしていくらあれば必要は使途が満たされるのか。
それによって極力金額を低くしてリスクを減らしたいというのが審査部の考え方なのだから。

はじめに希望的観測をして、評価が2000万円なら1000万円は十分だろうなんて思っていると、
きっと後で痛い目にあい、あれこれ動いた挙句、最後の最後でまとまらなくなるなんてことになりかねない。
せっかく新しい業者から案件をもらったのに、最後の最後でもめて、
佐藤金融のようにもう今後、案件が紹介されなくなってしまったら意味がない。
厳しい評価だが1500万円で考え、900万円で融資がまとまるかどうか、チバファイナンスに聞いてみた。
「900万円ですか?それはちと厳しいですね。資金使途の内訳は、
今、1番抵当でついているゴーゴーファイナンスの借り入れが600万円、
サラ金が250万円、それとナルシンさんの手数料・費用で50万円ぐらいですかな。あとうちの手数料5%で約50万円。
とすると最低でも950万円ですね。ですから1000万円でなくてもなんとか950万円は欲しいですね。
サラ金は全部返済が絶対条件なんですよね?」

「そうなんです。うちは基本的にサラ金の借り残しはだめなんですよ。
もしかしたら1000万円ぐらいですかもしれませんが、最悪のことを考えていた方がいいので、
多分900万円と考えておいた方がいいでしょう。あとはお客さんの職業によるんですけど…」
「ああ、職業ですか。よくないね。トラック運転手だよ。一応、地元の中小企業勤めだけどね。
月収40万円あるけど、ナルシンさんだってトラック運転手は「いい職業」部類ではないでしょ?」
まさしくその通りだった。サラ金借り入れに際して、職業の貴賎は厳然としてあるのだった。
公務員がいい、大企業がいい、自営業者よりサラリーマンがいい、契約社員より正社員がいいといった大枠の区別から、
職業別にランク分けがされているのだ。
その中でもタクシー運転手やトラック運転手などは、一般の職業より悪いランクに位置していた。
時間が不規則であること、事務所勤めではなく移動仕事なので捕まえにくいこと、離職率が高いこと、
なぜかこの2つの職種は統計学的に見ても借り入れる人が多いことなどから、サラ金業界ではどこも悪い評価しかされないのだった。

「連帯保証人とかつかないですよね」
「多分無理でしょう」
う〜ん、まいったな。せっかくあと50万円あれば融資できるっていうのに、
たったそれだけのために貴重な融資案件1件を取り逃がしたくはない。
でも担保評価は市街化区域ならともかく調整区域なので厳しく見ておいた方が無難だろう。
それにこの属性ではまず増額は難しいだろう。
だいたい現に850万円ものサラ金の借金を抱えているという時点でマイナス評価なのだから。
でもまた無理してやって、媒介手数料が出なかったなんてことになると、大変なことになる…

どうしようか僕が返事に困っている時、チバファイナンスの社長が思わぬ発言をした。
「じゃあ、いいですよ。できるだけ950万円出れば望ましいですけど、900万円しか出なかったらそれは仕方がないでしょう。
私もあと50万円のために案件流してしまうのはもったいないですし」
「で、でも、もし900万円しか出ない場合は媒介手数料がゼロになってしまいますけど…」
「別に融資時に入らないだけで、お客さんとは借金ってことで、媒介手数料を何回か払いにさせますよ。
別にそれだったら御社でも問題にならないでしょ?」

それは願ってもない申し出だった。しかしそんなことでいいのだろうか。
どこの媒介業者も融資時に手数料が入らない限り融資をしないのを基本にしている。
あとで手数料を分けて払えなんていったところで、回収できるかわからないし、面倒になるからだ。
「その代わり、1つ条件があるんですが。ナルシンさんで担保設定終わったら権利証がナルシンさんのところに戻ってきますよね。
その時にね、権利証をお客さんでなく、うちにいただけるようにして欲しいんですけど」
融資後、登記が終わったら抵当権が設定された登記簿謄本と根抵当権の設定契約書、そして権利証が法務局から司法書士宛てに戻ってくる。
それがきちんとなされているかどうか、チェックのために司法書士からナルシンに戻ってくる。
そこで問題がなければ権利証をお客さんに返すという流れになっているのだ。
その時に、お客さんにではなくチバファイナンスに権利証をよこせというのだ。

「それは、ちょっと無理ですね。お客さんの権利証をこちらが勝手に第3者に渡してしまうことはできないと思うんですけど」
「あ、そうですよね。じゃあこうしてください。権利証が法務局から戻ってきてお客さんに返す時にうちにも連絡ください。
私とお客さんと2人で権利証を取りにいきますから。ナルシンさんは権利証をお客さんのところに返してもらえればいいです。
そこで私はお客さんから権利証をもらいますので」
一体なぜそんなことを?
「金銭の貸し借りだったらね、賃貸契約書結んでやればいいんですけどね、手数料の支払いとなると、
あとでややこしいことになって、やっぱり払わないなんて言い出したら困りますしね、
それで一応、手数料をきちんと支払うまではうちで権利証預かりにしておいて、
委任状かかせてプレッシャーかけておこうかなと思いまして。
まあそこまでしなくても大丈夫かとは思いますけどね、ナルシンさんに毎月の返済もあるわけですから、
うちの手数料が融資時にとれないとなると、あとできちんと支払われるかかなり疑問ですからね、
そのぐらいのリスクヘッジはさせてもらわないと思いまして」

なるほど。それにしてもすごいこと考えるよな。確かにうちで担保融資をしたら、
担保でナルシンから900万円借りたことが信用情報に登録されるので、
その時支払えなかった手数料をサラ金から借りて支払うというのは難しいかもしれない。
しかしそれにしても手数料50万円でもそこまでのリスクヘッジをかけないと回収が困難になるほど、
厳しくお客さんを見ているのだなということに驚いた。
「当たり前ですよ。だから他の媒介業者さんは、融資時に手数料がでなければやらないんでしょう。
融資してしまったらあとは知らんなんてことになっても困りますしね。無論、きちんと媒介契約書も結んでおきますけどね、
いくら契約書結んでいようが、客に金を支払わせるための実行力の裏付となるものがないと、
客っていうのは楽な方楽な方に逃げますからね。うちから借りた借金の返済ならともかく、融資の手数料となると、
面倒になって後回しされる可能性が強いですからね」

なるほど。さすがは町金だなと思った。回収困難になってしまわないように、事前にしっかり担保代わりとなるものを取っておく。
僕はこの業界に入って日が浅いが、債権回収のために慎重な保全や審査をしているのは、銀行なんかではなく、
サラ金や町金なんだという常識に気づきはじめた。彼らはお金を貸すことに対するリスクを知りぬいているからこそ、
リスクの高いお客に対しては徹底してとりっぱぐれがないような措置を二重三重に張り巡らしておく。
本当は銀行がそういうことをきちんとやっておけば、不良債権の問題なんか起きなかったはずなのに…。
そんなことを思いながら、チバファイナンスが媒介手数料が融資時にとれなくても、
そういうイレギュラーな方法でなんとか対応してくれる姿勢はうれしいと同時にすごいなと感心していた。

なんとかそんな親切な業者の期待に応えたいと思い、少しでも金額アップが望めないかと思っていたので、
僕はあまり好きではなかったが、営業担当者の言うことを聞く、超あまい評価で有名な生島鑑定士を使うことにした。
案の定、依頼する時から、「八木さん、いくらぐらいがお望みですか?」とすりよってきた。
まだ社会人になったばかりで駆け引きや汚い世界に慣れない僕にとっては、どうにもこのすりより方が嫌でならなかった。
清原さんや蓑田主任はこの鑑定士を重宝していて、ことあるごとに使って、「あの鑑定士はいい!」と絶賛していたのだが…。
表立って営業担当者が不動産鑑定士に評価金額を指示することはしてはならないことだった。
無論、その辺は他の社員もわきまえていたし、生島鑑定士もわきまえていたので、あまりにも不自然な評価はしなかったが、
それでも、別にこちらから指示しなくてもあまめに評価をしてくれるので、ありがたがられていた。
掛け目がギリギリの場合に、やたら厳しい鑑定士に依頼してしまうと案件そのものがぼつってしまうことになりかねないからだ。

「というか、生島先生はこの案件、どのぐらいの金額でお考えなのですか?」
とこちらから質問する。
「う〜ん、どうでしょう〜。そうですね〜、2500万円ぐらいでどうですか?」
「…」
2500万円はちと高すぎではないか。そんないい加減な評価をしていたら逆に審査から信頼を失ってしまうのではないか。
ところが僕があまりの高い金額に驚いて黙っていたのを、生島鑑定士は評価が厳しすぎると思われたと勘違いしたのだ。

「すみません。安すぎましたね。い、いまのは冗談です。八木さん。怒らないでくださいよ。
う〜ん、へ〜と、そうですね〜。3000万円ぐらいの評価でどうでしょう?そ、そ、それでもだめですか、だめですか?」
あまりに飽きれてものがいえない。こちらから具体的な金額を指図することはできないので、
「不動産屋に聞きこんだらだいたい2000万円前後っていってましたけど…」と教えてあげた。
「あ、あ、そうですよね。いくらなんでも私もね、3000万円は高いんじゃないかと思ってました。2000万円前後ですね。
それでよろしいですね。わかりました。そのぐらいの金額で明日には鑑定書作成してお送りいたしますので」

評価が甘いという欠点はあるものの、生島鑑定士の大きな利点は早いということだ。
うちが資料集めや物件調査を済ませているのに、ちんたらやっている鑑定士の鑑定書が遅いせいで、
審査に稟議があげられないということが起きてしまう。その点、生島鑑定士はどんなに忙しくても必ず翌日仕上げてくれる。
その点は多いに評価してもよい鑑定士だった。

申込や物件調査を終え、生島鑑定士の2000万円という鑑定書をつけ、審査に稟議をあげる前に店長にチェックしてもらった。
「生島鑑定士か。やっぱり随分甘いね。この調整区域の物件で2000万円の評価で大丈夫?八木君」
「不動産屋に聞きこみしましたが、どこも1500〜2000万円の間といった回答でした。よくて2000万円という感じだと思います。
1500万円までいくといくらなんでも下げすぎかなという気はしますので、1700万円ぐらいが妥当かなって思います」
「1700万円なら掛け目60%で希望の1000万円には届くのか。ただね、最近、審査部でも担保評価の仕方が厳しくてね、
特に生島鑑定士はいい加減だって評判がたってるみたいで、まず2000万円の評価をもとにして計算はしてくれないだろうな。
もしかしたらね、生島鑑定士への依頼禁止っていう判断が審査部で下されるかもしれないから、八木君、今度からは違う鑑定士使ってね」
ということで稟議をあげたが、案の定、審査は一番低い可能性である1500万円を審査の担保評価とし、
希望金額1000万円は出ずに、やはり当初心配していた通り、900万円で決裁がおりた。

「八木君、ちょっと!900万円じゃね、媒介手数料でないんじゃない?
またね、佐藤金融みたいにもめるのはごめんだよ。これで大丈夫なの?」
店長に、事前に業者と万が一、手数料が融資時に出なかった時の場合のことを説明した。
「なるほど、その業者、賢いね。どこの業者?」
「千葉の新規の業者です」
「よし、じゃあ900万円で正式な決裁出してもらうよ。あとでやっぱり増やしたいってことはできないから、念のため業者に確認しておいて」

チバファイナンスは、希望額通り出ることを少しは期待していたようだが、当初話しあっていた通りになったので、
それほど落胆もせず、仕方がないので、くれぐれも権利証を返却する時に、うちを呼んでくれればそれでいいと納得してもらった。
そのおかげで決裁後、スムーズに融資を行うことができた。
やっぱり事前に厳しい見方をしていた方が、あとでもめずに佐藤金融の時のように後味が悪いことにもならず、気持ち良く仕事が終われた。
でもこういう風に問題を先回りしてスムーズに案件進行ができるようになったのも、これまで失敗を重ねてきたからだろうなと思った。

こうして8月は新規業者3社開拓し成約まで至り、3件1600万円の成績をあげたのだった。
金額は少なかったものの、自分で営業を回った先から融資にいたったことがこれほどうれしいとは思わなかった。
ちなみに評価の甘いことで有名だった生島不動産鑑定は、審査部から信用できないとのことで取引停止になってしまった。







つづく