第一章:サラ金見習い修業
1:うちの仕事はなあ、たばこみたいなもんや
「八木君、ちょっといいかー」
社会人として初出社の日。教育担当と紹介された岡田先輩が僕を応接室に呼び出した。
僕は何を思ったか、俗に言う「サラ金」会社に勤めることになった。
バブル崩壊後、銀行や生保、証券会社が続々と倒産したり不祥事が報道される中、
不景気にもかかわらず金融業で驚くべき成長を遂げていた消費者金融業界。
給料も高く、新卒の採用にも積極的で、毎年右肩上がりの成長で、全国に出店ラッシュのために昇進も早い。
特にやりたい仕事がなかった僕にとっては、
給料が高く昇進も早そうな、しかも今まさに成長途上の「サラ金」こそ、うってつけの就職先だった。
「これから八木君の教育担当となる岡田です。よろしくなー」
関西の人らしい。職場の中では一番年が近いだけに親近感がもてる。
まじめそうで、頼り甲斐のあるお兄さんといった感じだった。
「ところで八木君、この仕事のこと、どう思う?」
うーん、この仕事のこと?サラ金という仕事について深く考えたことは正直なかった。
ただ世間で言われているような、一般的なサラ金批判説は受け入れがたかった。
やっぱり借りたものは返す。これが当たり前のことだと思う。でも僕にとって仕事の中身など何でも良かった。
実力があれば、年功序列ではなくすぐに昇進できる。給料がいい。金融会社だから基本的に土日は休み。
自分が働く環境としてしか仕事を考えていなかった。仕事の中身は余程いやなものでなければ何でもよかったのだから。
僕が返答に困っていると、岡田先輩は自ら口を開いた。
「八木君な、これから仕事していくうちにいろんな経験するんと思うけどな、
うちの仕事はな、このたばこみたいなもんやー」
岡田先輩は吸っているたばこを頭上にかざして、ぷはーと煙を吐いた。
「たばこの吸い過ぎはよくないから何度も禁煙しようとするんやけど、どうしてもできんのや。
しばらく禁煙してもまた吸ってしまう。そのうちだんだん吸う量が増えていくんや」
サラ金の仕事とこのたばこの話が、はたしてどう結びつくのだろうかと、僕は黙って岡田先輩の話を聞いていた。
「いいか、八木君。この仕事、サラ金はな、このたばこといっしょや。
少しだけうまく使って借りるのはいいんや。でもな、そのうちやめられんようになって、どんどんエスカレートしていくんや。
自分でちゃんとコントロールしないとな、大変なことになる。たばこと同じや。
適度に吸う分にはいい。でもな吸い過ぎたらあかんのや。金借りるのもいっしょや。
借りすぎたら体に悪くなるばかりか人生おかしくなるんやで」
僕がこれから仕事をするお客さんというのは、そんなにひどい人たちばかりなのだろうか。
今の時代にお金を借りるのなんて、生活費のためではなく、ちょっと遊び金が欲しいから借りる程度のことだと思っていたが、
先輩の話を聞くとなんだかすごそうだ。
「世間ではサラ金サラ金いうてうちみたいな会社を悪くいうけどな、たばこといっしょでサラ金は必要悪なんやで。
そのことをこれから八木君はよう覚えておかんとあかん。ほんとは悪いもんだけど、必要なものなんや。
必要としている人がどこかにいてる。だから商売としてなりたつんや。
いいか、金貸しはな、必要悪なんや。八木君な、しばらく仕事を続けていくと、
『俺の仕事って社会の役にたってんだろうか』と思うかもしれん。だけどな、金貸しは『必要悪』なんや。
本当にあくどい商売やったらサラ金の仕事なんか社会からなくなってるし、こんなに右肩あがりで成長せんはずや。
たとえ『悪』でも必要とされている限り、社会からはなくならない必要とされている仕事なんやで、金貸しは」
『必要悪』・・・。
別にわかっていたことだったが、やっぱりサラ金の仕事って辛いのかなとちょっとショックを受けた。
自分の給料さえよければ何でも仕事はいいと思って就職したものの、
社会で長く仕事を続けていくには、やはりそれだけの動機ではだめなのかもしれない。
『必要悪』の『金貸し』を仕事として僕はこれから働いていく。
一体この先何年この仕事を続けられるだろうか、不安になった。
僕より1つしか違わない岡田先輩のわずか10分足らずの話だったが、
現場の第一線で仕事をしている人の言う言葉は違う。すっごくリアルだなと思った。
こうして僕の社会人生活、サラ金勤め生活が始まったのだ。
2:毎年最下位東京店
岡田先輩からの金融業としての洗礼を受けると、朝9時の始業時間となり、朝礼が始まった。
全員が起立しての朝礼。30〜40才の男ばかりが10人ほど立ち並んでいた。
「おはようございます!」
「おはようございます」
気合の入った挨拶から始まる・・・と言いたいところだが、今日、朝礼担当の岡田先輩の挨拶だけが元気よく、
あとはどこか投げやりな挨拶だった。
「なんだ、その挨拶は?岡田君、悪いけどもう一回挨拶からはじめて!」
柳田店長が朝から怒りをあらわにして全員を怒鳴った。挨拶のやりなおしなんて、なんか小学校みたいだ。
やり直して変わったとも思えない覇気のない挨拶が終わると、岡田先輩は先月の営業成績を読み上げた。
「3月トータル契約件数14件、融資総額1億6550万円、融資残高伸びが7820万円・・・」
僕は営業なんだ。毎日営業成績と闘うサラリーマンとなったのだということを、この場にいるとひしひしと感じた。
ひょっとして僕は大変な仕事を選んでしまったのだはないかと、今更ながら不安がよぎる。
店の中にはでかいいホワイトボードに営業成績の個人別グラフが描かれていた。
こんなもの、ドラマの世界だけで、今時の会社ではないと思っていたが、
やはり営業の部署ではこういった最も原始的な方法で、社員を喚起させているのが実態なのだ。
(それにしても、これは見世物だな)
グラフにして成績を図示されると、できない人とできる人の差が驚くほど明確になる。
僕はぼーとそのグラフに見入っていた。このグラフにこれから僕の名前も加わるのだ。
「では、柳田店長、よろしくお願いします!」
岡田先輩が営業成績の発表を終えると、店長の話が始まるらしかった。
「おはようございます!」
眼鏡を掛けた細身の店長だが、その狡猾そうな表情は、
営業店の店長として、常に数字に追われる立場を物語っているかのようだった。
「まず、岡田君から先月の営業成績の発表があったように、先月はみなさん、よくがんばってくれました。
しかし残念ながら、前半の不調がたたって、
札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・福岡の全国6店舗の不動産担保ローンの店の中で、
半期トータルの成績では最下位。この成績を持って、今週の土曜日に本社に会議に行きますが、
東京店の営業不振に対しては厳しく部長・課長からもつっこまれると思います。
もう終わったことは何を言っても仕方がないですが、半期の反省を各個人しっかりして、
特に成績の悪かった人は、自分が何が悪かったのか十二分に反省して、
また今日から新しい半期がはじまりますのでがんばってもらいたいと思います」
6店舗中最下位?
この東京店はそんなにへぼいのか。まいったな。こんな店に配属されてしまって。
「ところで、今日からこの東京店に新卒の社員が配属されることになりました。
不動産担保ローンの店に新卒社員が配属されるのは、はじめてのことです。
それだけ社長は不動産担保部門に期待しているのです。
いち早く戦力になってもらって東京店の一員として活躍してもらいたいと思います。では、八木君!」
「ハイ!」
緊張の面持ちで僕は挨拶をした。
「今日からこの店に配属されました八木と申します。早く一人前になって、
仕事ができるようがんばりたいと思いますので、よろしくお願いします!」
テキト−に就職したとはいえ、いちよはじめての社会人生活である。
入ったからにはがんばろうと、僕は熱血漢には程遠いが、それでもはじめての挨拶だからと自然と気合が入っていた。
「パン、パン、パン」
ぱらけた拍手が、2、3回ならされる。店長と岡田先輩だけが、新入社員を歓迎し盛り上げようと、
拍手を必要以上に大きく叩いてみたが、そんな態度がここでは妙に浮き上がってしまう。
そこに居合わせた他の社員は、自分には何の関係もないっといった態度で、無関心を装っていた。
「では、これで朝礼終わります。今日も一日よろしくお願いします!」
「ねがいしま〜す」
なんだ、この腐敗しきったムードは。毎年最下位で、向上心のない中年社員ばかりが集まった店。
僕はこんなところに配属されて、果たしてやっていけるのだろうか。先行きの不安ばかりがよぎった。
3:金融業は性悪説や
「八木君、ちょっと来て」
朝礼が終わると、今度は柳田店長から応接室に呼びだされた。
店長から事務的な手続きのことやら、この店のこと、そして社会人としての心構えの話があった。
さっきの岡田先輩の話に比べると、幾分常識的な話にほっと安心した。
そんな話の最中に電話が鳴った。何回鳴っても誰も取ろうとはしない。店長は業を煮やして、自分で電話を取った。
電話を取ると、みるみる店長の形相が変わっていった。
「八木君!女性から電話!」
店長は恐ろしい顔をして、店全体に響き渡るように叫んで、僕に電話を取り次いだ。
口をとんがらかし、あごをしゃくりあげ、目をひんむいてにらみつけた。
後から先輩社員に聞いた話だが、その表情から、店長のあだなは「ひょっとこ」と呼ばれているらしい。
その形相はすさまじいものがあった。
でも、そりゃそうだ。はじめて職場に来たその日に、新入社員の分際で、
個人宛ての電話がしかも女性から掛かってきたら、誰でも怒るだろう。
遠くで岡田先輩が心配そうに僕を見つめていた。この出来事に他の先輩社員もニヤニヤしながら事の顛末を見守っている。
しかし僕には身に覚えがなかった。ここの職場の電話番号を教えたのは父親しかいないのだから。
女性から掛かってくるはずはない。一体誰からなのだろうか?僕は緊張しながら電話を取った。
「八木さんでしょうか?」
「ハイ」
「日本クレジットと申します。この度はクレジットカードをお作りいただきありがとうございました。
在籍の確認を取らさせていただきました。それでは失礼します」
なんだ。クレジットカードを作った確認の電話だったのだ。
社会人になったから、クレジットカードの1枚ぐらいは持たないといけないかななどと思って、つい先日カードを作ったのだ。
その時、申込書に職場の電話番号を書いたのだ。
柳田店長はそれを察したからか、何も言わずに応接室から出ていった。
まったく、まいったな。ついてない。会社生活初日だっていうのに。しかもよりによって店長が電話を取ってしまうなんて。
「八木君、どこから電話やったんや?」
岡田先輩が心配そうに声を掛けてくれた。柳田店長こと、ひょっとこ店長の目をひんむいた態度が気になったのだろう。
なんといってもこのサラ金業界の離職率は異常に高い。
せっかく新卒社員がこの部署に来たのに、すぐ辞めてしまったら会社にとっても社員にとっても不幸でしかない。
そんなことを心配してか、教育担当に任命されているだけあって、責任感の強い岡田先輩は、兄貴のように僕を気遣ってくれた。
「もう、びっくりしましたよ。クレジットカード会社からだったんです。この前、社会人になるからと作ったカードだったんです。
その時にここの電話番号を書いたんです。女性からって店長が言うから、ほんとびっくりしましたよ。
ここの電話番号知ってるの、親しかいないはずですから」
「なんや、そうやったんか。よかった。よかった。それにしても笑い話やな。
初出勤の日に在籍確認されるとは、金融業のお株を奪われたな。はっはっは」
「笑いことじゃないっすよ。もうほんと迷惑な話ですよ。
会社名も名乗らず、若い女性から掛けてきたら、そりゃ、店長だって怒りますよ」
「なんでカード会社が会社名を名乗らず掛けてきたかわかるか?」
「いやがらせですか?」
「違う、違う。これからうちらの仕事でもあるんや。『在籍確認』いうてな、
その人がちゃんとその会社の勤め人であるかどうかを、金融会社が確かめるんや。
なぜ個人名で掛けてくるかいうと、プライバシーの保護のためやな。
あの人、あそこのクレジットカード持ってるんだとか、
あの人あそこのサラ金から金借りてんだと職場にばれてしまったら、困るやろ。
そやから必ず個人名で職場に電話を掛ける。これをしないで会社を名乗った場合は、
第三者への情報開示にあたり法律に違反することになるんや。これこそ、まさにうちらの仕事なんやで。
お客から申し込み受けて勤務先書いてもろうたら、個人名で職場に電話掛けて在籍確認するんや」
「そうだったんですか・・・」
サラ金勤務初日に、女性の個人名で電話が掛かってきて店長の信頼を失うという、まったく情けないスタートとなったのである。
それにしても、社会っていうのはいろんなことするんだなと思った。
「いいか、八木君な。この話のついでに金融業の鉄則教えてやるわ」
「鉄則?」
「そうや。八木君は、人間のことどう思う?」
「人間のこと?」
金融業の鉄則に哲学まで必要なのだろうか。「人間のこと」と突然聞かれて、僕は何と答えたらいいのか見当もつかなかった。
「つまりな、性善説か性悪説かってことや。ようは、人を信じるか、信じないかってことや」
性善説に性悪説?岡田先輩、僕の一つ年上でしかないのに、やけに難しい話をする。
なんでそんなギリシア哲学みたいな話がサラ金に関係があるんだろうか。
「いいか、八木君な。金融業の鉄則はな、性悪説や。人を疑うことからはじめる。
客を疑うことからはじめるんや。それが金貸しの商売哲学の基本中の基本なんや」
「あー、はい」
「客は金借りるためには平気で嘘つきおるんや。
たとえば勤務先にしても、名刺や給与明細書いくらでも偽造して騙したりするんや。
この人いいとこの勤めだと思うたら全然違うなんてことになったら、えらいことや。
だからな、わざわざ在籍確認いうて電話掛けて確認するんや。
そうやって客の言ったことがほんとかどうか、この目で確かめ、書類で裏付け、確かめる。
そうやって客の言ったこと一つ一つ疑ってかかっていくんやで。これを忘れたらあかんで」
この仕事何年も続けていたら人間不信になってしまいそうだ。
僕はとんでもない職業についてしまったのだろうか・・・。
4:中堅会社の秘策
僕が勤めることになったナルシンファイナンスは、消費者金融業界の中で中堅だった。
ばんばんテレビコマーシャルをやっている大手会社より規模も融資残高も劣っていたが、
業界全体の追い風を受けている中でもひときわ成長著しい会社だった。
大手消費者金融は3000人規模の大会社になっていた。いくらポスト不足とはいえもう飽和状態だ。
これだけの規模になると大企業病も出てくるだろう。
それならまだ500人しかいない中堅の消費者金融会社で、これから急激に伸びるであろうこのナルシンにしたのだ。
このまま成長を続ければ10年後には、ポストも給料も大手に勤めるよりはるかに跳ね上がっているだろうと踏んだのだった。
全国に100店舗、無担保ローンの店があり、その他に無人機の「ナルシスくん」のみの店が30店。
そして僕の配属された不動産担保ローン専門店が6店あった。
中堅会社として大手に追いつけ追い越せを掛け声に、全社的にすさまじい成長を遂げていた。
その中で大手企業に追いつく秘策として考えられたのが「不動産担保ローン」である。
無担保ローンで地道に営業活動を続けて融資残高を増やしていっても、到底大手会社にはかなわない。
そこで一挙に融資残高を伸ばす大口融資商品として不動産担保ローンを開発したのだ。
無担保ローンは通常50万円までだが、不動産担保ローンは最低100万円から上限は3億円までという大きな融資だ。
2年前まで東京と大阪の2店舗しかなかった不動産担保ローンの店を、昨年になって札幌・仙台・名古屋・福岡と4店舗増やした。
そこで人手が大幅に不足しているので、中途採用で銀行出身者などを続々と入れた。
そして今年、はじめてこの不動産担保ローンの店に、今後も力を入れて行くために、
はじめて新卒の社員を配属することとなったのである。それが僕だった。
5:電話取りが営業マンの基本やで
配属されてから一週間、僕の仕事はまずそうじから始まる。
始業時間30分前にくると、そうじきがけと机ふき、トイレそうじはすべて新人の僕の仕事であった。
僕が入る前はパートのおばちゃんがいてそうじをやっていたそうだが、辞めてしまったそうだ。
いつも営業成績最下位で、腐敗ムード漂うこの店に、嫌気がさしてしまったのだそうだ。
最下位ということもあって、本社の営業部長から東京店はパート廃止を命じられたというのだ。
それでそうじも社員の仕事になったが、ちょうど入ってきた新人にこの仕事がまわってきた。
「おー、八木君、おはようー。よう気合入れてやっとるなあ。なんか、まるで青木雄二の『なにわ金融道』の灰原君みたいやなあ」
「『なにわ金融道』って何ですか?」
「八木君、知らんのか?マンガやけど今の社会の実態に基づいた超リアルな金融物語や。
あれは読んどかんとあかんよ。結構ためになるからな。
そうそう、そこに出てくる主人公の灰原君いうて、彼も新人で入ってきてまじめにそうじからはじめるんや。
その姿に似てるっていうことや。ってことは俺は灰原君の先輩の桑田っていうところか」
「はー」
そんなマンガがあったなんてこれっぽちも知らなかった。これは読んでおかなければ。
こうして僕の仕事はそうじからはじまるが、別にそんなに嫌だとは思わなかった。
その分、新人見習い期間として営業のノルマを課せられていなかったからだ。
僕が入社してから3日後、経理を担当していた唯一の女性社員が辞めてしまった。そのため客が来るとお茶を出すのも僕の仕事となった。
別にそれも嫌ではなかったが、女性社員がいなくなったことで最も嫌な仕事は電話取りだった。
とにかくみんな早口で聞き取れない。特に電話が掛かってくる取引先の紹介業者や、融資した債務者は、
みんなひとくせもふたくせもある人ばかりで、担当者につなぐ前にわけのわからないことを言われて困ることが多々あった。
なぜか誰もが殺気だっている。慣れない電話の取次ぎをしようものなら、すぐ文句を言われるのだ。
「八木君、電話応対もできんでどうする?電話取りは社会人に基本中の基本でもあり、
特に営業マンたるもの電話応対やすばやく取ることは当たり前やで。いいか、ちゃんと電話取れるようにならんとあかんよ」
と岡田先輩から度々言われたが、どうにも電話取りにはなれなかった。
でもこの電話取りのおかげで、僕の営業成績は飛躍的に伸びることになるのだが、今の時点ではそんなことは知る由もない。
昼間はこうして電話取りと格闘しながら、「不動産担保ローン融資マニュアル」を読んで過ごした。
そして終業時間30分前になると、ゴミ集めとゴミ捨てをする。新入社員の1週間はこんな風にして過ぎていった。
6:スポーツ新聞がわしらの営業のタネなんや
僕が入社していつも不思議に思っていたことがあった。
それは先輩社員たちが朝っぱらから仕事をさあはじめようという時に、念入りにスポーツ新聞を広げていることだった。
それもふまじめな先輩がそうやっているのではなく、元住専でまじめに勤め上げ、
住専が倒産したので、仕方なくサラ金に転職した山野さんがそうしていることだった。
競馬もしそうもなく、パチンコもしそうもなく、まじめ一筋の典型サラリーマンみたいな山野さんが、
なぜ念入りにスポーツ新聞を見ているのか不思議でならなかった。
それを、とにかく仕事に事細かい注意をほどこすひょっとこ店長が何も注意をしない。
いったいこの会社、どうなっているのだろうと、おそるおそる岡田先輩に聞いてみた。
「岡田先輩、どうしていつも山野さんはスポーツ新聞ばかり見ているんですか?」
「そっか、おまえまだ知らなかったんか。あのなー、うちにしょっしゅう電話してくる業者さんあるやろ?」
「なんとかファイナンスとか、なんとかローンとか、いろんなことから掛かってくる金融業者ですか?」
「そや。いいか。うちの会社はな、お客を媒介業者といって、同業の金融業者から紹介してもらってるんや。
うちでも新聞に広告出してるけどな、それも今月一杯までや。広告費に金かかるから広告やめて業者から客を引っ張ってくるんや」
「それって、今問題になっている紹介屋とかで、マズイんじゃないの?」
「違法の紹介屋とは違うんや。ちゃんと法律で認められた金融の媒介業っていうのがあるんや。
ようは不動産の媒介業みたいなもんやな。それで業者がどないしてうちに客つれてくるかっていうとな、
山野さんが見てるスポーツ新聞とかに広告を出すんや」
岡田先輩も机の引き出しから、スポーツ新聞を取り出した。
「ほれ、ここみてみ。電話掛けてくる会社の名前ばかりのってるやろ」
そこにはうちの会社にしょっちゅう電話をかけてくる金融業者の名前がずらりと並んでいた。
「どういうことですか?」
「媒介業者はこうやって新聞に広告出して集客するんや」
よくよくその広告を見てみると「利率3〜7%の超低利融資」だとかどこも書いている。
しかも会社の名前は、どこかの大手銀行の子会社であるかのようなものばかりだ。
「いいか。これはどこも媒介業者やで。自分のとこでは融資せんのや。
こうして低利の広告で客を集めて、うちや第一ファイナンスや他の金融業者に紹介するんやで」
「でも岡田先輩、うちはそんな低利で融資なんかしてないじゃないですか。
うちは9.85〜19.25% の間でしか融資してないのに・・・」
「媒介業者なんて口が勝負や。超低利の利率3〜7%とかの広告で集めるだけ客集めて、
そこからいろんなこというて客を説得させて、実際に融資するのはまず10%以上やろ。
どうやってそれを客に納得させるか。そこが媒介業者の営業マンの腕の見せどころなんや」
「でもそれって、嘘の広告ってことじゃないですか?」
「そんなのいくらでも言い逃れできるんや。お客さんの場合はサラ金で3社も借りいれがありますので、
その時点で低利融資の対象外になってしまうだとか、年収500万円以下だと利率が悪くなってしまうだとか。
まあなんでもいいんや。客を説得できれば。とにかく大事なことは集客すること。
集めるだけ集めておいて、その中から納得した客を拾ってくんや」
7:悪徳なのは金融業だけやないでー
信じられない。そんなことが公然と行われていることにびっくりした。
「別に嘘の広告なんて金融業者だけに限らんで。たとえば旅行会社だってさも安そうに、
たとえば「沖縄3泊4日で29800円!」とか出すやろ。でもいざ問い合わせてみると、
それは4人以上の場合に限るだとか、出発日は月曜日から水曜日だけだとか、
飛行機の時間は深夜だけに限るだとか、えらい制約があって、まともに行こうとしたら結局は59800円ぐらいかかる。
ようはあれと一緒や。低利で出しているのはあくまで素晴らしい条件をそろえたごく限られた場合だけやいうことや」
なんだか岡田先輩にそう言われてみると妙に納得してしまうが、やっぱりおかしくはないか。
「客からお役所にクレームいれたところで、行政が真剣になってそんなこと検査すると思うか?
銀行や政治家とつるんで、国民の税金使って裏金や賄賂で儲けようとしか考えていない人間が、
借金まみれのどうしようもない債務者のために、何されるかわからん悪徳金融業者に立ち向かうと思うか?
そんなことせえへんのは当たり前や。だからこうして野放図なんや」
確かに言われてみればそうだ。お役所の人間が正義ぶって媒介業者にクレーム言ったところで、何のメリットもない。
それどころかやっかいなトラブルに巻き込まれるかもしれない。
誰だって自分の身がかわいいんだ。敢えてそんなことする役所の人間がいるはずもない。
まして腐敗しきった今の日本の官僚じゃ、なおのことそんなことはしないだろう。
「いいか。八木君。社会に出るいうことはな、知恵をつけなきゃあかんってことや。
残念なことかもしれんけど、現実の社会っていうのはな、騙される人間が悪いんや。
知らない人間が悪いんや。知恵つけて生きてかなきゃ、バカを見るだけやで」
これが社会人になるってことなのだろうか?それとも僕が就職した先がサラ金会社だったからだろうか。
「スポーツ新聞の広告いうたら風俗店のもぎょうさん載ってるやろ。あれだって広告に書いてる値段なんて普通は信じないやろ」
「まあ、そういわれてみれば、確かに・・・」
「それを信じて店に入ったらもうおしまいや。あとからあれは入場料で、
それからサービス料だの指名料だのドリンク代など、なんだかんだテキト−な理屈こねて、取れるだけ客から取るんや。
風俗店のいい加減な広告が許されて、金融のいい加減な広告は許さないのはおかしいやろ。
ようは騙される方が悪いいう論理でこの社会は成り立ってるんや。
おおぴらにやったらさすがに目に付くけど、まあ官僚の腰がひけてるから、まあちょろちょろやってる分には野放しいうことや」
僕の「常識」というか「価値観」みたいなものが次々と崩れていく。
「さっきも言うたけど、うちは今月一杯で新聞広告をやめるんや。なんでかわかるか?
まともにうちが利率9.85〜19.25%と掲載したら、客は高いと思って電話掛けてこないやろ。
その隣に媒介業者の利率3〜7%ていう広告あったらまずそっちに電話掛けるのが普通や。
うちはある程度名の知れ渡った中堅会社になってしまったから、媒介業者のようにおおぴらに嘘の広告出すわけにはいかないんや。
だからな、高い金かけて反響の悪い広告はもうやめることにしたんや」
「じゃあ、僕らはどうやって集客するんですか?」
「それでな、うちは今度から今以上に媒介業者から客を紹介してもらうことにしたんや。
業者の集客力利用して、客を獲得しよういう魂胆や。だからな、これからうちらは媒介業者に営業かけて、
『うちにもお客さん、紹介してください』って回って歩くんやな」
「じゃあ、それで山野さんが、毎朝スポーツ新聞に目を通して、媒介業者を探してたってことですか」
「まあそういうことやな。もう自社の広告で集客が見こめなくなる分、業者営業に力を入れんと、じり貧になるで」
山野さんが毎朝スポーツ新聞に目を通していたわけがやっとわかった。
先を見越して今から媒介業者に営業を強化していこうというのだ。さすがはうちの店で2番手の営業マンだけはある。
「でも、岡田先輩、そんなことしたら、うちが広告出さなくても、業者と結託して客を騙してることにならないんですか?」
「そんなへまするわけないやろ。うちはうちできちっと店に融資利率を掲げておけばいいんや。
あくまで媒介業者とうちとは全く別の会社で、たまたま客を紹介してもらっただけや」
媒介業とは聞こえがいいが、ようは「紹介屋」と変わりはない。
やってることは、自分のところでは直接融資せず、融資先の会社を紹介して手数料を抜くという商売だ。
紹介屋と違うのは、きちんと媒介業者として登録していることと、
手数料を法律の範囲内で認められた5%以内にしているということぐらいだ。
「5%」というとたいしたことのない数字に聞こえるが、不動産担保融資の5%といったら相当な額になる。
たとえば、うちの融資の平均単価は1000万円ぐらい。これを紹介した業者には手数料で50万円になる。
自分のところでは融資せず、ただ客と融資先の間に入るだけで50万円なのだから、ものすごい数字である。
8:ワンルームマンションに潜む媒介業者
「そうや、今からちょうどお得意先のトウアンとこに行くけど、八木君も行くか?」
「ハイ、ぜひ!」
入社して1週間、電話取りやらマニュアル読みばかりで退屈していたところだった。
仕事の現場を早く見てみたいと思っていたので、ちょうど良いタイミングだった。
東京店のある新宿から電車で新橋に向かう。電車の中で、岡田先輩はトウアンのことをいろいろと教えてくれた。
「トウアンってよく電話掛かってくるところですよね」
「そうや。俺の今、担当してる業者では成約率はナンバーワンや。あそこはな、さっき言ったみたいな新聞広告はうっていないんや」
「じゃあどうやって集客してくるんですか?」
「トウアンの案件はほとんどが静岡県内なんや。どうも地元の金融業者や不動産業者とコネがあるみたいやで。
その他にもいろいろと工夫して集客してるようだけど、DMとか広告とかそういうことは一切やってないらしいんや」
「へえ、よくそれで客が集まりますね」
「広告やDMって結構反響はあるんやけど、金もかかるし、ロスも多いんや。全然担保評価の出ない客とかいっぱいおるしな。
でもトウアンのところは、コネで客引っ張ってくるから、全く担保評価が出ない案件って意外に少ないんや。
だからムダな仕事せず、成約率もいいんや。八木君もな、コネや人のつながりは大事にせんとあかんで。
金にまかせて広告なんかするより、人脈がある方が確実なんや。
だからうちも広告やめて、媒介業者からの集客一本にしようとしてるんや」
トウアンってきっとすごいところなんだろうな。広告も出さすに人脈だけで仕事をしてるなんて。
「いいか、八木君。トウアンはな、うちにとってはすっごく大事な取引先だからな。くれぐれも失礼のないように」
大事な取引先って一体どんなすごい会社なんだろうか。僕はドキドキしていた。
着いたのは、新橋の駅近くにあるだいぶ古びたマンションだった。
「大事な取引先」というから立派なオフィスビルを想像していたが、そんなものとは程遠い。
このマンションの一室一室には、なんだかあやしげな事務所が集まっている感じだった。
エレベーターで7階まで行き、とある一室の前に立った。「東海安心パートナーズ」と表札に書いてあった。
「岡田先輩、ここですか?」
「そうや。トウアンっていうのはな、東海安心パートナーズの略なんやな。ほな、行くで」
ピンポンを押して中から40歳過ぎの細身の男が出てきた。
「どうも、岡田さん。わざわざお越しいただいて。あれ?今日はお連れの方がいらっしゃるんですね。
まあまあどうぞ、あがってください。狭いところですけど」
確かに狭かった。オフィスや事務所というイメージは全くなかった。というのもこの部屋は6畳ほどのワンルームしかなかった。
部屋にはもう一人、40歳過ぎの人のよさそうなおっちゃんが、忙しそうに電話を掛けていた。
中年の男がたった2人。もちろん受付の女の子なんかがいるわけはないし、
オフィスというより住宅用の部屋を事務所に使っているという感じだ。
(これがうちの大事な取引先なのか?!)
ソファに腰かけると、迎えてくれた細身の男が名刺を差し出した。
「トウアンの羽柴と申します。よろしくお願いします」
「今年から入った新人の八木君ですわ。勉強のために連れてきたんで、よろしく」
と岡田先輩が僕を紹介してくれた。僕はあわてて名刺を取りだし、挨拶をした。
(この人が羽柴さんか。よく岡田先輩宛てに電話を掛けてくる人だ)
トウアンは、うちの店と取引のある媒介業者の中でも3本の指に入る成約率の良い業者さんだ。その営業マンがこの羽柴さんなのだ。
客をうまいこと説得するバリバリの金融営業マンを想像していたが、
目の前にいるのは、ちょっと弱気そうで、どちらかというと押しの弱そうな印象を受けた。
しかも話す言葉も巧みといった感じはない。とてもこわもての金融の媒介業者といった人物像とはかけ離れていた。
学校の用務員でもやっていそうな、そんな風貌だった。
「先月は助かりました。3本も決めていただいて。トータルで4000万円でしたよね?」
(1ヶ月で4000万円?ということは1ヶ月で手数料が200万円も入っているのだ。さしたる経費もかからずに・・・)
忙しそうに電話を掛けていたもう一人の男が電話を終えると、「よう、岡田君よく来たねー」と親しげに言葉を掛けた。
「星野社長、もうかってまっか?」
「もう岡田君のおかげでわが社は安泰ですよ。岡田君には足を向けて寝られないですよ」
「何言ってるんですか。足を向けて寝られないのはこっちのほうですわ」
「ところで今日は何しにきたんでしたっけ?」
星野社長は穏やかな表情から一瞬鋭い視線を僕に向けたような気がした。岡田先輩が答えようとする前に、羽柴さんが口を開いた。
「あの、例の保証人でとまっている村上一樹の件と、あとこの前仕入れてきた東京の商業ビルの件を相談しようと思いまして。
あとこちらにいるのが、ナルシンさんに入った新卒社員さんを連れてきたそうです」
「ほー、ナルシンの東京店にも新卒社員が配属されたんですか。羽柴、ボーとしてないで、大事なお客さんにコーヒー頼んであげて」
「ハイ、ただいま!」
羽柴さんは、同じ年頃の星野社長から何か言われると、えらくかしこまって返事をしていた。
同じ年頃の2人でやっているのでお互い良きパートナーというよりは、完全に上司と部下といった感じだった。
「てことは、岡田君にも部下ができたってことですか」
「えーまあそういうことです。紹介します。新人の八木君です。中央大学の法科を出ている超エリートですよ」
「どうも。トウアンの星野と申します。八木君、今後ともよろしくー」
「こちらこそよろしくお願いします」
「それでわが社の担当は今後、八木君になるっていうことで挨拶に来られたんですか?」
「いえ、違いますわ。今日は勉強のために連れてきたんですわ」
「あーそうですか。いやあ、良かった良かった。
はじめ部屋に入ってきたとき、岡田君だけじゃなかったから、担当変わるのかとドキドキしましたよ。
岡田君、あちこちの業者からひっぱりだこでしょうけど、うちの面倒もよろしくお願いしますよ」
「もちろんですよ。星野社長」
「八木君といったかな。この岡田君は一見すると関西の売れない漫才師みたいだけど、すごく優秀な人なんですよ。
この人についてしっかり勉強してけば間違いないからね。ただしフーゾクとかマージャンとかだけはこの人の真似しなくていいからね」
「何言うてるんですか、社長。マージャンは確かにやりますけど、フーゾクはいかないっすよ」
「あれ、この前、羽柴と静岡で三島芳郎の融資が終わった後に、その紹介手数料でフーゾクに行ったんじゃなかったでしたっけ?」
「社長、何言ってるんですか。八木君が本気にするから悪い冗談はやめてくださいよ」
「あっはっは。まあまあそんなこともたまにはあるかなって思って言ってみただけですよ。
でもほら羽柴はもうインポだから、フーゾク行ってもどうしようもないですけどね」
「ちょっと社長、やめてくださいよ。新人さんが本気にするでしょう」
と羽柴さんが真っ赤な顔して反論した。
そんな時、先ほど頼んだコーヒーが運ばれてきた。このマンションの1階にある喫茶店がデリバリサービスを行っているらしい。
羽柴さんが運んできた店員にお金を渡していた。なんの変哲もないコーヒーだったが、なんと1杯700円もすることに驚いた。
やっぱり金融業者って儲かるのかな・・・。
9:うちの審査基準を業者に叩き込むんや
「わりい、わりい。冗談言ってる場合じゃなかったね。なんたって『Time is money』だからね。
じゃあ早速、本題に入りましょうか」 と星野社長は、冗談を言っていた時とはうってかわって、真剣な表情で机から資料を取り出した。
「ナルシンさんにはいつも1000万程度の少額案件ばっかだからね、たまには大きい案件も回してあげようかなと思って。これなんですがね」
新宿駅前の地図と登記簿謄本、公図を見せて岡田先輩に説明した。
「新宿駅前の超一等地のビルでね。土地が15坪、建物が築10年の7階建てのビル。
うちの担保評価で、土地値で坪300万円×15坪で4500万円、建坪84坪×50万=4200万円で、
まあ10年たってるからその半分として約2000万円。総評価6500万円の案件で1番抵当で希望3500万円。
掛け目でいうと53%ですから、これはいくら商業地はあまりやらないというナルシンさんでも出るんじゃないですか。
とにかくほんと場所は最高ですよ」
うちの会社の平均融資単価は1000万円だった。2000万円を超えれば高額案件といわれて褒められる。
3500万円ともなればうちにとっては超高額案件だ。成立すれば大きい。1000万円の案件3.5件分に当たるのだから。
こんな一等地で掛け目も53%なら余裕ではないか。岡田先輩いい案件もらったなあと僕は思った。
しかし岡田先輩は険しい様子で登記簿謄本や公図を見ていた。そして第一声は、「厳しいですね」という言葉だった。
「なぜですか?」 星野社長はいぶかしげに聞いた。
「まず完全な商業地になるんで、掛け目はいいとこ4掛け、下手したら3掛けぐらいになると思いますわ。
しかも土地値だけでになる可能性が高いですわ。すると土地値4500万円の4掛けだと、
1800万円ぐらいしかよくても融資できませんよ。あとはこの付近は完全に水商売エリアじゃないですか。
こうなると賃貸人も水商売系になると返済原資となる賃料収入はあんまり安定しないじゃないですかね。
あとはこの所有者、3年前に差押くらってるでしょう。直近に差押履歴があって高額の融資となると難しいですねえ」
さっと資料をみてものの数分もたたないうちに、これだけの回答ができる岡田先輩ってやっぱりすごいんだなと関心していた。
「やっぱりだめですか。そうだとは思ったんですよね。
しかし東京のど真中の一等地で4掛けとか3掛けなんてほんとひどい話ですね。仮にも新宿駅前ですよ」
「商業地はあまりに変動要素が多いので、うちは嫌うんですわ。
それやったら、静岡市内の住宅地で50坪の一戸建て案件が2つあった方が、まず確実に3500万円出ますよ」
「いやあ、ほんとナルシンさんも岡田君もシビアだな。たいしたもんだ。
バブルが崩壊して土地値がどんどん下がって世の中全体的に不景気なこのご時勢に、
不動産担保融資しようと思ったらこのぐらい厳しくないとやってられないもんな」
「この案件やったら第一ファイナンスかゴーゴー信販あたりならやるんじゃないですか?」
「いいとこつくね。もう第一ファイナンスの新宿支店には話をふったんだけど、断られちゃってね。それでナルシンさんどうかなって。
ゴーゴー信販なら間違いなくやるっていうだろうけど、金利が高いからね。じゃあもうこの話は終わりだね。
で、羽柴、あとなんだけっけ」
「村上一樹の保証人の件です」
「ああ、あれかー。せっかく担保評価出てるのにね。クレジットカードでブラックになってるとはね。
で岡田君、うちも本人いろいろ説得して保証人つけるようにお願いしてね、
それですぐにお願いできるのが、お母さんだっていうんだけど、大丈夫かな」
「どういう属性ですか?」
「65歳、月10万の年金収入で、一樹とは同居の実の母親なんですけどね」
「ちょっとそれだけでは800万円の保証人には厳しいですね。兄弟とかはだめなんですか」
「実はお兄さんが静岡市役所で勤続15年、年収600万円の上玉なんだけど、それはさすがに無理みたいですね」
「たしか弟もいましたよね」
「そうそう弟は、保証人になることは大丈夫らしいんだけど、フリーターなんですよ。定職についてないとだめでしょう?」
それを聞いて、岡田先輩はにわかに興味を持ったらしい。
「いくらぐらい収入があるんですか」
「ここ1年ぐらいはずっとコンビニとガソリンスタンドの両方やっていて、月15万ぐらいにはなるみたいですけどね」
「本人と同居ですか?」
「同居ですよ」
「結婚してます?」
「いや」
「年齢は?」
「22才です」
「それやったら、母親とその弟二人保証人にすれば、もしかしたらうまいことすると審査通るかもしれませんよ」
その岡田先輩の一言が、羽柴さんの表情をぱっと明るくさせた。
「ほんとですか。そりゃありがたい。だったらその線で行きましょうか」
「ええ。ただ弟もサラ金に手出してたら無理ですけどね」
「よし!村上はこれでなんとか絵描けそうじゃないか。羽柴、今村上つかまるかな」
星野社長は善は急げとばかりに、体を乗り出した。
「多分、携帯に掛ければ出ると思いますけど」
「よし、じゃあ電話して」
「はい」
「はいじゃなくて、今すぐ」
「あ、はい」
星野社長は羽柴さんにすぐ村上一樹に電話をさせた。
すぐに村上一樹と連絡がつき、母親と弟の両方が保証人になることでどうかというとOKだそうだ。
「社長、OKです」
「OKはわかったから、日にち、すぐセッティングして」
電話を切ろうとしていた羽柴さんはあわてて受話器を上げた。
「あ、もしもし、村上さん?あのー、いつだったら・・・うん?明日?明日なら二人家にいるそうですけど、岡田さんは?」
「大丈夫です」
「じゃあ村上さん、明日家にうかがいますので、お母さんと弟さんの必ず二人にしてもらうようにしてください。
間違いなく、二人とも連帯保証人になることは、大丈夫なんですね」
再びこれで電話を切ろうとした羽柴さんに、星野社長は「書類!」とささやいた。
「そうしたらお母さんの年金証書と弟さんの源泉徴収票、給与明細、あとそれぞれの身分証明書を用意しておいてくださいね」
星野社長の電話を今すぐ掛けろの一言で、とまっていた案件が早くも動き出した。
「いやあ、岡田君に聞くとすぐ回答してくれるから助かりますね。何事もスピーディーにいかないとね」
「じゃあ、明日、岡田さん、静岡駅のいつものところで9時待ち合わせということで」
トウアンとの打ち合わせが終わった。
僕は大きなカルチャーショックを受けていた。
たった6畳の事務所と社員2人だけで、莫大な手数料を稼ぎ出し、うちの大事な取引先にまでなっている。
僕はなんだか見てはならない裏の世界に一歩足を踏み入れてしまったような感じがした。
社会には世間一般には知られていない会社がいっぱいあるのだ。
このマンションの一室には得体の知れない、しかし儲かってる企業はいっぱいあるのだろう。
「八木君、あそこで、コーヒー出してもらったなんてたいしたもんやな。
新人だけどこれからきっと何らかの形で関わっていく大事な取引先と思われたんや。
俺なんかあのコーヒー出してもらうのに3ヶ月はかかったからな。
何度もあそこに通って、案件少しづつ回してくれるようになって、そんで融資が何件か成約するようになって、
やっとあのコーヒー出してくれるようになったんやで。
わざわざ八木君にもコーヒー頼んでくれたのは、言ってみれば未来への投資なんだな」
たかだかコーヒー1杯とはいえ、相手先にいってお茶を出してくれるかくれないかは営業マンにとっては重要なことらしい。
まして700円もするコーヒーで、しかもお金に対してシビアな金融業者が出してくれるということはきっとすごいことなのだろう。
僕はこれからこういう人たちと一緒に仕事をしていくんだ。
媒介業者とのやりとりで、岡田先輩のように信頼されるかどうかで、自分の営業成績も決まってくる。
なんだか僕は場違いなところに入ってしまったような感覚に襲われていた。
僕はこんな世界で働いていて良いのだろうか?
そんな不安を抱いていたものの、岡田先輩が「八木君も明日一緒に静岡に連れて行くからな」と言われると、
僕はうれしくてしょうがなかった。
どこかでこの世界に足を自分で踏み込んで見てみたくてしょうがないという思いがあるのだろう。
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