藤原新也の部屋  By かさこワールド

・序:駒ヶ根美術館、藤原新也展〜旅の軌跡〜

 圧倒的存在感
 写真展の感想は、この一言に尽きる。
 リアリティーが抹殺されはじめ、バーチャルリアリティーに取り囲まれそうな、
 そんな予感のした藤原氏は旅に出た。今から30年も前のことである。
 リアリティーの究極が、インドで出会った、人間の死体を食らう犬の写真だった。

 全東洋の旅を終え日本に帰ってくると、『東京漂流』で物議を醸した。
 新興住宅地の虚無性に危機を予感した藤原氏の思いが的中したかのように、
 家庭崩壊最初の事件ともいうべき、1981年に起きた「金属バット両親撲殺事件」。
 その現場となった新興住宅を撮った写真は、日本社会の危機的状況の決定的証拠だった。

 仮想現実の源泉はアメリカにある、と嗅ぎ付け、今度はアメリカへと旅する。
 アメリカで撮られた写真群は、恐ろしいほどまでに世紀末的バーチャルリアルを表している。
 今、全世界を席巻しようとしているアメリカ文明の底の浅さが浮かび上がっている。
 にこやかに笑って幸せそうに見えながら、どこかで「演技」しているかのように見える写真群。
 豊かさに満ち足りていながら、何にも心の底には残らない、虚無的な雰囲気がありありと伝わってる。

 それに比べて、チベット人108人をポラロイドで撮った写真を並べた部屋や、
 インド・チベットでの写真群は、圧倒的な存在感を持って身に迫ってくる。

 汚い道に走るオンボロバスに、窓からあふれんばかりに乗りこむインド人たちの写真に、
 まるで今、自分がインドの街角に立っているかのような錯覚を思い起こさせる。
長野県・駒ヶ根美術館、2/23、かさこ撮影

海外の写真だけでなく、沖縄を撮った「南洋街道」。地元を撮った二つの著作「少年の港」と「千年少女」。そして「俗界富士」。
日本の中に残る「良さ」みたいなものが映し出されているように思えた。
「千年少女」のモデルは素人で、しかも何だかやけにつっぱっているような少女もいるのだか、
なにかその「怒り」とか「憎しみ」が、「優しさ」に包み込まれているような不思議な写真だった。
「俗界富士」の、コンビニや国道の看板群とともに映し出される富士山の写真は、
俗なるものの汚らしさを富士が浄化しているような、不思議な写真だった。

いくつもの写真展示の部屋がある中でも、一番の目玉は常設の「メメント・モリの部屋」。
照明を落とした空間に、二重に円を描くように、飾られた写真は、暗い部屋の中で圧倒的な存在感を伴って浮き上がってくる。
その下に添えられた言葉が、ぐっと心の底に突き刺さる。

藤原新也の写真の総集編が、7つの部屋にその軌跡を辿るように展示されている。
そして普段あまり見ることのない、藤原新也の絵も展示されていた。藤原新也の絵は実に驚きである。
写真や文章とはまた違ったイメージが展開されているからだ。
不思議な絵といっていいと思う。まるで子供が描く無茶苦茶な絵といってもいい。

「絵というものが最もその人のイノセントでピュアーな心を表すものではないか」
膨大な著作で有名な藤原新也は、作家である前に写真家であり、そして写真家である前に画家なのだ。
彼の原点は絵を描くことにある。その延長線上に、写真があり、文章があるのだと思う。

気になったことといえば、これだけの総決算をやってしまうと、もうこれで終わりではないかという嫌な予感がするが、
まだまだ今の日本に藤原新也は必要であり、著作を世に出しつづけて欲しいと願う。
隠遁するにはまだ早い。
もしかしたら藤原新也はそれを願っているかもしれないが、
今の日本には、時代に警鐘を強烈に鳴らす藤原新也の存在が欠かせないのだから。

・藤原新也作品史
●第1期:原点はインドにあり
何度となく訪れたインド亜大陸。彼にとっての原点はここにある。
インド称賛をしているわけでもなく、「インドにはまった」のとも違う。
日本とは対極にある世界を、ある時は極めて冷徹に分析し、
ある時は滑稽なまでに現地の人々に巻き込まれていく。
行き詰まりをみせる現代日本にいる私たちにとって、ここに一つの生きるヒントがあるのかもしれない。

印度放浪(1972):藤原ワールドの出発点。記念すべき処女作。
西蔵放浪(1977):
七彩夢幻(1977):
逍遥遊記(1978):
ゆめつづれ(1979):
印度拾年(1979):
印度行脚(1982):

●第2期:大いなる旅
処女作から約10年。名もなき存在から作家・写真家としての地位を得た彼は、
もう一度自分の原点を見つめ直すために、400日にもおよぶ全東洋の旅に出る。
トルコ・イスタンブールから出発した旅は、中近東をまわり、インド・チベットをまわり、
東南アジア、そして香港・上海、最後は高野山で旅を終える。
「旅の氷点」を溶かしたアジアの人間悲喜劇に思わず脱帽したという藤原新也。
この長旅が、表現者としての彼をまた一回り大きくさせることになった。
それは若い頃の旅ではなかったために、ある種の「達観」を生んだのかもしれない。

全東洋街道(1981):トルコから中近東を通ってチベットや東南アジア、終局は高野山で迎える400日間の旅物語。
メメント・モリ(1983):藤原新也の最高傑作の写真集。
「メメント・モリ」〜死を想え〜が人生を生きる意味での重要なキーワードとなる。

●第3期:ニッポン斬り

日本帰国後、彼は日本全国に衝撃を与えた「東京漂流」で一躍その名をとどろかせた。
フライデーの連載で彼はタブーをおそれず大企業の広告批判をやった。
そのために連載は突然中止。
フライデー連載記事を含めた本「東京漂流」は話題を呼び、
現代日本に投げかける問題作として、本とともに藤原新也の名は知れ渡った。
本の売上が伸び、世間にそのインパクトを与えれば与えるほど、
それは彼自身を傷つける諸刃の剣となってしまった。
「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」というキャッチコピーとその写真は、
日本のタブーをひっぺがしたのだった。

東京漂流(1983):藤原新也が日本に向けた痛烈なる書。あまりの切れ味に自らも傷つく。

●第4期:軽妙エッセイ
東京漂流で傷ついた彼は「無言」になってしまった。
作家の脱筆宣言というわけではないが、ほぼそれに似た状況であった。
作家なんて所詮はマスコミの片棒担ぎしかできない。
広告やスポンサーや出版社の制約の中でしか「表現の自由」はない。
そこに自分の本当の意図を発表することはできない・・・。
東京漂流後の彼の作品は、文章の刺をあからさまに出すことをやめ、
軽妙なエッセイ形式にすることによって、隠された意図をそこに織り込ませることにした。
一刀両断する切れ味鋭いストレートな表現が減った印象は否めないが、
そのために文章のいいまわしが工夫され、表現力の成長となった。

乳の海(1986):東京漂流以後、口を閉ざしていた藤原新也が、再び日本を問うた。
幻世(1987):初のエッセイ集。軽快さと意味深さが同居した作品の数々。
南冥(1988):
丸亀日記(1988):自分が亀になった設定で、人間社会を読み解いていく。
軽妙さとさりげない着眼点から、社会を問う、痛快な著。
印度動物記(1988):こんなにもおもしろい旅エッセイが書けるものだろうか。20世紀最高の旅本傑作。
滑稽なまでにインドの人と旅人を描き出した。

●第5期:アメリカへ
1989年ソ連崩壊ー「資本主義の勝利」とうたわれた翌年、
彼は現代社会の悪の権化(エーテルが流れる源流を)をアメリカにあると考えた。
世界を席巻する価値観を撒き散らしているアメリカをこの目で確かめたい。
そこでモーターホームでアメリカ大陸を横断。
何もない虚の世界アメリカを彼は見事に写真化し文章化した。
ここに長年旅を続けてきた彼の結論がある。

アメリカ(1990):アメリカのからくりを暴き、そこに現代社会のエーテルを見る。
アメリカンルーレット(1990):写真でこれだけ社会を見事にえぐり出した作品を僕は他に知らない。
表現作品としての写真集としては、非常に完成度が高い。写真が文章より物を問いかけ、訴えている。
アメリカ日記(1991):完全日記形式で描いたアメリカ記。
虚の世界アメリカの旅だからこそ、自己の存在証明のために描いた日記だ。

●第6期:日本への回帰

インド、そして全東洋を旅し、アメリカで現代社会の旅を終えた彼は、
日本に目を向けることになる。
それも東京漂流の時のような鋭利な視線ではなく、
日本の中のポジティブな面を見ようと。
日本の中に残るノスタルジー。
それは過去への旅でもあり、故郷への旅でもあった。

少年の港(1992):藤原新也の故郷、九州門司を訪れる。まるで自分の子供時代を写し出したような写真集。
平成幸福音頭(1993):めくるめく社会の構造をあばきたてる。
南島街道(1993):南の島の狂気を写真と文で描き出す。
日本景伊勢(1994):日本原風景として伊勢を旅する。自然な素朴な風景が、日本の良さを再確認させてくれる。

●第7期:集大成
これまでの藤原新也を振り返る集大成的作品群。
写真家としての集大成である500ページにもわたる超大作「全東洋写真」と、
彼の語録を集めたいわば彼の思想的背景の集大成である「沈思彷徨」。
ここに一つの幕が下りた。

全東洋写真(1996):藤原新也が世界で見たすべて・・・。500ページにも及ぶ超大作写真集。
沈思彷徨(1996):藤原哲学のすべてがこの一冊に。藤原の格言集とも言うべき書。

●第8期:新たな試み
再び、彼は新たな形で世に作品を送りだす。
誰もが驚いた「藤原新也が小説?」といわしめた驚きの作品「ディングルの入江」。
しかしアイルランド舞台にした彼の小説は、小説というより空想写真を文章化した作品であった。
彼のスタンスは変わっていない。
ただ彼の意図を新たな形で表現する方法を得たにすぎなかった。
ここに藤原新也復活の新たな章に入った。

ディングルの入江(1998):アイルランドを舞台にした初の小説。
写真家である彼の風景描写の見事さ。それが登場人物の心理描写と重なっていく。
風のフリュート(1998):小説「ディングルの入江」に対応した写真集。
小説を読まなくとも、この写真だけを見ても、一つの世界を感じることができるだろう。

●第9期:再び活発化〜藤原新也の現在シリーズ
彼のこの勢力的な活動は一体どうしたことだろう?
写真集・エッセイ・小説ー
藤原新也の現在と題されたシリーズで、彼は思うがままに、藤原ワールドを展開した。
量産したがために、過去の作品と比べると一つ一つに重みがないと正直感じてしまうが、
彼も老いたのだろうか。
ささやかなテーマでささやかに語る。
それが老年期の藤原新也のスタンスなのか。
新たな大作をファンは待ち望んでいる。
そのためにはやはりまた旅をするしかないのだろうか?
インターネットで日記を更新しているあたり、
彼の今後の活動が「軽い」ものにならないかどうかが心配だ。

藤原悪魔(1998):奇妙な世の中、奇妙な話。笑い話だけど奥が深い。そんな短編作品集。
千年少女(1999):
俗界富士(2000):これまでの富士山写真集の概念を突き破る、日常の中の富士を写し取る。
ロッキー・クルーズ(2000):アメリカを舞台にした短編小説ともいうべきか。
バリの雫(2000):
鉄輪(2000):かつて藤原少年が住んだ地を今によみがえらせた。どこか懐かしさを感じる書。
映し世のうしろ姿(2000):
末法眼蔵(2000):
ショットガンと女(2000):

・藤原新也作品書評コーナー
・Fujiwara Shinya Official site 藤原新也さんの公式ページ。
藤原さんご本人より、リンクを張ることの許可を得ました。
藤原ワールドをとくとご覧あれ!

・なま藤原新也〜2003.5.25「花音女」公開インタビュー〜



たまたま5月25日(日)池袋で先着100名程度で、
最近出版した写真集「花音女」の出版記念SWITH公開インタビューがあるということで、
そのインタビュー内容自体にはあまり興味はなかったのだが、
(なぜ少女を今、撮るのかということがテーマらしいのだが、
これについてはSWITHでもホームページでも本のあとがきでも書かれて、今さら聞くほどの内容とは思えなかった)
しかし、これだけ大好きな作家に生で話が聞けるチャンスはそうないだろうからと、
1000円の参加費を払って、いってきた。

ネットですでに大好きな作家・藤原新也さんとメールのやりとりがあったとはいえ、
こんなバーチャルな時代だからこそ、生で見て感じることって大事なんじゃないか。
まして僕は彼と同じ表現者(作家)をめざしているのだから。

藤原新也様
5/25の公開インタビューを聞きにいきました、かさこと申します。
藤原さんの話を聞き、こんな想いでこの写真を撮っていたんだとか、
こんな風にして写真を撮っていたんだと知って、
またあらためて写真集を見返すと新たな発見があり、とても有意義な講演でした。
また、はじめて生で藤原さんを見ることができ、
年甲斐もなくサインをいただき、握手までしていただき、
こんなバーチャルな時代だからこそ、直に接して感じることの情報量の多さに驚き、
そういう機会を大切にしたいなとあらためて思いました。

インタビュー中に藤原さんが、ロジカルな文筆を書いても、
どれだけ現実の社会を変えられたかわからないが、
写真なら目の前の少女が変わっていくことがわかるというようなことをおっしゃっていて、
今後、文章の作品が少なくなってしまうのかなと心配しているのですが、
藤原さんの文章だけの作品でも、
間違いなく現実を大きく変える力になっていると読者の立場から一言いいたいと思い、
メールをいたしました。

一対一で直に接して撮影する、現実を変える力とは質が違うかもしれませんが、
藤原さんの文章を読み、僕の人生にも大きな影響を与え、僕の現実は変えていることも事実です。

以前にももしかしたらこの下記内容をメールでお送りしたかもしれませんが、
「藤原悪魔」の「エンパイヤステートビル86階の老女」のはじめの文章、
“半年も旅をすればひょっとすると自分の人生すら変るかも知れないわけだが・・・”
という文章に勇気づけられ、前々からしたかった長期の旅をしようか迷っていたことにふんぎりをつけることができ、
サラ金会社の営業を辞めて、アジアを3ヵ月ぐらい旅行しました。
その後、自分のやりたい編集プロダクションに転職し、
給料は減りましたが、充実した毎日を送っています。

もちろんこれに限らず、藤原さんの文章からいろいろな影響を受けています。
ですので、藤原さんの今後の人生の中で、1少女の現実を変える力になることも重要だと思いますが、
多くの人間を撮影できるわけではないと思うので、
多くの人間にも影響を与えることができる文章の作品も、ぜひお願いできたらなと思います。

また文章でも写真でもなく、印度動物記に描いてある絵を、
いっぱい描いた画集のようなものがあったら、
そこからもさまざまな刺激を受けられるのではないかと、
密かにそのような本が出ることを心待ちにしております。

今後の活躍に期待しております。


・フェルナンド・ペソアの午後 2005.1.20
昨年12月15日から今年2月5日まで、新宿三井ビルのエプサイトで、
藤原新也の写真展「フェルナンド・ペソアの午後」が行なわれていて(入場無料)、
先日行ってきました。

昨年、夏、彼がポルトガルに行った時の写真で、
点数は80点ぐらいあったのではないか。
インド放浪の時代のような圧倒的なインパクトはないが、
俗界富士とかバリの雫あたりの比較的「おとなしい」写真ほどおとなしくもなく、
1枚1枚、じっくり見るといろいろと想像できる、いい写真が多かったなというのが、
今回の写真展の感想だ。

ただ非常に残念なことに、どれもA4サイズほどの大きさで、非常に小さいので見にくい。
1枚1枚じっと見て、こう奥行きが出てくるようなそんな写真群なので、
写真「集」ではなく、写真展という会場で見ると、それがなかなかわかりずらい。

もしかしたらその理由は、今回へんてこなデジカメで撮られているからかもしれない。
今回の写真展は突然開催が決まったものなのだが、
エプソンのイメージギャラリーでやることになったのは、
ライカレンズ使用のデジカメR−D1ですべて撮影されているらしく、
今回展示されているものが、ようはエプソンのインクジェットプリンターで出しましたよという、
宣伝があるからなのだが、
そのあまり私は聞いたことのないデジカメで撮影しているせいか、
A4程度にしか広げることができないのかもしれない。

多分、彼のことだからこのへんてこデジカメでしか撮影してないということはないと思うし、
仮にそうであっても写真集程度の大きさだったら十分だろうから、
見るのに支障はないと思うのだが、今回はこのデジカメを使ったせいで、
わざわざ写真展を開催しているのに写真が小さいというちょっともったいないことになっている。

しかも今回は気合を入れた彼自らのデザイン空間に展示されていて、
ポルトガルの小部屋をイメージしたようなにぎやかな壁紙が貼られた上に、
写真を展示してあるので、余計に小ささが気になってしまう。
なので、点数があるわりにあっさり見終えてしまい、
「写真集が出たらじっくり見たいな」ということですぐに引き上げてしまった。

しかし、写真の良さというのは難しいよなとこの写真展を見て思った。
というのも、もちろん「すごいな」「いいな」と思う写真がいっぱいあるのだが、
なんのへんてつもない、とりたてて深読みもできない、
普通の写真も結構あって、でもこれを撮ったのが、
実績のある藤原新也が撮ったから見に来ていいなと思うわけで、
もし誰が撮ったかという情報を隠したら、この写真をいいと思うだろうかとふと思った。

そういう意味では誰が撮ったかなんて情報がなくても、
誰が見てもすごいと思える写真は意外と少なかったりするのかなとも思ったりもする。

そう考えるともしかしたら写真なんかより文章の方がはるかに個性が出るかなとか思う。
たとえば村上春樹の文体とか藤原新也の文体とか、もしかしたらつぶやきかさこの文体とか、
そういうのって作者名を隠しても意外と簡単にわかるかもしれないけど、
写真に関してはよっぽど特異な写真でない限り、誰が撮ったかなんていうオリジナリティが、
出ないのではないかと今回、考えさせられた。
無論、そこにうまいとか下手とかそういうことはあるにせよ、
今回、見たいくつかの写真は、「そこらへんのOLが旅先で撮りました」
といわれてもわからない写真が何点かあったからな。

写真を撮るものとして、そういったことを考えさせられる写真展でした。
ま、藤原新也の写真展に関しては、
過去に駒ヶ根美術館で美術館中全部藤原新也の写真展で、
吹き抜け3階のスペースとかに惜しげもなく特大写真を飾ったりしたのを見てしまったので、
ついどこかでそれと比べてしまって「たいしたことない」と思っている可能性はあるが。

・藤原新也は終わったのか〜「渋谷」〜2006.6.7

およそ3年ぶりの書籍、「渋谷」。
藤原ファンとしては待ちに待った彼の最新刊だ。
病める現代日本をズバッと斬り、そして深いところから分析する、
彼の社会を見る眼を通した今を知りたいと思った。
しかし、ちょっと期待外れの感があった。

内容が悪いわけじゃない。
でも薄っぺらい。
これだけ?
もう年老いてしまったのか。
もう過去のような作品を彼に書くことはできないのか。
写真も少ない。
福岡で少女を撮ったことで少女の態度が変わったという話は、
その他の書籍でも雑誌でも聞き覚えがある、2度目、3度目の話。
どうした藤原新也。もう終わってしまったのか。

SWITHで撮影した渋谷の写真もない。
ネットにアップしている問題の女子高生写真もない。
東京書籍の金儲けにつきあい、
写真も文章もたったこれだけなのか。
こんなんだったら、まだネットで書いているのを、
お手軽書籍化した方がまだマシだ。

3人の少女にまつわる話。
藤原新也ならではのあっと驚くような視点も分析も、
非常に薄いような気がする。
もしこの「渋谷」の文章だけを読み、
著者は誰かといわれても「藤原新也」と答えることは不可能だろう。
風俗に勤める少女に説教。
元ギャルとのよくありがちな会話。
確かに、なるほどと思う部分も多少はあるけど、
この程度なら、他の誰でも書けそうな、
ややもすると陳腐なストーリーだ。

それだったら第二章の写真を中心に文章を組み合わせた、
現代版メメント・モリ、渋谷版にでもした方が、はるかに素晴らしい。
どうした藤原新也。
3年ぶりの最新刊はたったこれだけか。

東京書籍もひどい。
前作も東京書籍。それもほとんど印象にない作品。

彼が若い時の作品「東京漂流」だとか「メメント・モリ」だとか、
そこまで代表的作品ならずとも近年では「藤原悪魔」は非常に示唆に富んでいたし。
人間、若い時のギラギラした、諸刃の剣的な、
自分をも切り裂くような刃で社会と真正面から向き合うような、
そういう作品ってのは、年を老い、経済的に裕福になってしまうと、
もう書けなくなってしまうのだろうか。

それとも未だに藤原新也に頼っている私たちが悪いのだろうか。
彼はもう鋭い社会批評より、じっくり時間をかけて撮影した、
写真や絵の作品を出していくべき年なんだろう。

ならば、私が第二の藤原新也になろう。
「渋谷」のような中途半端な作品を出すぐらいなら、
本を出さない方がまだマシだ。

とまあこんだけいって、彼にまだ「なにくそ」と思う気持ちがあるなら、
私のようなペーペー作家の三十歳の若造を、
次の作品で有無をいわせずぎゃふんと言わせてもらいたいものだ。

・藤原新也復活!〜「黄泉の犬」〜2006.11.4
麻原彰晃が水俣病患者?!
もしこれが事実なら大変なことである。
もちろん、そうだからといって彼の犯した罪が軽くなるわけでは微塵もない。
しかし、二度と日本社会が彼のような「モンスター」を生まないために、
どのような社会であるべきかを考える際、
彼が水俣病患者だとしたら、大変なことである。

2006/10/27に発売された藤原新也最新作「黄泉の犬」(文藝春秋)。
その第一章をぜひ読んでいただきたい。
麻原が視野狭窄だったことが、一連の事件を引き起こすことになった、
大きな要因ではないかと目をつけた藤原氏だが、
彼の生まれ育った熊本県・八代を訪れ、
水俣との近さからもしやとさらに調べを進めていき、
麻原家の長兄に接触することに成功。
麻原彰晃を水俣病患者に申請したが認定されたかったという証言を得て、
それらを裏付けるような調べをしたことなどが、
詳細に描かれている。

藤原氏はこの仮説を1995年に「週刊プレイボーイ」に連載していたらしいが、
水俣病を持ち出すことは方々から批判を受けていたらしい。
ややもすると水俣病患者のせいで麻原のような怪物を生んだと、
水俣病患者への「逆差別」になりかねないからだ。
そのせいもあってほとんどのマスコミはこのことについて取り上げなかったという。

地下鉄サリン事件を頂点としたさまざまな教団の事件。
これまで安全といわれていた日本社会を揺るがす、
戦後史上、最大の事件といっても過言ではない。
しかも、それを支持し教団に入っていたのが、
多くの高学歴・エリートであったことも忘れてはならない事実。
今後、日本社会がどうあるべきかを考えるにあたり、
この問題の全容を明らかにし、その因果関係を可能な限り研究することは、
必要なことではないだろうか。
ところが、オウムと水俣という二重のタブーに阻まれ、
単に極刑を与えればそれでいいという悪者論に終始し、
いつのまにか戦後最大の事件はいわば簡単に葬り去られるように思える。

なぜ今、藤原新也はそんなことをと思うかもしれないが、
あとがきを読むとそのからくりがよくわかる。
麻原家の長兄の接触に成功したが、長兄から自分の存命中に話をするなと厳命されていたらしい。
さまざまな配慮からそれを守り、亡くなって時が過ぎた今、
やっと藤原氏は長兄との接触の経緯や証言を第一章に掲載し、
あらためて麻原彰晃や宗教について考える著作が出たというわけだ。

詳しい話はぜひ著作の第一章を読んでほしい。
最近、藤原新也の著作は「軽薄」なエッセイが多かったので、
「今回は大丈夫かな」とかなり心配して読み始めたのだが、
このあまりの「大スクープ」に私は時を忘れて一気に読み進めていった。
もしこれが本当なら、今後、あのようなおぞましい悲劇を生まないためにも、
日本社会のあり方を考えなければならないだろう。

他の章も一応それに関連した話だが、一歩距離を置いた評論なので、
第一章ほどの衝撃はない。
ただ第二章で、ニンゲンが犬に食われる写真を撮影した時のエピソードや、
若者との対面を通して語る時代考は実に鋭くおもしろい。

第三章はやや抽象的でわかりにくいというか難しすぎる。
第四章は、これもなかなかおもしろいが、ちょっと昔の話かなという感じがしないでもない。
第五章は、藤原新也がなぜ旅に出たのかという原点にもあたる話が詳しく書かれているので、
藤原新也ファンにとってはうれしい話だとは思う。

ということでこの本が全編、第一章のような「大スクープ」をもとにした、
現代日本社会のドキュメンタリーというわけではないのだが、
久々に復活した藤原節が聞け、私はある種、ほっとした。
前作「渋谷」で藤原新也は終わってしまったのではないかと危惧していたからだ。

それにしても日本社会というのは自由に見えて、
まだまだタブー視されていることが多いのかもしれない。

先日、国境なき記者団が世界168カ国の「報道の自由度ランキング」を発表したが、
なんと日本は昨年より14ランク下がり、51位だったという。
「ナショナリズムの隆盛が目立つ」との理由らしい。
もちろんどんな社会にも国にもタブーはある。
しかしタブーがタブーのまま報道によって照らされないことで、
グレーな金利が堂々とこの数十年間罷り通っていたり、
たばこやサラ金の批判ができなかったり、
耐震偽装を告発したイーホームズをマスコミが無視するという、
とんでもない事態が発生してしまい、国民のための国家ではなく、
為政者のための国家、権力者のための国家になってしまいかねない。

だからこそ国家転覆を図ったテロリスト教団が生まれたともいえなくはないわけで、
この状況は、実に戦前の日本の1920〜1930年代にそっくりだ。
そういう文脈の中で、「愛国心」「防衛省」「核保有は憲法に抵触しない」という、
日本の今の総理大臣の発言を聞いていると、
否が応でも警戒をしてしまうのだが、
果たしてそれは私の杞憂なのだろうか。
「黄泉の犬」藤原新也著。おすすめです。